トリ・アングル INTERVIEW

俯瞰して、様々なアングルから社会テーマを考えるインタビューシリーズ

vol.10

旅行しない若者たち

2018年、訪日外国人観光客(インバウンド)数はビザ緩和などの効果により3,000万人を突破したが、日本人の海外旅行客(アウトバウンド)数は1,895万人と過去最高を記録したものの、訪日外国人観光客数と比較すると、まだまだ少ないと言える。特に若者の出国者数は人口そのものの減少に伴って、ここ20年で33%減少している。若者たちはなぜ外国へ行かなくなったのだろうか。この問題の背景と解決に向けた方策について探る。

Angle A

後編

「旅という経験」が評価される社会に

公開日:2019/9/6

旅作家

とまこ

世界各国への旅を続けるとまこさん。旅の中で、少々怖い思いをしたこともあるという。でもネット上を駆け巡るネガティブな情報は、「全体の一部」と考える。実際に、人と出会って、見て触れて分かることも多いという。

インドの旅は、自分の心を取り戻す旅だったのですね。

 気持ちに区切りがついて、「これで日本に帰っても大丈夫」と思ったのはインドのガンジス川の源流を目指して旅していたときです。ガンジスの上流は雪解け水でとてもきれいで冷たいんですよ。酷暑の季節で、もく浴を何回かしましたが、気持ちいいのは一瞬だけで、冷たくてすぐ死にそうになります。もく浴を続けるには感情を停止しないとできないほどでした。ある時そんな中で、水が心に入り込み、要らないものを流し去ってくれる感覚を味わいました。新鮮に生まれ変わるようでとてもうれしかったのですが、同時に戸惑いも感じました。「『心の核』も一緒に流されてしまったらどうしよう」という不安がよぎりました。でもしばらくすると、自分の大切な核は流されていないことに気づきました。きっと実際の川のように、「心の水草」が大切なものを絡め取ってくれたんですね。これが自然の摂理に似ているなと思いました。本当に大切なことは、絶対に失われることはない、失われてしまうものは、本当は要らないものなんだと。これは大きな気づきでした。それで失うことを怖がらなくていいと思うようになりました。生きることが楽になりました。
 私が旅を続け、表現活動を通して伝えたいことは、一つです。「心に風が吹き抜けますように」ということです。風は体感するだけではなく、心にも吹き抜けていくと思っています。 
 ひらめきや喜びや、たわいのないことなど、新しい何かを心に運び、要らなくなった心情を運び去ってくれる風。本当に大切な思いを失うことはないので、じゃんじゃん心に風を吹かせればいいんです。ガンジス川の中で感じたように。ただ現実社会では、ガンジス川どころか、川に入ること自体が日常とかけ離れています。そこでインドを離れてからは、もっと身近な「風」に思いを託すようになりました。日本の毎日でも風を感じて、新鮮でとらわれない心でいたいし、ご覧くださる方の心にそんな風を吹かせる作品を作りたいと思っています。
 ところで私は、旅を無理に勧めることはしたくないです。皆それぞれ制約があり、旅する時間を作れない人も多いですから。私の生き方は一般的なものではないと、理解しています。
 ただ、旅に新しい「何か」を期待しているのなら、旅立つ方がいいと思います。なぜなら100%何かが起こるのが旅ですから。いる場所が変わる、それだけで十分すごい何かです。良いことも、悪いこともありますが、悪いことからもきっと何かを学ぶはずです。何より世界に優しくなれると思います。旅先では他人の厚意を受ける機会が多いですが、恩を受けた人がいる土地をなかなか嫌いになれないし、「優しさ返し」をしたくなるものです。旅には良いことがたくさん詰まっているから、難しくとらえずに、日常からの「逃げ技」程度に考えて、気軽に出かけてほしいです。

