トリ・アングル INTERVIEW

俯瞰して、様々なアングルから社会テーマを考えるインタビューシリーズ

vol.10

旅行しない若者たち

2018年、訪日外国人観光客(インバウンド)数はビザ緩和などの効果により3,000万人を突破したが、日本人の海外旅行客(アウトバウンド)数は1,895万人と過去最高を記録したものの、訪日外国人観光客数と比較すると、まだまだ少ないと言える。特に若者の出国者数は人口そのものの減少に伴って、ここ20年で33%減少している。若者たちはなぜ外国へ行かなくなったのだろうか。この問題の背景と解決に向けた方策について探る。

Angle B

前編

男子諸君!「海外体験」してみないか

公開日:2019/9/10

ダイヤモンド・ビッグ社「地球の歩き方」事業本部

部長

奥 健

見知らぬ土地を旅行で訪れる場合、事前にネットなどで情報収集することはもはや欠かせない作業だが、旅行ガイド本は依然として重要な情報源だ。若い旅行者は旅に何を求めているのか。旅行ガイド「地球の歩き方」(ダイヤモンド・ビッグ社)を発行する奥健さんから、旅行者の変化を語ってもらった。

若者の旅行離れとはどのような現象と考えていますか。

 若者というより「若い男子」ですね。女子は男子よりも非常に多く旅行に行っています。問題は、男子の出国率の低さです。たとえば、2017年の出国率をみると男性と女性の比率は完全に差がついています。20~24歳でみると、男子は女子と比べて、約半分しか海外旅行に行っていません。

【日本人出国者数の男女別の推移(20~24歳)】

近年増加基調だが、男女差は大きい

女子の方が男子よりも海外に行く割合が高い要因は何でしょうか。

 一概には言えないと思いますが、以前だと、小田実の「何でも見てやろう」、沢木耕太郎の「深夜特急」や「猿岩石ブーム」などといった男性にも海外旅行のモデルとなるものが存在しました。1990年には出国日本人者数は1000万人を超えています。その後、格安航空券の登場で裾野は更に広がっていきました。94年にはANAやJALが正規割引航空券の販売を始め、90年代は「海外旅行に行こう」という全体的なムードもあり、また、こうしたブームをリードする著作やタレントの存在がありました。「ああいう旅って面白いよね」というイメージを若者に与えていたと思います。その後、2001年9月11日「アメリカ同時多発テロ」や、03年に発生した「SARS(重症急性呼吸器症候群)」の影響で、海外旅行は「安心」や「安全」というキーワードが重視されるようになっていきます。
 そんな中で、海外旅行への意欲を持ち続けたのは基本的に女子でした。「韓流ブーム」や、「買い物」「エステ」「グルメ」「ボランティア」「癒やし」など、女子向けの旅行キーワードが多く出てきて、いつの間にか、男子の姿は消えていきました。卒業旅行へ行く人は、2000年ぐらいに女子の割合が7:3ぐらいになりました。かつて、ロサンゼルスでレンタカーを借りてフロリダで返す、というアメリカ大陸横断は、男の旅でしたが、ある時点で女子の旅となりました。

男子は旅への関心を失ったのでしょうか。

 バブルの時代は、男子もイタリアでアルマーニの服やフェラガモの靴を買っていましたが、今はしません。その代わり、国内のセレクトショップでオーダーメイドの服や靴を買うといったように、海外高級ブランドへの物質的なあこがれは、男子にはほぼ消えてしまいました。
 こうした変化にメディアも旅行会社も反応し、女子だけに向けたアピールが更に強まっていきます。
 女子の旅行市場を刺激する方が売上にもつながりますからね。弊社の女性向けガイド「aruco(アルコ)」は2010年に発行しましたが、書店には女子向けのガイドがたくさん出ています。女子なら「食べる」ということだけでも、色々関心が広がります。ですが、男子は全般的なことというより、各々ニッチな部分に興味があるので、オールラウンドなガイド本などは作りにくいわけです。男子向けの海外旅情報が出せてこなかったという、メディア側の人間としての反省もあります。また、以前の「猿岩石」に代表されるような男子旅のけん引役がなかなか出てきません。今の冒険旅行のスターは、イモトアヤコさんですよね。旅番組=女子になっているのが現実です。

観光庁 などは「旅を通じた人間形成」を訴えています。

 旅は「行った方が良い」に決まっていると思います。イチローが今年3月の引退記者会見で言った言葉が印象的でした。彼は「米国に来て、メジャーリーグに来て、外国人になったこと。米国では僕は外国人だから。外国人になったことで、人の心をおもんぱかったり、人の痛みを想像したり、今までになかった自分が現れた。これは本を読んだり、情報を取ったりすることはできたとしても、体験しないと自分の中からは生まれない」と語りました。「体験する」ということを自身の言葉で語ってくれた、とても良いメッセージですよね。
 今は、色々な情報が手軽に入手できてしまう時代です。インスタグラム、フェイスブックなどのSNSもそう。テレビ番組を含めて、そこで行った気になってしまう人が多いのでしょう。旅にコストパフォーマンスを求める若者もいますが、事前には証明できません。こうすれば試験の点数が上がる、という感覚に慣れている人たちには分かりにくいのかもしれませんが、「旅の体験談」をもっと伝えていって、若い人たちの心に刺さるキーワードを探していかないといけないですね。
※後編は9月13日(金)に公開予定です。

奥 健(おく・たけし) 1983年青山学院大学経済学部経済学科卒業、ダイヤモンド・ビッグ社入社。90年4月に海外事業本部に異動となり、地球の歩き方ガイドブック、雑誌の企画編集を担当。同時に学生・一般向け旅行企画・販売、提携事業も担当。2019年4月、地球の歩き方事業本部 部長となり現在に至る。これまで観光庁「若者旅行振興研究会」メンバーや、国土交通省「海洋観光の振興に関する検討会」委員、観光庁「若者のアウトバウンド推進実行会議」委員などを務める。
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