トリ・アングル INTERVIEW

俯瞰して、様々なアングルから社会テーマを考えるインタビューシリーズ

vol.12

進む、港湾革命。日本躍進の切り札となるか

AI、IoT、自働化技術を組み合わせた世界最高水準の生産性と良好な労働環境を有する世界初となる「AIターミナル」の実現に向けた取り組みを進めるなど、日本の港湾は世界の最先端を目指している。また、今後も更なる需要が見込まれる物流の分野においても、国際的な競争が激化しており、港湾が大きく変わりつつある。島国ニッポンにおいて、「港湾革命」が国際競争力強化のための切り札となるのか、今後の展望を探る。

Angle A

前編

「ミナト神戸」に元気な風を

公開日:2019/11/15

作詞家

松本 隆

港は、人が集まりモノが行き交う場所として古くから発展してきた。作詞家の松本隆さんは、生まれ育った東京を離れ、「港のある街」に惹かれて神戸で暮らす。松田聖子さんやKinKi Kidsさんら数多くのヒット曲の歌詞をつむいできた松本隆さんは、今、日本を代表する港町、神戸でどんな景色を描いているのだろう。松本さんに神戸と港への思いを聞いた。

神戸はどんな街ですか?

 神戸は全体的に坂がとても多い街です。散歩をしたり、ごはんを食べに行ったりする時にも必ず坂を上ります。神戸の街は風が吹くんですよ。海からの風と山からの風が吹くんです。丘があって街があって海がある地形で、かなりいい風が吹きます。大体、夕方くらいに止まるんですけど、吹いている間は涼しいです。夏が涼しいところも気に入っていますね。
 現在は、神戸港がパノラマのように一望できるところに住んでいます。バルコニーから港を見ると、大きな船が3日に一隻ぐらいの割合で入ってきます。また、船のほかにも高速道路を走る自動車や、遠くには神戸空港の滑走路と離発着する飛行機も見えます。晴れた日には、淡路島や、紀伊水道も望めたりなど、大きな湾の内側にあるのが分かります。海の対岸には関西空港があります。大阪港もすぐ近くに見えるので、これに神戸港を足したような大きな港に住んでいるようです。

【ライトアップされた神戸ハーバーランド】

神戸ハーバーランド提供

生まれ育った東京・青山から神戸に移住された理由は?

 東京都港区の青山・神宮外苑近くで生まれ育ちました。「港区なのになんで港がないのだろう」と子どものころからずっと思っていました。「東京以外の場所に引っ越そうかな」と考えた時にぱっと思い浮かんだのが神戸です。当時は横浜と長崎も候補に考えましたが、神戸はとても今の生活に合っていますね。
 若いころからよく旅をしましたが、港が好きです。ヨーロッパを旅しても、好きな場所がベルギーのブルージュとか。松田聖子さんの歌、「ブルージュの鐘」(1982年)にもしましたね。
 このほかにも、アムステルダムもそうだし、好きな場所は港町が多いですね。ベネチア、ニース、ジェノバも港町です。中でも船が停泊するような街が好きで、そこにプラス運河があるともっといいですね。だから運河のあるベネチアとアムステルダムは、特に好きな街ですね。水辺も好きだし、風にしても水にしても、あまり形がなくて動くものが好きです。

神戸港はかつてコンテナ取扱個数など国際物流で世界トップ3を記録していました。今の神戸港についてどんな印象を持っていますか?

 もう少し、船舶業が元気になるといいなあと思っています。特に神戸はね。神戸では阪神大震災の後、「いま一つ、港が復興していない」「釜山にとられてしまっている」と聞きますので、神戸港は、アジアの旗印としてそれを奪い返せるくらいになってほしいですね。
 日本の地形でみると、もともと神戸に近いところが日本の玄関だと思います。だから、神戸は「神」の「戸」って書くんです。神戸をはじめ瀬戸内海沿岸は波が穏やかで拠点が作りやすかったのでしょう。平清盛は、神戸を拠点に外国と貿易をしていました。瀬戸内海沿岸の港を貿易の拠点にしたという点では、織田信長や豊臣秀吉にも通じます。瀬戸内海を経て朝鮮半島に向かう船団に向けて、額田王が詠んだ歌も万葉集に残されています。
 神戸港がもっと発展したらいいなと思います。港を含めた周りの開発という点では、神戸ハーバーランドの「モザイク」は、船のすぐ近くでゆっくりできる場所があって気に入っています。停泊している船を見ながら、お茶が飲めるんですよ。神戸独自の日本ではない感じ、異国情緒は残ってほしいですね。

港のにぎわいを考えるうえで、どんな視点が大切でしょうか?

 東京の真似をしていてはダメだと思います。全国のどの街にも港にも言えることですが、できるだけ東京の真似をせずに、その街、その港でしかないものを作っていってほしいですね。日本は狭い国だから、何もしなければ、意外とみんながなびいてしまい、全国どこに行っても同じ、全部一色になってしまう。そういう意味で、神戸や横浜はお手本を示さないといけないですね。
 実際、神戸には、そこにしかない美味しいケーキ屋さんやパン屋さんがあります。日本のカレーやコーヒーの歴史を作ってきた街でもあります。神戸独自の伝統や歴史をもう少し掘り下げれば、もっと面白くなると思いますね。特にコーヒー豆を輸入した初めての街で、コーヒーの豆自体がものすごく美味しいから、普通に淹れるだけでコーヒーの味は、全然違います。それを活用しない手はないと思います。神戸の街で育った純喫茶もなくさないように大切にしてほしいし、神戸にしかないものを作って残していかないといけないと思います。
※後編に続きます。

まつもと・たかし 1949年東京都港区生まれ。20歳の時、細野晴臣、大瀧詠一、鈴木茂とともにロックバンド「はっぴいえんど」を結成し、ドラムスと作詞を担当。バンド解散後、作詞家として松田聖子、近藤真彦、中森明菜、少年隊、KinKi Kidsら歴代アイドルをはじめ、太田裕美、大瀧詠一、寺尾聰、吉田拓郎、桑名正博、薬師丸ひろ子、斉藤由貴らのヒット曲を手がける。1981年「ルビーの指環」で日本レコード大賞作詩賞を受賞。2016年3月「第66回芸術選奨文部科学大臣賞」、2017年に紫綬褒章受章、また、同年クミコwith風街レビュー「デラシネ」では全作詞を手掛け第59回日本レコード大賞優秀アルバム賞を受賞している。
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