トリ・アングル INTERVIEW

俯瞰して、様々なアングルから社会テーマを考えるインタビューシリーズ

vol.50-1

「2024年問題」を契機に、より魅力ある業界へ -物流サービス編-

2019年4月から、会社の規模や業種により順次適用が進められてきた「働き方改革関連法」。時間外労働の上限規制に5年間の猶予期間が設けられていた業種でも2024年4月1日に適用開始となり、誰もが安心して働き続けられるワークライフバランスがとれた社会の実現に、また一歩近づいたといえます。しかし、その一方で新たな課題として浮上してきたのが、いわゆる「2024年問題」です。国民生活や経済活動を支える物流業界、建設業界が、将来にわたってその役割を果たしていけるよう、企業や私たち消費者にはどのような取組、変化が求められているのでしょうか。

Angle C

前編

2024年を「物流革新元年」に

公開日:2024/6/5

国土交通省 物流・自動車局 物流政策課

小原 里穂

このところメディアなどで「物流の2024年問題」という言葉をよく聞くようになりました。物流は私たちの生活や経済活動に不可欠な社会のインフラであり、政府は来たる変化に対応すべく物流革新に向けた政策パッケージを決定し、法改正に向けて取り組んでいます。政策パッケージおよび法案の策定にあたり関係省庁との調整を行い、2024年問題の解決に取り組んでいる国土交通省物流・自動車局物流政策課の小原里穂さんに物流の現状と展望を聞きました。

「物流の2024年問題」とは、どのような問題を指すのか教えてください。

 物流産業を魅力あるものとするため、働き方改革関連法によって、2024年4月1日からトラックドライバーに時間外労働時間の上限規制が適用されました。これまでの労働基準法では上限はありませんでしたが、今後は年960時間以内に制限されます。そうなると、1人当たりの労働時間が短くなることから、このまま何も対策を講じなければニーズに人手が追い付かず、物流が停滞する事態が懸念されています。つまり「物流の2024年問題」とは、時間外労働時間の上限規制により物流に生じるさまざまな課題のことなのです。

トラックドライバーの時間外労働時間に上限規制がなかったことに驚きました。

 2021年度のトラックドライバーの年間労働時間は1人当たり2,512時間で、全産業の平均労働時間(2,112時間)を2割ほど上回っています(※1)。建設業や医師もそうですが、健康面や働きやすい環境づくりから、長時間労働が多い仕事にメスを入れるのは、働き方改革の一環として取り組むべき方向です。今回の改正では、物流事業者が上限を超えてドライバーを残業させると罰則が科せられるという、強制力のある規定も設けられました。
 しかし労働時間が短縮される分、人が補充できるかというと難しく、人材の確保も2024年問題をめぐる課題の1つです。トラックドライバーは年間所得額も総じて全産業平均より低いため、慢性的な人手不足が続いており、有効求人倍率は全産業の約2倍と推計されています(※2)。また、物流業界におけるトラックドライバーは、現在84万人前後と言われていますが、50代、60代が多くを占め、この層が引退してしまうと、日本の人口減少も相まって、今以上の人手不足が危惧されています。
 ※1 厚生労働省「賃金構造基本統計調査」から国土交通省物流・自動車局にて分析
 ※2 厚生労働省「一般職業紹介状況」から国土交通省物流・自動車局にて分析

規制による物流面の影響はどれくらいですか。

 このまま何もしなければ、2030年度には全体で約34%の輸送力が不足すると推計されています。重量にして9億トン相当です。品目別では農産品や水産品の輸送力不足が最も大きく、新鮮な野菜や魚がスーパーの棚に並ぶ日常的な光景が、当たり前のことではなくなるかもしれません。ビジネスの取引だけでなく、私たちの日常生活にも大きく影響する可能性があります。また、私たち一般消費者に身近なところでいうと、宅配便も人手不足の影響を大いに受けるでしょう。これに関しては再配達の削減など、一般消費者も協力できることが多分にあります。

出典:令和5年6月2日「我が国の物流の革新に関する関係閣僚会議」(内閣官房)配布資料より

 問題解決の道筋は、労働時間の短縮を補える効率化の推進、それによる生産性の向上がもたらす物流業界の働く場としての魅力向上、さらには人材確保というサイクルにあるのは明らかです。先ほど「何もしなければ」と言いましたが、もちろんこれまで効率化や省人化に取り組んでこられた物流事業者はたくさんいらっしゃいます。しかし業界に深く根付いている商習慣など構造的な問題もあり、事業者単独で変えるのはやはり難しいのです。働く人が幸せで、かつモノもきちんと届くという社会を実現するには、貨物の受け渡しを行う荷主企業、物流事業者、そして一般消費者が協力して取り組まなければなりません。そこで国土交通省をはじめ関係省庁が議論を重ね、抜本的・総合的な対策をまとめた「物流革新に向けた政策パッケージ」を策定しました。さらにこれを骨子とする物流総合効率化法と貨物自動車運送事業法の改正案(流通業務の総合化及び効率化の促進に関する法律及び貨物自動車運送事業法の一部を改正する法律案)が閣議決定されており、今国会での成立を目指しています。

