トリ・アングル INTERVIEW

俯瞰して、様々なアングルから社会テーマを考えるインタビューシリーズ

vol.47

誰もが防災の担い手になる!災害大国ニッポンの未来

近年、「何十年に一度」、「生まれて初めて経験する」と言われるような災害が、全国各地で起こっています。しかしながら、何度も被災した経験がある人はそう多くはありません。いざ自らのリスクが高まったときでさえも、自分ごと化されないことにより、避難行動などにつながらず、最悪の場合は大規模な被害や犠牲者が発生しています。自分の命も大切な人の命も守るため、災害を自分ごととして捉え、防災・減災の正しい知識を修得することが現代では必須です。
そこで今回はテーマを「防災教育」とし、学びの内容、効果を上げるためのポイントなどをうかがいました。

Angle B

前編

防災教育教材の新潮流!ゲームを通して「我が事」になる

公開日:2023/12/11

京都大学防災研究所 巨大災害研究センター

教授

矢守 克也

 毎年のように大きな災害が起き、遠くない将来、巨大地震の発生が懸念されている日本では、「防災教育」の重要性とそのあり方に年々注目が集まっています。災害を我が事として捉え、自分の命も大切な人の命も守るためには、どのような教育が求められるのでしょうか。防災・減災研究の第一人者であり、ゲーム要素を取り入れた防災教育でも知られる京都大学の矢守克也教授に話をうかがいました。

矢守先生の研究室では、巨大災害による被害を軽減するための研究に取り組まれるなかで、「防災教育」を重要テーマの1つとして、さまざまな活動や提言を行っていらっしゃいます。先生が防災教育に取り組まれるようになられたきっかけは何ですか。

 大きな契機となったのは1995年の阪神・淡路大震災です。当時、私は30代前半で、震災後はいくつかの避難所でボランティア活動を行いました。たくさんの学校が避難所になりましたので、被災した子どもたちと関わることも多く、彼らとさまざまな話をするなかで防災教育の大切さに気づきました。私の専攻は心理学で、なかでも災害や事故に関する心理学を大学時代からずっと研究していました。そうした下地もあり、震災をきっかけに、本格的に防災教育を意識するようになりました。

阪神・淡路大震災の経験から、防災教育のための具体的な活動も始められたとか。

 今でも関わっているのは大きく2つあり、1つはボランティア活動で知り合った被災者の方々に阪神・淡路大震災の経験を語り継いでもらう活動です。被災者の方々と一緒に、「語り部KOBE1995」を設立し、学校の授業など、さまざまな機会に被災の経験を語っていただいています。阪神・淡路大震災から再来年で30年になるため語り部の方々も高齢化していますが、先日、80代の方が第一線から退かれる際には40代の息子さんにきちんとバトンを託されました。世代を継いで過去の災害を経験した人の話をしっかり伝える。これも防災教育の大切な柱の1つに位置付けられています。
 もう1つは防災教育教材の開発です。阪神・淡路大震災の被災地で起きた色々な出来事を取材し、その実話をもとに『クロスロード』というカードゲームを発表しました。震災からちょうど10年目にあたる2005年のことです。

『クロスロード』とは「分かれ道」という意味ですね。どういうゲームなのでしょうか。

 カードに書かれた災害時の対応についての問題にプレイヤーが「Yes」「No」の決断をくだす、まさに「分かれ道」を選ぶゲームです。もっとも、どちらかを選べば正解ということではなく、「Yes」「No」を選んだ理由をプレイヤー同士で発表し合うことがきもです。例えば、「3000人いる避難所の食料が2000食しか届けられなかった。この食料を配るか」という問題です。「混乱を招かないよう配らない」「とりあえず配って、分け方はみんなで相談してもらう」など、Yes・Noいろんな考え方を知ることで、どちらを選んでもそれぞれにメリット・デメリットがあると分かってきます。また、「届いたのは腐りやすいものなのか保存食なのか」「個別に分けやすいのか」など、条件によっても判断が変わることに気づきます。問題に対する答えの出し方や、どんな条件を想定しなければならないかなど、しっかりと考える力を身に付けるのがねらいです。

実際にプレイした子どもたちの評判はいかがですか。

 今も全国の教育現場で活用いただいているので、まずまず前向きに評価されていると思います。
 印象的だったのは、ある小学校の授業で先ほどの問題が出た時、いかにも活発そうな数名の男子が、「イエス。まず僕たちに配ってほしい」と答えたことです。「その代わり、お腹いっぱい食べて元気になった僕たちが、外に出てもっと多くの食料を手に入れてきます」と。『クロスロード』は自分とは異なる価値観や視点に出会う場です。子どもっぽい回答ではありますが、「3000人に2000食」を決まったものと考えない、柔軟な発想を引き出せたのは良かったです。

