トリ・アングル INTERVIEW

俯瞰して、様々なアングルから社会テーマを考えるインタビューシリーズ

vol.12

進む、港湾革命。日本躍進の切り札となるか

AI、IoT、自働化技術を組み合わせた世界最高水準の生産性と良好な労働環境を有する世界初となる「AIターミナル」の実現に向けた取り組みを進めるなど、日本の港湾は世界の最先端を目指している。また、今後も更なる需要が見込まれる物流の分野においても、国際的な競争が激化しており、港湾が大きく変わりつつある。島国ニッポンにおいて、「港湾革命」が国際競争力強化のための切り札となるのか、今後の展望を探る。

Angle C

後編

「熟練の技+AI」が飛躍のカギ

公開日:2019/11/29

慶應義塾大学

環境情報学部教授

神成 淳司

世界的な貿易の拡大は、海運事業の拡大につながり、更には船会社同士の競争を激化させている。船会社は、より多くの貨物を運搬できるようコンテナ船を巨大化させており、港湾もこうした潮流に対応するため、巨大コンテナ船が接岸できるような形へと変化している。接岸した船からコンテナを運び出したり、または船へ積み込んだりする作業を迅速に効率よく進めるため、日本は、世界初となる「AIターミナル」を整備し世界の港湾に勝負を挑む。

「AIターミナル」の考え方を教えてください。

 日本の港湾には、世界でも類を見ない付加価値があります。AIを活用して、その価値を向上させ、世界の港湾に勝負を挑むための競争力の源泉とするための取組です。その中核にあるのが、熟練技術者です。AIターミナルという言葉を聞いて皆さんは、「巨大なコンピューターの中にあるAIが港湾を制御していく」というイメージを持つかもしれませんが、決してそうではなく、ヒトを中心とした取り組みなのです。
 例えば、「ガントリークレーン」の操縦技術でいうと、日本の熟練技術者の技術は、世界最高水準であり、長年培ってきたノウハウがあります。このノウハウを、AIに学習させることは現状では不可能です。予期していない突風が吹いてコンテナが揺れるなどといった不測の事態に対し、熟練技術者であれば経験に裏打ちされた技術で対応できますが、現在のAIでは臨機応変な対応は難しいです。また、AIが学ぶためには、精査された100万件以上のデータが必要でしょう。それだけのデータを蓄積する前に、我が国では次世代の技術者を養成できます。我が国の強みは、やはりヒトなのです。ヒト、すなわち熟練技術者を中核として、その価値を最大限高めるためのAI、ITの活用が、AIターミナルが進む方向性です。

現状では、港湾業務のどのような分野でAIを活用できるでしょうか。

 様々な分野で活かせると思います。あえて言えば、熟練技術者が活躍する分野でしょう。AIターミナルが目指す姿として、「AIを活用することにより、港湾で働く人の業務を支援し、良好な労働環境を実現すること」が掲げられています。そこで働く技術者が遺憾なく能力を発揮できるような環境を作り上げるということです。
 ヒトの価値は無限です。ヒトの価値を最大限にすることが、わが国港湾の進むべき方向性ではないでしょうか。
 コンテナ船に積み込む貨物の量は膨大で、船の大型化に伴い、さらなる増加傾向にあります。積み込む順序、重ねる順番は生産性に影響します。しかし、熟練者がどのような情報に基づき積み込みの判断をしているかは把握されておらず、熟練者のノウハウを活用することは出来ませんでした。もし熟練者の判断基準や対応が分かれば、そのノウハウを別の場所に適用することも出来るでしょう。このような潜在的な、把握されていなかった価値を、様々なAIの手法等を用いて把握・分析し、次の世代の人材育成へと繋げていこうとしています。

【AIターミナルの実現に向けた取り組みの概要】

国土交通省資料

それによって生産性が高まるということですね。

 熟練技術者とAIとが連携することで、世界最高水準の生産性は実現可能だと思います。そうして実現された生産性は、海外の自動化された港湾と比べても5割以上は高いのではないでしょうか。
 現在の海運業界では、競争が激化しています。運送コストを圧縮するために、一度に多くの荷物を運べるようコンテナ船は大型化していますが、その一方で、燃料費を削減するために、従来より航行速度を落とす船も増えています(※)。運航スケジュールの遵守と経済運航を両立するためには、港湾での荷役作業の時間短縮がポイントとなります。今や港湾の競争力は、この作業の生産性がカギを握っているわけです。日本の多くの港湾が、そこで力を発揮できれば、国際競争力は着実に向上していくでしょう。
(※)一般に船舶の燃料消費量は、速度の3乗に比例するといわれている。

日本の港湾の将来は明るそうですね。

 私自身、様々な産業分野の取り組みを手がけています。そこで重要となるのが、熟練者の持つ価値です。既に申し上げたように、日本の港湾には、ここの価値が卓越しています。重要な点は、ITやAIの使い方を誤らないことです。現場や熟練技術者のノウハウを活かさないITやAIの活用では、日本の港湾の将来は厳しいでしょう。熟練技術者のノウハウを活用して、より高度化したシステムを構築し、生産性が高まることで、次代を担う後継者をしっかり育成できるようになれば、中長期的な見通しも出てくると思います。
 日本の港湾には、私自身がいまだ見いだせていない、様々な可能性や価値があると思います。これらを見いだし、その価値を高めることを考えるべきだと思います。
 この取り組みは、日本中のすべての港湾の価値を高めるものであることが期待されます。既存の方法が持つ良い部分を探し出しながら、可能な範囲でAIも最大限活用して強みを伸ばしていくことが重要です。こうした作業はかなり難しいのですが、だからこそやりがいがあります。
 AIターミナルは一過性の取り組みではありません。次世代の熟練者を育成し、これから20年、30年過ぎても日本の港湾が世界と競争していけるための基盤作りです。そのために今、行動を起こすことに価値がありますし、熱心に取り組めば先行きは明るいと思います。希望を持って前に進めていきたいです。(了)

 ご自身が東京都内から港町の神戸へ移住した作詞家の松本隆氏は、港が賑わうためにはその街、その港にしかないものを作っていくことが大切だと語る。海運会社としての立場から、手続きを合理化するなど国のリーダーシップに期待したいと述べるMSCジャパンの甲斐督英氏。慶應義塾大学の神成淳司氏は、港湾で働く熟練技術者が持つノウハウを活かしながら、ITやAIを活用することが重要だと指摘する。視座の異なる3者の意見から、日本の港湾の将来像について思いを巡らすことができた。
 次回のテーマは「スマートシティ」です。現在、各地でモデル事業が行われていますが、スマートシティが実現すると私たちの暮らしはどのように変わっていくのでしょうか。目指すべき将来像について考察します。
(Grasp編集部)

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