「物流革新に向けた政策パッケージ」とはどのような内容ですか。

 具体的な施策は、「商慣習の見直し」「物流の効率化」「荷主・消費者の行動変容」の3つです。まず「商慣習の見直し」に向けた施策のポイントの1つは「荷待ち時間」と「荷役時間」の削減です。荷待ちについては、貨物の受取や引渡しの際にドライバーが、荷主等の都合により長時間待機させられるケースが多く発生しています。荷役はトラックの貨物の積み込みや荷降ろし等の作業のことを指しますが、例えば荷主が馴染みのドライバーに荷役もサービスでやってもらうことが常態化しているなど、長時間労働や低賃金の主な要因にもなっていました。法案では特定事業者(荷主や物流事業者のうち、一定規模以上の企業のこと)に対し、荷待ち時間や荷役時間の削減など物流負荷の軽減に向けた計画の作成を義務付けています。また、荷主から依頼を受けた元請の物流事業者が下請け事業者に次々と再委託を行う「多重下請構造」も、中抜きの問題から是正に取り組み、下請構造の見える化に向けた実運送体制管理簿の作成を義務付けるよう改正します。そのほか、荷主や元請事業者の監視や指導を徹底するために、2023年7月より全国各地に「トラックGメン」を配置しています。

商習慣の課題の1つが「荷待ち」(イメージ)

物流の効率化にはどう取り組むのですか。

 国としては即効性のある設備の導入からDX・GXといった新技術の活用まで、ハード・ソフト両面にわたり効率化につながる投資を支援します。設備でいうと例えばバース予約システムです。バースとは、倉庫や物流センターなどに設置されている、貨物の積み降ろしをするためトラックを駐停車しておくスペースのことで、あらかじめそこを予約できれば、待ち時間なく貨物をピックアップでき、荷待ち時間の短縮にもつながります。ほかにはフォークリフトの導入や、ピッキングロボットなど設備の機械化・自動化を促進しています。作業の省力化が進めば女性や若者など、多様な人材の活用も期待できます。また国土交通省として、物流ネットワークの強化のため、道路や港湾などのインフラ整備も進めています。

バース予約システムの導入など効率化が進む(イメージ)

 モーダルシフトも重点推進事項です。従来、トラックで運んでいた貨物、特に配送を急がないもの、食品でいうと即席めんなどの日持ちするものについては、環境負荷の小さい鉄道や船で運ぼうというのがモーダルシフトです。モーダルシフトは省エネルギー対策として1980年代から始まった取組で、割と歴史が長いのですが、あまり進まなかったのはやはり現状ではトラックが早くて便利とされているからです。日本人は特に急ぎでなくても「早いほど良し」とする傾向があるように思います。また、業界ヒアリングで聞いたのですが、荷主が望まなくてもトラックドライバー自身が、「期日より前にお届けしよう」と頑張るケースもあるということでした。小規模のトラック事業者もたくさんいますので、頼みやすいし早いし安いということが重視されがちです。しかし2024年問題をきっかけに、そうしたところをもう一度見直してみませんか、というのが、私たちがモーダルシフトの推進を大きく掲げている理由です。

パッケージの3番目の施策「荷主の行動変容」にもつながる提言ですね。

 仰るとおり、物流手段の選択肢を広げる意識を持ってほしいということです。ほかにも大手荷主企業の役員クラスに、物流管理の責任者の配置を義務付けるなど、規制的措置等を導入することなどで行動変容を促していきます。
 一方、消費者の行動変容は、先ほど申し上げた宅配の再配達を減らすことが目的です。現状、宅配貨物の再配達率は約12%で、10軒あれば1~2軒はドライバーが二度、三度と訪ねていることになり、その分時間も労力も費やしています。削減目標として2024年度に6%まで半減することを目指しており、緊急的な取組として、コンビニや宅配ロッカーなど柔軟な受け取り方法を選択したり、余裕をもった配送日時を指定したりすると消費者にポイントが還元される仕組みの社会実装を進めています。システムを構築するEC・プラットフォーム事業者や物流事業者に対して導入にかかる初期費用を支援していますので、ぜひ活用していただきたいと思います。

宅配ロッカーなどの活用で再配達の削減を目指す(イメージ)

 ほかには政府広報やメディアを通した意識改革・行動変容に力を入れています。政府広報ではアニメ『ちびまる子ちゃん』とコラボしたPR動画を作成し、一定期間テレビCMを放映するほか、政府広報オンラインにも掲載していますので、ぜひご覧ください。新聞やテレビでも再配達の問題を取り上げて報道してくださったおかげで、私も多くの消費者の意見や感想などに触れる機会がありました。「必ず在宅するようにします」「コンビニ受け取りを利用します」といった、前向きな反応が多いので嬉しいですね。物流政策課では「2024年を新たな始まりの年にしよう」というスローガンを掲げていますが、その機運は確かに醸成されつつあると感じています。

おばら・りほ 2022年国土交通省入省。岩手県出身。大学在学中、インドネシアに留学。修士課程では、インドネシアの観光開発を研究、西アフリカ・ガンビアの観光開発プロジェクトの調査にも携わる。英国にて修士課程修了後、JICA(独立行政法人国際協力機構)が派遣する青年海外協力隊の一員としてアフリカ・モザンビーク共和国で活動予定だったがコロナ禍により断念。岩手県庁農林水産部を経て現職。入省後は「物流革新に向けた政策パッケージ」の策定に向けて関係省庁間の調整役を務める。スポーツ全般が得意で、最近ではフルマラソンをサブ4で完走した。
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