トリ・アングル INTERVIEW

俯瞰して、様々なアングルから社会テーマを考えるインタビューシリーズ

vol.3

自動運転時代、移動はどう定義されるのか?

これまでは、自家用車での移動、認可された事業者が拠点間を低コストで大量の旅客を運ぶ公共交通による移動は、区別されてきた。しかし、カーシェアが進み、レベル5の完全自動運転が当たり前になった時には、移動の概念は、どのように変わるのだろうか。運転手の技術に頼る必要がなくなり、二種免許はいらなくなるだろうか。個人が自動車を所有する時代から、スケールメリットを有する企業がプラットフォーマーとなり、モビリティサービスを提供する時代になるだろうか。

Angle B

後編

自動運転が進むべき道

公開日:2019/1/25

東京大学生産技術研究所

教授

大口 敬

自動運転技術は、それだけでは交通イノベーションにならない懸念があると東京大学生産技術研究所教授の大口敬氏は指摘する。では自動運転を活用し、社会を変えて行くにはなにが必要なのか。

自動運転技術の普及と共に、すべきことは何でしょう。

 「道路のことを考えてみましょう。高速道路を作るときには、まずA-Bの間を何時間で移動すると決めて、それらを元に『設計速度』を設定します。ただ道路予定地には高低差があったり、きついカーブが必要だったりします。そういう条件の悪いところは、やむを得ず速度を落として設計します」
 「つまり平坦で走りやすい区間なら、速いスピードで走れるわけです。ところが現実の速度規制は、条件の悪い区間にあわせて『上限』を設定しています。近年、ようやく一部の高速道路で時速100キロメートルを上回る区間が認められましたが、全体としての傾向はあまり変わっていません」

それが自動運転では障害になるのですか?

 「自動運転車は、機械的にいまの交通ルールを守るように作られるでしょう。決して速度違反はせず、安全のために車間距離も広めにとる。結果として、交通容量が落ちてしまうことが考えられます。人間のドライバーなら、設計速度の概念から当然安全と認識できる場合には、それ相応のスピードを出すし、適当に車間も詰めます。場合によっては危険なケースもあるかも知れませんが、そうした人間の感覚を織り込んだ上で道路のリスクレベルは管理されているのです。つまり今のルールや道路の構造のまま、高速道路の車列の中に少数の自動運転車が加わると、かえって危険が増したり効率が落ちたりしかねません」
 「人間のような柔軟な判断能力を持つ自動運転も、いずれは実用化されるかもしれませんが、現状のAIではまだ到底無理です。それまでには相当な時間がかかるでしょうし、そうしているうちに、自動運転の実用化は海外に先行されてしまう懸念もあります。いまのうちに、行政にカバーしてもらいたい。これまでの道路行政は、渋滞などが問題になってから改善することを繰り返してきたように思います。自動運転を普及させようというなら、将来のことを考えて道路構造のあり方やリスク管理の方法を見直し、イノベーションを促してはどうでしょう」

都市の中の道路でも同じことがいえますか。

 「基本的には同じですね。いまの自動車の延長で自動運転を認めるという方針だったら、大きな変化は起きないんじゃないかな。本来、自動運転にはパーソナル・モビリティー機能など従来にはない新しい人の移動の形を生む可能性があります。自動車は欧州の伝統的なコーチ(大型四輪馬車)やクーペ(2人乗り馬車)の置き換えとして生まれたものですが、新しい形を生むには道路環境や交通ルールから変えないといけません」

【生きるために必要な移動手段】

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高齢者の都市内移動などはどうでしょう。

 「車体は小さくて乗り降りが楽。スピードはゆっくりでいい。行き先も、あらかじめ設定した場所だけ。しかし、ドライバーが自分の意思で運転をスタートし、危険を感じたら停止する。私はそれを『究極のレベル2』と呼んでいます。そんな車が発売されたら、高齢者向けに大ヒットするんじゃないでしょうか。レベル5の完全自動運転までいかなくとも、運転支援のレベルで社会を変える可能性があります。高齢者に運転免許を返納してもらうのでなく、限定条件をつけて発行すればいい。必ずしも一気に無人移動サービスにする必要はないんですよ」

信号や交差点の形も変わりますか。

 「自動運転なら車内で表示すればいいという主張もあります。私は賛成しません。交通社会は、常に他人がどう動くかを意識して成り立っています。信号とは『公的に掲出された情報』であり、皆がその情報を共有しているという安心感が移動の安全を支えています。それに信号がないと、自転車が1台、道路に入っただけでも混乱してしまうでしょう。遠い将来はともかく、当面は変わらないと思います」

その他にも、大口先生が自動運転で気にかけていることがあれば教えて下さい。

 「いろいろ難しい点を上げましたが、自動車の自動運転は、まあ時間をかければ普及していくし、なんとかなるだろうと思っています。本当に悩ましいのは、公共交通における都市と地方の格差です」
 「公共交通って、なんとなく鉄道やバスだと思われているでしょう?しかし人間が生きていく上で、移動は『必然』なんです。食や住と同じで、健康で文化的な最低限度の生活に欠かせない要素です。地域によって大きな格差があるのは、良いことではない。『生きるために必要な移動手段を国民に提供するのは公共的な責任である』、人の移動を、そんな風に定義し直せないでしょうか。MaaS(Mobility as a Service)なども、そういう視点で臨むべきです。日本は課題先進国ですから、世界最先端の取り組みが可能なはずです。その中からイノベーションが生まれれば、世界の模範となり得ます。自動運転が、移動のあり方を考えるきっかけになればと思います」(了)

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