トリ・アングル INTERVIEW

俯瞰して、様々なアングルから社会テーマを考えるインタビューシリーズ

vol.36

未来を守る、未来をつくる、メンテナンス

老朽化が進む社会インフラを限られたリソースで少しでも多く、長く維持していくため、重要性が増している「メンテナンス」。それは、現状維持のための「守り」だけではなく、安全・安心な未来を手にするための「攻め」の手段でもあります。体のメンテナンスが心の健やかさにつながるように、インフラメンテナンスの進歩の先には何があるのでしょう。先進事例を交えて考えます。

Angle C

前編

中長期的な視点で空港の維持管理を改善

公開日:2022/7/29

株式会社南紀白浜エアポート

オペレーションユニット長

池田 直隆

生産年齢人口が減少する中、労働力及び技術力の継続的な確保はインフラ維持管理の共通課題。特に、資金的に余裕のない地方管理空港(以下「地方空港」)ではその課題が顕著です。和歌山県にある南紀白浜空港では、通常目視で行っている滑走路の点検に、ドライブレコーダーに記録した画像からAIが異常を検知する仕組みを導入。第5回インフラメンテナンス大賞(国土交通大臣賞)にも選ばれたこの取り組みは、地方空港の維持管理において、どのような意味をもつのでしょうか。

まずは「インフラメンテナンス大賞」とはどのような賞なのか、国土交通省総合政策局公共事業企画調整課情報企画係長・萩野皓介氏にお聞きします。

萩野 この賞は、インフラメンテナンスにおいて優れた取り組みや技術開発を表彰し、受賞された事例を広く紹介することで、取り組みの促進やメンテナンス産業の活性化、インフラメンテナンスの理念の普及を図ることを目的に2016年度よりスタートし、これまで5回実施しています。国土交通省だけでなく、総務省、文部科学省、厚生労働省、農林水産省、経済産業省、防衛省が、それぞれで管理するインフラを対象に表彰しており、毎年、地方公共団体や教育機関、企業、NPO法人など、幅広い団体より多くの応募をいただいています。受賞者の方々からは、「受賞を糧に技術開発や地域の取り組みを一層進めていきたい」などのお声があり、インフラメンテナンスの発展につながる賞であると感じているところです。

2021年度の第5回インフラメンテナンス大賞では、国土交通大臣賞のメンテナンス実施現場における工夫部門で、株式会社南紀白浜エアポート、日本電気株式会社、株式会社オリエンタルコンサルタンツによる「ドライブレコーダーを活用した空港滑走路の調査及び点検」が選ばれました。

萩野 空港運用において航空機の安全運航確保は極めて重要です。そのために欠かせない滑走路の日常点検において、「汎用技術」のドライブレコーダーと「最新技術」のAIを組み合わせた点が画期的でした。
こうしたインフラメンテナンスに関わる産学官民の優れた取り組みや技術開発を広く社会に伝えていくことで、インフラメンテナンスに関わる取り組みを促進し、インフラメンテナンスの重要性をより多くの方にご理解いただければと考えております。

第5回インフラメンテナンス大賞表彰式(2022年1月21日、オンライン開催)

それではここからは、受賞技術について、株式会社南紀白浜エアポートの池田様にお伺いしていきましょう。最初に、この取り組みの概要を教えてください。

池田 南紀白浜空港では、滑走路の日常点検を、365日、朝夕2回実施しています。全長2,000m、幅員45mの滑走路を、職員1名が点検車に乗って走り、ひび割れや損傷がないかを目視で確認しています。ひび割れや損傷の見落としは航空機の安全運航に多大な支障をもたらします。職員には、「見落としてはいけない。目視で見つけなくてはならない」という心理的ストレスがかかっていました。
今回の取り組みでは、点検車にドライブレコーダーを取り付け、滑走路を走行している間の画像を記録します。その画像から学習を重ねたAIがひび割れや損傷を検知するというものです。航空機の離着陸に影響を及ぼす損傷の見落としリスクを低減させると同時に、職員の心理的負担の軽減につながりました。

ドライブレコーダー(右上)を搭載した点検車

目視をAIが代替することで、点検業務の属人化も防ぐことができますね。

池田 実は、日常点検で例えば幅2mmのひび割れを見つけるだけであれば、技術的に高い熟練度が求められるかというと、それほどでもないです。それよりも、2mmのひび割れが4mmになったという変化を観察することが、目視では難しい。一方、AIならひび割れの変化を定量的にモニタリングすることができます。この点が「予防保全」という面では非常に重要なのです。

