トリ・アングル INTERVIEW

俯瞰して、様々なアングルから社会テーマを考えるインタビューシリーズ

vol.20

みんなで守ろう!「命の水」

地球は水の惑星と言われているが、この地球上の水は海水などの塩水がほとんどを占めており、淡水は約2.5%しかない。そのうえ、その大半が南極や北極地域にある氷山や地下水で固定されており、人が容易に利用できる河川や湖沼などの淡水の量は地球上に存在する水量のわずか0.008%程度にすぎない。
この限りある水の確保が、今、危機に瀕している。近年の地球温暖化による気候変動の影響により、世界各地で渇水や洪水などの自然災害が頻発し、水の安定的な供給が見込めないからだ。
人が生きていく上で欠かせない「水」を将来にわたって守り続けていくために今、どのような取り組みが行われ、また、何が求められているのだろうか。

Angle C

前編

シロアリの翅を再現し、水問題に挑む

公開日:2020/8/25

龍谷大学

先端理工学部応用化学課程教授

内田 欣吾

雨期に好んで飛ぶシロアリの翅(はね)の表面構造を再現すると、水を「集める」「はじく」という2つの異なる濡れ性を持っているという。この世界初の発見は、自然の作り出す機能性構造を模倣する「バイオミメティクス」と呼ばれる研究によって導かれた。「バイオミメティクス」は低コストで環境にやさしいモノづくりを実現し、水問題の解決にもつながるのではないかと期待されている。この研究を主導する龍谷大学先端理工学部の内田教授に研究のきっかけや今後の目標を聞いた。

研究者を志したきっかけを教えてください。

 大学を卒業したときに、企業に就職する道もありましたが、自由な発想で研究できる道を目指すことを決めました。最初は大阪にあった旧通産省(現・経済産業省)の付属研究機関である大阪工業技術試験所(現・産総研関西センター)に入所しました。そこで、光を当てると色の変わるフォトクロミック色素の研究に出会ったのです。当時、大阪大学助教授で、最新のフォトクロミック色素、ジアリールエテンの発明者であった入江正浩先生(現・立教大学未来分子研究センター客員研究員)とともに、新しいジアリールエテン色素開発の研究に携わったことが、現在の研究につながっています。

大学の研究室では学生たちとどのような研究を行っていますか?

 自然界には、特殊な構造を持ち、厳しい環境でも生き延びている昆虫や植物がいます。これらの表面には、進化の過程で最適化されてきたマイクロ、もしくはナノ構造が形成されています。この自然の知恵をまねることで、低コストで環境にやさしいモノづくりを目指しています。構造をまねる時には、光を当てると色と分子構造が変化するフォトクロミック分子を用います。この分子の結晶膜に紫外光を当てると、光生成した色素が勝手に集まって表面に針状の結晶が成長する現象を見出しました。この針状結晶は可視光を当てると溶けてなくなります。この針状結晶が生えた表面に水滴を置くと、ハスの葉の上のようにころころと転がる、超撥水性(ちょうはっすいせい)が現れていました。ハスのほかにも、ゾウリムシの繊毛運動なども模倣できました。大きな研究機関ではやらない、奇想天外な応用分野が開けないかを狙っています。

【ハスの葉の水滴を弾き返す表面特性を再現する研究も学会誌にも掲載された。】

Langmuir 2019, 35, 14124−14125 Copyright © 2019 American Chemical Society

シロアリの翅の表面構造を再現した技術の概要や特徴について教えてください。

 シロアリは世界で2千種類以上いるといわれていますが、ここでいうのはオーストラリアに棲む、和名・テングシロアリという種類です。このシロアリは、棲んでいるコロニーを巣立って、あたらしいコロニーをつくるときに、天敵から身を守るために、あえて雨期に飛び立ちます。このため、翅が濡れて重くならないように、雨粒は弾き飛ばすなど、水を素早く除去します。シロアリの翅は胴体に比べて非常に大きいので、翅の上に付着する水滴の量をできるだけ減らす必要があるためです。このような“濡れ性”を発現するために、その翅の表面が特殊な構造を持っていることが、2010年にACS Nanoという論文誌に掲載されました。この論文を読み、研究対象として着目しました。具体的には特別な2種類の突起があり、ひとつは長さ50μm(ミクロン、1ミクロンは1000分の1ミリ)、太さ1μmの毛状のもので、もうひとつは高さ太さ共に5~6μmの小さな突起です。この2つの構造により、テングシロアリの翅は、雨粒を弾き飛ばし、小さな霧粒は集めて大きくした後に表面からリリースできると述べられていました。この2つの突起の大きさと形が、私の研究室で既に開発されていた2種類のジアリールエテンの紫外光照射で成長する針状結晶のサイズとほぼ同じだったので、表面構造を正確に再現できるはずだと考えました。そこで、2種のジアリールエテンを混ぜて、紫外光を当てて2つのサイズの針状結晶が生えた表面を作成すると、テングシロアリの翅と同様に雨粒を弾き、小さな霧粒は表面に集める性質をもっていることがわかったのです。

【内田研究室はシロアリの翅の表面構造を再現することに世界で初めて成功】

※龍谷大学提供

なぜ水滴をつくることに着目したのでしょうか。原点やきっかけがあれば教えてください。

 私たちの研究グループは、最初に見つけた針状結晶が生えた表面が、ハスの葉のように水を弾く超撥水表面になることを期待して実験していました。しかし、テングシロアリの翅の構造とその性質を述べたアメリカの論文を目にしたことをきっかけに、「テングシロアリの翅の表面の構造をまねることができれば、その性質も再現できるかもしれない」という期待が膨らんだのです。単純な発想ではありましたが、実際に研究に取り組むと、2つの濡れ性を併せ持つ表面が再現できたのです。世界的な人口増加で、水不足の問題はより深刻さを増しています。この研究が、水不足の問題の解決の一助になればと考えています。
 研究とは、社会問題の解決などのアプリケーションを見据えることで、その価値がさらに高まります。また、研究は見た目にも分かりやすいほうが良いと思います。私がそう考えるようになったきっかけは、大学の修士課程を修了した時に遡(さかのぼ)ります。当時、修了証書授与式と祝賀会の後、同期十数人で飲みに行きました。明日からは、みんな下宿を引き払い、それぞれの勤務地に向かう最後の夜でした。居酒屋で他の研究室の学生も含めて、議論したのが、こんな悩みや疑問でした。「われわれは、レベルの高い大学で研究したのだから高レベルの研究をしたのだろう。でも、家に帰って親から『大学でどんなことを研究しているの?』と聞かれても、難しい専門用語ばかりで、理解してもらえるようなわかりやすい説明ができない。こんな研究が、果たして世の中の役に立つのだろうか」。その議論を思い出し、私は、学生が分かりやすく、学生たちが親にたずねられても、すっきりと明快に答えられる研究テーマであれば、世の中の人たちにも受け入れてもらいやすいのではないかと考えるようになりました。そのように志向した研究の先に、私たちの「今の成果」があるのです。
※後編は8月28日(金)公開予定です。

うちだ・きんご 1958年9月16日、広島県尾道市生まれ。九州大学大学院総合理工学研究科分子工学専攻修士課程修了。博士(工学)。通商産業省工業技術院大阪工業技術試験所(現 産業技術総合研究所関西センター)研究員、九州大学 機能物質科学研究所 助手を経て、1997年龍谷大学理工学部助教授。2002年教授、2020年4月より組織変更により現職。
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