トリ・アングル INTERVIEW
俯瞰して、様々なアングルから社会テーマを考えるインタビューシリーズ
vol.3
自動運転時代、移動はどう定義されるのか?
これまでは、自家用車での移動、認可された事業者が拠点間を低コストで大量の旅客を運ぶ公共交通による移動は、区別されてきた。しかし、カーシェアが進み、レベル5の完全自動運転が当たり前になった時には、移動の概念は、どのように変わるのだろうか。運転手の技術に頼る必要がなくなり、二種免許はいらなくなるだろうか。個人が自動車を所有する時代から、スケールメリットを有する企業がプラットフォーマーとなり、モビリティサービスを提供する時代になるだろうか。
後編
モビリティ社会 新しい価値観に挑む
公開日:2019/2/1
トヨタ自動車 コネクティッドカンパニー
Executive Vice President
山本 圭司
後編
自動車メーカーも、若者を中心とした「移動の価値観の変化」に気づいているとトヨタ自動車の山本圭司氏は話す。『つながるクルマ』の技術は、自動運転にどう役立ち、どんな未来を夢見ているのか。
技術的に、自動運転は実用段階にあるのですか。
「自動運転の車を作るのは近い将来に出来ると思います。ただ縦横無尽に街の中を自動運転車が走るのは先の話ではないでしょうか。自動運転の車を作るのと自動運転の車を前提としたクルマ社会を作るのは性格が違います。行政と一緒に法令整備やインフラ整備も含めて考えないといけません」
「ただ自動運転を必要としている環境もあります。限定された用途で自動運転をやるなら、ビジネスの出口として近いんじゃないかな。一般公道ではなくて専用道路とかです。そこに自動運転の車を納めて、技術を高めていく流れだと思います。必要な技術はすでに出そろっていますが、その完成度が市場に適合しているかどうかは、まだ疑問です」
実験されてないということですか?
「すべての天候の中で自動運転ができるかどうか。それと難しいのは倫理的な話で、例えば自動運転の車にわざとぶつかろうとしてきた人を回避できるか。実証しないと判断できません。いろいろなシーンが考えられます」
公道を走れるようになる時代が来たとして、安全性は高まるのでしょうか。
「高まるでしょう。自動運転の車が走るということは、個々の車の情報が増えるということです。そうした情報を第三者と共有することで、エリア全体で何が起こっているかを把握できるようになります。これは出会い頭の事故などをなくすことにつながります。自動運転車が増えるほど車社会は安全になります」
「逆に1台しか自動運転の車がないと危険です。だから導入初期が一番難しいですね。運転免許を取る時には『交通の流れに従って臨機応変に運転するように』と教わります。危険を回避するため、やむなくスピード上げる時もありますよね。自動運転が瞬時に周辺環境を理解して、そうした判断ができるかどうか」
技術力が問われるわけですね。
「人工知能が発達するにつれて、ドライバーが感覚的に『この道は運転しにくい』とか『見通し悪くて危ないなぁ』と感じるようなことは自動運転の車でも理解できるようになると思います。ただ車の周辺環境は明るさや交通量によって違うし、フラフラ運転する自転車がいるかもしれない。今の情報処理能力だけだとしんどいと思いますね」
「次世代モバイル通信の『5G』など、ITはどんどん進んでいます。クラウドの中に現実と同じものが再現されて、サイバー(仮想)空間とフィジカル(現実)空間の間の情報が共有される『フィジカル・サイバー・ソサエティー』が実現すれば環境分析はさらに高まる。時間はかかっても可能になるでしょう」
【“つながる”で移動の価値を高める】
MaaS(Mobility as a Service)という概念が台頭しています。自由な移動をサービスするという考え方は、自動車メーカーから見てどうですか。
「初めて耳にしたのは2008年。NTTの方とディスカッションした時でした。通信会社にとって『インターネット・アズ・ア・サービス』というのは当たり前なんですね。通信の手段ではなくて、サービスを創造するためにある。モビリティも単なる移動手段ではなく、いずれはサービスを創造するための土台になると感じました」
「自動運転にせよ、ライドシェアにせよ、ひとつだけでは狭い世界です。いくつものサービスが重なり合って、鉄道やバスとシームレスに結ぶとモビリティに柔軟に対応できるようになります。その起爆剤がMaaSだと理解しています」
自動車メーカーだけではできないことがたくさんあるわけですね。
「トヨタが『モビリティカンパニー』を宣言したのは、移動に関するあらゆることに関わっていきたいというメッセージです。多様なサービスに利用可能な次世代電気自動車『eパレット』を開発するのも、ソフトバンクさんと提携して新会社『モネ テクノロジーズ』を設立したのも、新しいサービスの創造につなげるためです。多くの自動車メーカーから異なった自動運転技術が出てきても、そうした技術を乗せたり、つなげたりできる環境を整えたいのです」
「コネクティッドの技術で移動の付加価値を上げることが、社会の発展や、人間のクオリティ・オブ・ライフ(QOL)の向上につながると思います。トヨタがパラリンピックを応援しているのは『全ての人に移動の自由を』という思いがあるからです」
『移動の自由』は、未来社会をどう変えますか。
「歴史を振り返ると、ガソリン自動車を実用化したのがドイツのベンツ。大量生産によって大衆車にしたのは米国のフォード。その当時の米国は、馬車の街道を自動車を前提とした高速道路にしました。するとヒトやモノの移動距離と速度が上がり、飛躍的に産業をレベルアップさせる結果になりました。モータリゼーションのモデルケースです」
「今まさに起ころうとしている『つながる時代』は、新たなモビリティ社会ができつつあるのだと思います。まだ誰もモデルで検証していませんが、未来から現代を振り返ると、インターネット社会と車社会との融合がきっかけになったといえるようになるでしょう。未来にはスマートシティがたくさんできて、人々の生活のあり方も変わりますし、移動の自由度も格段に上がる。最終的にはクオリティ・オブ・ライフ(QOL)が上がる連鎖が起これば良い。その一助になりたいと思っています」(了)
後編
自動運転は運転席からの発想を転換すべきだという原研哉氏。導入には規制やインフラの革新が重要だと力説する大口敬氏。これに対して山本圭司氏は、メーカーの立場から着実な技術の積み上げを強調する。三者の意見に共通しているのは、自動運転は単なる無人化ではなく、移動の自由の広がりによって社会全体を大きく変える可能性を秘めているということだ。
次回のテーマは「公共インフラは、財政圧迫要因か?新たな資産か?」。維持・管理の財政負担が注目されがちな既存の公共インフラの未来を考察します。
(Grasp編集部)