【大自然の中で写真映えするファッション】

赤いワンピースは、海や山での撮影時によく映えるという

日本人の海外旅行者数が低迷しています。

 私は、若者のせいではないと思っています。なぜなら、子供は大人が作った社会の中で生きているからです。学校の先生やご近所さんなど、周りにいる大人は選べません。そして周りの大人の価値観にさらされて生きています。だから、近くにどれだけ世界観の違う大人がいるか、どれだけ面白い人がいるかは、とても重要だと思います。
 例えば「草食系男子」という現象も、窮屈な社会が生み出してきたのだと思いますが、同様に、旅をしない若い世代も、社会がつくったものです。若者の中に原因を見つける前に、まずは社会と社会を作る大人の中に見つけないとならないと思います。
 観光庁の「若旅★授業」で、子供たちに旅行体験を話したことがありますが、みんな目をきらきらさせて聞いていました。旅に出る意思が潜在的にあると感じました。
 更に私が訴えたいのは、日本では旅に対する社会的な評価が低いということです。旅は一種の表現行為で、アートに近いところがあると思っています。日本はアートや旅を評価する力量が、他国に比べて乏しいと思います。
 もっと若者を海外に出して、国際人を作りたいと願うなら、旅そのものを評価できる社会へと成長させないと始まりません。例えば、国の政策として、旅をインターンならぬ「旅ターン」という仕組みにして、旅した勇気や行動力をポイント化して評価し、英検などと同様に、履歴書への記載を可能にすることなどが考えられます。だって、旅に興味が向かなければ、バイト代や時間を就職活動そのものや、就職につながるインターンに費やしたいと考えるのは自然とも言えますからね。

海外旅行は怖いと思っている人もいると思います。

 3年ほど前に、仕事で欧州の旅をしたときのことです。当時、私はルーマニアを目指していましたが、内心では怖がっていました。なぜならネットで「ルーマニア」「ATM」と検索すると「ルーマニアのATMは危ない。現金を下ろした瞬間に刺される」などと書かれていたからです。周囲の欧州人からも「あんな危ないところに行くな」と言われました。だから首都ブカレストに着いた瞬間、本当に怖かったです。街では昼間から酒を飲んでたむろしている人たちも目につきます。そして、ある夫婦が近づいてきて、私にお金を求めて来たんです。その瞬間私は怖くて戸惑いましたが、そこに現地の若い男性が現れ、日本円で3000円ぐらいをその夫婦に手渡しました。気軽に「はい」って。彼らは受け取って、去って行きました。「いつもあげるの?」と青年に聞くと、「うん。彼らは金がないんだよ。僕は持っている。それだけだ」と。なんてシンプル。物乞いの夫婦はお金がほしかっただけで、危害を加えることなど、目的ではなかったんです。
 ネット情報は悪い話が目立ちます。本当にそうです。ルーマニアでは「ATM=刺される」という情報があったけど、私はATMを使っても刺されませんでした。また、自然に生活している部分はネットには書かれないけど、その部分の方が実際は多いのです。怖い部分は大きな全体のごく一部だということを知るべきです。
 更に言うなら、自分次第で状況は変わります。悪さをしようとしている人がいても、「こいつは友達になれそう」と思われれば勝ちです。危険だと思っても、その裏に100倍も良い人間性が隠れているかもしれないということを心に刻んでほしいです。もちろん笑顔が必要なことは言うまでもありません。自分の心が縮こまっていたら、相手も心を開かないでしょう。笑顔は最強の武器です。

日常に影響を与える良い旅をしたいですね。

 私にとって、旅の収穫は「心の扉」です。旅に出る度にこの扉は増えていくんです。日常生活の中で私は時折、南米パタゴニアに行ったときの「思い出の扉」を開きます。何千万年という長い年月をかけて、少しずつ流れていく、気長な氷河を思い出すと、嫌なことでも大抵は許容できます。「窮屈だな」と思う時は、ネパールの「アンナプルナ山脈での朝焼け」という扉を開きます。雄大な限りなく美しい世界に自分がいることをリアルに思い出すと「自分はまだ大丈夫」と思えるから不思議です。帰国して、思い出せば思い出すほど、効力は増すばかり。何度となくこの「扉」たちに助けられています。それが旅の大きな財産です。(了)

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