トリ・アングル INTERVIEW

俯瞰して、様々なアングルから社会テーマを考えるインタビューシリーズ

vol.47

誰もが防災の担い手になる!災害大国ニッポンの未来

近年、「何十年に一度」、「生まれて初めて経験する」と言われるような災害が、全国各地で起こっています。しかしながら、何度も被災した経験がある人はそう多くはありません。いざ自らのリスクが高まったときでさえも、自分ごと化されないことにより、避難行動などにつながらず、最悪の場合は大規模な被害や犠牲者が発生しています。自分の命も大切な人の命も守るため、災害を自分ごととして捉え、防災・減災の正しい知識を修得することが現代では必須です。
そこで今回はテーマを「防災教育」とし、学びの内容、効果を上げるためのポイントなどをうかがいました。

Angle B

後編

大切な人を守るために。災害に備え、日頃から私たちにできること

公開日:2023/12/14

京都大学防災研究所 巨大災害研究センター

教授

矢守 克也

想定外の事態が起こり、一瞬一瞬の判断が生死を分ける災害現場。前編ではその危機を乗り越えるため、子どもたちが自分で考え、判断する力を養うための取組をうかがいました。後編では学校現場における防災教育の課題や改善のために必要な視点、防災教育の効果の検証などについて語っていただきました。

現在の防災教育には、どのような課題があるとお考えですか。

 学校教育の現場は、とにかく余裕がないことですね。教科はもちろんクラブ活動もあるし、新学習指導要領ではいわゆる「生きる力」を養うために、環境教育、道徳教育、国際教育、人権教育なども必要としています。「防災教育はとても大事だと思うが、実施するゆとりがない」という声が現場の先生から聞こえてきます。しかしこれは、ある意味、防災教育の捉え方の問題だと思います。防災教育を避難訓練や消火器の使い方といった狭い範囲に留めているから、「余分なもの」という意識になってしまうのです。

では、どんな風に捉えるのが望ましいのでしょうか。

 「防災教育はあらゆる学びと密接に関連している」という打ち出し方が必要だと思います。例えば、今はどの地域にも海外の方が住んでいますよね。「避難してください」と声をかけるときに英語や中国語ではなんと言うのか、あるいは日本語で分かりやすく伝えるにはどんな言葉がいいのか。これは語学教育の領域であり、異文化の人々を理解する点では国際教育です。さまざまな被災者を支援する、もしくは自身も被災して一緒に避難所で過ごす場面では、他者の尊厳を守る人権教育、もっと掘り下げるとダイバーシティ&インクルージョン(※)に密接につながっていきます。
 こうしたことから、防災教育のカリキュラムを考える側も、狭い意味の「防災の専門家」ばかりではなく、多彩な分野の専門家が相乗りするべきだと考えています。「防災に関する」教育ではなく、「防災を通した」教育です。
 ※個々の「違い」を受け入れ、認め合い、生かしていくという考え方。

矢守先生による中学生への防災教育風景。

防災について考えると、国際教育なり人権教育なりに自然につながっていくわけですね。

 子どもを対象とする防災教育からは少し外れるかもしれませんが、最も分かりやすい例は高齢者を対象とする防災を通した健康教育です。南海トラフ地震において深刻な被害が予想される沿岸地域の住民は、高齢の方が大半です。そうすると、そこの防災教育における最大のテーマは「健康づくり」になるんですよ。津波が来た時に皆が歩いて逃げられる状態であれば、それだけで人的被害は限りなくゼロに近づきますから、防災対策上、皆が元気でいるコミュニティを作ることはものすごく有利なのです。
 また、被災後に懸念されるのが災害関連死です。2016年の熊本地震では、亡くなった方の約8割が被災後のストレスによる災害関連死でした。現在、南海トラフ地震の被害想定が10年ぶりに見直されていますが、災害関連死は数万人単位にのぼる可能性があります。なかでも心配なのが、体力や気力が衰えがちな高齢者ですから、普段からの健康づくりは備えとしても欠かせません。そのために今、私たちは地域住民の健康づくりを推進している福祉事業者の方とも連携を進めています。皆で体操したあと、散歩して避難経路を歩くといったプログラム作りにも着手しています。

寝たきりや車椅子の方はどうするのですか。

 それが最大の課題です。もちろん一番の解決法は、そのような移動が困難な方々が、津波浸水域などの危険な地域にお住まいでない状態を作ることです。しかし、ご自宅や高齢者施設を高台に移していただくことは、現実的にはなかなか難しい。あらかじめ住む場所、もっと言えばまちづくりを通して被害を減らすというのは、今まさに求められている施策ではありますが、一朝一夕にできることではありません。そこは長期的に考えながら着実な前進を期待したいところです。