『クロスロード』は、「神戸編・一般編」から始まり、現在市販されているものには「市民編」「災害ボランティア編」の3バージョンがある。

ほかにも『逃げトレ』や『黒潮の秘密』といったゲームアプリを開発されていますね。

 『逃げトレ』は最新の津波シミュレーションを使って、迫りくる津波からいつ避難を始め、どの道を通ってどこに逃げるか、リアルな感覚で体験できる津波避難訓練アプリです。一方、『黒潮の秘密』は一見すると観光案内ナビです。私の研究室が長年、津波防災に協力している高知県幡多郡黒潮町を舞台に、ユーザーがおススメスポットを巡ることで自然に津波の避難経路を歩いていたり、避難タワーを訪れたりする仕掛けを施しています。
 こうしたゲーム形式の教材を開発している主な理由は、当事者意識の醸成を促す効果を期待しているからです。防災について議論すると、必ず出てくるのが「当事者意識」や「我が事感」という言葉なんです。被災経験のない人が、どうすれば我が事として災害に備えられるようになるのか。防災教育に携わる者にとって、まさに積年の難題です。その点ゲームというものは、「どのルートを行くか」、「1人で進むか家族を待つか」など、いろいろな局面でプレイヤーに選択・決定を迫ってきます。自分自身で何かを決めなければならない、という状況になれば、目の前の問題に我が事として真剣に向き合わざるを得なくなる。ほかにも、子どもが興味を持ちやすいなど、ゲーム教材には色々な効果が期待できます。

『逃げトレ』は、スマホを用いた個人用の避難訓練アプリ。スタートボタンを押すと、現在位置への津波到達時間、浸水深、ハザードマップなどが画面に表示され、それらを駆使して、津波に追いつかれる前に避難場所へ到達することを目指す。

ゲーム形式にすることで、プレイヤーが災害を我が事として考え、判断する力を養えるというわけですか。

 日本の防災教育は、伝統的なものほど「こうしなさい」という正解が決まっていました。例えば「おはしも」という標語です。避難する時は「(人を)押さない」「走らない」「喋らない」「戻らない」の頭文字を取ったものですが、本当にそうでしょうか。例えば津波が来るような場合は、大声で「津波だ!」と知らせる必要があるし、走って高台に逃げなければなりません。記憶に新しい東日本大震災では、先生の指示で逃げ遅れた子どもたちが、大変な悲劇に見舞われました。災害の現場では「想定外」などいくらでも起き、「こうしなさい」が正解とは限りません。最後はその人自身の一瞬一瞬の判断が生死を分ける。そのことを私たちは思い知り、心から悔やんで反省したはずです。同じ悲劇を繰り返さないために、防災教育の領域にも「主体的な判断」や「自主的な振る舞い」ができる力、考える力を養う教育が必要です。『クロスロード』なり『逃げトレ』なりが、そうしたことの一助になれば幸いです。

他には、どんな教育に取り組まれているのでしょうか。

 子どもたちに普段から自然事象に興味や関心を持ってもらおうと、地震計を使った防災教育を行っています。昔は、どの小学校、中学校にも、内部に温度計と湿度計が入った「百葉箱」が置いてありましたよね。あれの地震計バージョンです。2009年に京都、2010年に鳥取の小学校に置いていただき、電池を入れ替えるなどのメンテナンスワークを児童たちに任せるほか、年に4回ほど地震計が観測したデータを使った授業を私たちが行っています。

「満点学習(※)」と呼ばれているものですね。具体的にどんな授業をされているのですか。

 満点学習で使用している地震計は感度が良いため、地震以外の震動、いわゆるノイズも大量に観測してしまいます。ただし、波形が違うので区別は可能で、それぞれ何の波形か考えてもらう授業も行っています。例えば、毎日規則的に出現する波形があった場合、周囲の環境から何の振動か仮説を立て、「これは近くを通る列車の震動だ」と突きとめていくわけです。地震計という「面白いメガネ」を通してみることで、子どもたちが身の周りのことを今までとは違うアングルで見るようになるのです。
 地震計に限らず、いまはモニタリングする機械がITの進化により大量、安価に作れるようになりました。国土交通省でも現在、浸水の危険性が高い地域に浸水センサを多数設置して、リアルタイムに状況を把握する実証実験を進めています。私はそうした取組を防災教育にもぜひ活かしてほしいと思っています。例えば、学校からモニタリングできれば、「このくらいの雨が降れば浸水センサが反応するんだ」といったことが学べます。身の周りの事象がデータで証明できるという、科学的な視点を養うのに役立つと期待しています。

※地震計の観測など子どもたちを防災の実践に参加させることを特色とした防災教育。

満点学習では、地震計も子どもたち自身で設置する。

東日本大震災の揺れは京都と鳥取の小学校でも観測されたのでしょうか。

 もちろんです。あの規模になると地球上のどこでも観測されます。ただ、今まで観てきた波形とはまったく違う波形が観測されたので、子どもたちは「これほど離れていても、観測データから地震のすごさが分かる」と驚いていました。

地震の大きさを実感したことにより、子どもたちに変化はありましたか。

 それは子どもたちの性格や志向によりさまざまです。今まで以上に防災に興味を持つようになった子、被災者に心を寄せてボランティアや寄附などの支援活動に取り組むようになった子、また地震の構造を詳しく知りたい等、理科学習の方向に関心が向く子もいました。それほど変化が見られない子でも、ある日突然こんな異常事態が起きることを、自分たちの観測を通して理解したという事実は強い印象を残したようです。もちろん、防災を身近に考えるきっかけにもなったと思います。

やもり・かつや 京都大学防災研究所巨大災害研究センター教授。博士(人間科学)。専門は防災心理学。現在、防災気象情報に関する検討会委員、日本災害復興学会会長、地区防災計画学会会長などを務める。『防災ゲームで学ぶリスク・コミュニケーション』『防災人間科学』『復興と支援の災害心理学』など著書多数。開発した防災教育教材に『クロスロード』『逃げトレ』など。NHKの防災番組の解説キャラクター「ヤモリン博士」としても人気。
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