「予防保全」とは、定期点検によって損傷が小さい段階で適切に修繕・更新することで、重大な事故の発生を防止しようという考え方ですね。

池田 はい。予防保全で重要になってくるのが、「どこまでは経過を観察して、どこから対応するのか」という判断基準です。見つかった軽微な損傷を全て補修していくと、時間的にも費用的にも膨大になり地方空港では現実的ではありません。軽微な損傷はそのまま保全して、悪化しているものを優先的に補修していく仕組みが必要です。今回のAIの導入によりひび割れの進行度を定量的に把握できたことで、効率的な予防保全が可能となりました。
滑走路の全面補修の周期は通常10年程度ですが、こうした仕組みにより対応すべき損傷を適切に修繕していけば、15年、20年と滑走路の寿命を延ばすことができます。数億円かかる全面補修を先に延ばすことができれば、相応のコスト削減の実現につながります。
この技術の導入による人件費等の短期的なコスト縮減のインパクトについて質問をいただくことも多いですが、正直そこまで大きいものではありません。それよりも中長期で見た修繕・更新コストの削減という点で、非常に大きなインパクトを残せる技術だと思います。

AIによる損傷箇所(青枠)の検知

どのようなきっかけで開発にいたったのでしょうか。

池田 地方空港はどこも同じだと思いますが、まず課題として、人材・技術力の確保が難しいことと、資金的な余裕がないことがあります。365日、安全に空港の運用を続けるには、土木の技術や技術的知見を持った人材が必要ですが、地方ではそうした人材は少なく、また育成したとしてもこの地に永住するとは限りません。長期的な視点で考えると、属人的な空港運営では成り立たなくなってしまうため、なんとかしてデジタルの力でIoT先進空港に変えていく必要を感じていました。しかし、デジタル化を進めるにも資金的な余裕がない。では何ができるのだろうと考えた時に出てきたのが、私たちが管理している滑走路を航空機の離着陸以外に活用しようというアイデアでした。滑走路という場所を技術実証の場として提供することで、新しい価値を生み出せないか、その発想がスタートでした。
AIを用いた画像認証は、一緒にこの取り組みを進めている日本電気株式会社がもともと持っていた技術で、道路での劣化状態の診断に活用されることを期待して、実証段階に入ろうとしていました。滑走路もいわば長い直線道路です。実証の場として当空港の滑走路を使うことで、空港滑走路の路面調査への活用の道を開くことができました。実証実験では、AIが検知するひび割れが検知すべきものか否かの技術的判断を迷うことがありました。その際の技術的サポートをオリエンタルコンサルタンツにお願いしました。3社の協力体制のもと検証を重ね、2021年4月から実際に運用を開始しています。

そうして実用化された技術が、第5回インフラメンテナンス大賞の国土交通大臣賞を受賞されました。受賞によって、何か影響はありましたか。

池田 今回の技術について、他の空港からの問い合わせが増え、なかにはすでに導入を検討・実証を進めているところもあります。また、道路管理者、ダム管理者のような空港以外のインフラ管理者からの問い合わせも増えました。そこから実際に道路にフィールドを移し実証実験を始めた例もあり、詳しくは後編でお話ししたいと思います。
今回の技術以外にも、当空港と協働で空港DXに向けた技術を開発したい、実証したいという声が増え、同じ課題や目的を持つ同志とのつながりが多く生まれました。当空港にとって、空港インフラが新たな価値を生みIoT先進空港へと進んでいく、その歩みが加速したように感じています。

いけだ・なおたか 学生時代は土木を専攻。アクセンチュア株式会社にて、戦略策定業務、システム構築業務に多数従事。その後、首都高速道路株式会社にて、高速道路の企画立案・フィージビリティ検討業務など、道路事業に関する幅広い業務を担当。経営コンサルティング会社である株式会社経営共創基盤に移り複数のインフラ関係のプロジェクトに従事。南紀白浜空港の運営が同社へコンセッション方式で委託されたのを機に、現職。南紀白浜空港の経営、運営全般に携わる。
京都大学大学院工学修士、コロラド大学ボルダー校経営学修士(MBA)
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