では、現状でできる施策はどんなものになるのでしょう。

 防災教育の視点から考えると、キーワードは「助ける教育」です。身内のおじいちゃん、おばあちゃんからでいい。自分にとって大事な人が避難するのに難しい状況にある時に、自分は何をしてあげられるのか、普段から考える学びが大切だと思います。
 もちろん、いざという時は、自分を守るのが最優先です。そのための「助かる教育」として、主体的に判断する力を養う教育の重要性を前編で述べてきました。一方で「助ける教育」とは、平時の取組です。例えば、避難訓練に参加するのを躊躇している近所のお年寄りがいたら、「一緒に参加しましょう」と声をかけてあげるとか、一人暮らしの高齢者には難しい家具の固定をやってあげるとか。私たちが防災対策を協力しているある地域では、中高生が『逃げトレ』のアプリを高齢者のスマートフォンにインストールして、使い方を教えてあげるということもやっています。高齢者をはじめ地域の方々との交流を通して、子どもたちにとっても多くの学びがあるようです。

自分が助かるための力と、他人を助けるための力、両方養う必要がある、と。

 防災教育から少し逸れるのですが、人というのは自分を過信しがちです。根拠もなく「自分は大丈夫だろう」「自分は助かるだろう」と、いわゆる正常性バイアスが働くので、なかなか防災活動に積極的になれない人も珍しくありません。危機感が薄いから、「災害時は自分の身は自分で守ることが基本」と言われても、それほど刺さらない。
 しかし、「自分にとって大切な人」になると話は別です。幼い我が子や年老いた親が危ない目に遭うと想像するだけで、たちまち過剰なくらい心配性になる人は多いはず。そのため、防災・減災を考えるにあたっては、自分よりまず大事な人の「まさかの事態」を想定したほうが、真剣度が高まると思います。大事な人を助けるためにふだんから考え、まさかに備えるとともに、自分の身に危機が迫ったときに助かる術(すべ)を身につける、「ふだんとまさかの二刀流」です。

お話をうかがって、防災教育は福祉や人権など色々な領域に関わる幅広いものであること、だからこそ日常の中で当たり前のものにすることが大事だと感じました。最後に、これまでの防災教育の成果について教えてください。

 成果の検証はとても重要ですが、私自身はあまり短期的に直接的な成果にこだわるのはやめたほうがいいと考えています。典型的なのは授業の感想です。防災に関する授業が終わってすぐにアンケートを取ると、例えば「活断層を知っていますか」なんていう質問には、授業で習ったばかりだから当然「知っている」と回答するでしょう。「防災や地震に興味がありますか」というのも、礼儀として「ある」と答えるでしょうから愚問といえば愚問です。それよりはむしろ学校外で、あるいは長期的にどんな変化があったかをフォローするほうがいいと提案しています。
 実際、色々な先生方がそうした試みを始めていて、私がすごくいいなと思ったのは、家庭の中で何か1つ防災活動をやってみるというものです。家具を固定したり、非常食の賞味期限を確認して入れ替えたり、子ども自身が考えて行動し、それを写真に撮って次の授業で発表する。アクションと検証を兼ねた試みです。
 私たちの試みとしては、防災教育が盛んな小学校がある地域で、居住世帯の避難訓練の参加率を調べたことがあります。すると、その学校に通う子どもがいる家庭の参加率が明らかに高いという相関が見られました。子どもへの防災教育を熱心に行うと、大人にも波及効果があるというエビデンスを得られたわけです。

長期的な成果はいかがでしょうか。

 高知県四万十町のある小学校で、私たちは15年ほど継続的に防災教育を行っています。初期に教えた児童はもう大人になりましたが、そのうちの1人は、防災活動に携わることを志望し、四万十町役場の職員になりました。また、一緒に防災教育に取り組んだ学校の先生が異動になり、新しい赴任先でも防災教育を始めて、私や学生たちを呼んでくれるといった形でも輪が広がっています。子どもだけでなく教員や保護者にどんなインパクトを残せたか、今後も継続性と波及効果に重きを置いて検証していきたいと思います。

矢守先生の研究室が防災活動をサポートしている高知県四万十町興津(おきつ)地区では、地域と学校とが連携して防災活動を行っており、子どもたちも防災マップを作成したり、地域住民の家具の固定を手伝ったりと、地区の防災の頼もしい担い手となっている。

教育現場から「防災教育を実施するゆとりがない」との声が上がっている一方で、専門的に防災を学べる高校もあるそうですね。

 阪神・淡路大震災から7年後の2002年、兵庫県立舞子高等学校は、高校で初めて防災を専門的に学ぶ環境防災科を開設しました。東日本大震災の5年後には、宮城県多賀城高等学校に災害科学科ができています。私の研究室の准教授は、兵庫県立舞子高等学校環境防災科の2期生です。阪神・淡路大震災の教訓に学び、画期的な防災教育を推進してきた学科から、防災研究者が生まれたことはやはり感慨深いです。ほかにも災害NPOの中心的なリーダーとなり、東日本大震災では支援活動に奔走した方など、環境防災科では様々な場所で活躍できる人材を数多く輩出しています。
 宮城県多賀城高等学校の生徒も、全国の災害の被災地にボランティアに行ったり、国際会議で復興の取組について英語で発表したりと非常に活動的です。特に際立っていると感じるのは彼らの「人間力」です。対話的で深い学びや、人とコミュニケーションしながら協働する力といったものが、すでに身についていて、防災教育とは豊かな人材を育てる教育でもあるのだと感じます。私もそうした認識を学校現場に広めるとともに、今後も引き続き「防災を通した教育」を目指していきたいと思います。

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