トリ・アングル INTERVIEW

俯瞰して、様々なアングルから社会テーマを考えるインタビューシリーズ

vol.23

半島は日本の台所!

三方を海に囲まれた半島は、陸の孤島のイメージがあるが、かつて日本は海上交通網で繋がっており、半島はその玄関口として栄えた歴史がある。漁業や農業が盛んで、日本の食料供給拠点として、食卓に美味しい食材を届ける「半島は日本の台所」。国は23の半島地域を半島振興法の対象とし、産業振興の支援等に取り組んでいる。リモートで働く生活、食や自然の豊かさ、余暇時間、幸福度等の半島地域の暮らしが再評価されている今、半島の魅力に迫る。

Angle C

前編

多様性の価値と広域連携で魅力最大化

公開日:2020/12/1

東京大学

工学系研究科 未来ビジョン研究センター教授

坂田 一郎

貴重な自然景観や歴史・文化を今に伝える半島地域は、古くから漁業や農業が発展し、水産物や農産物の産地としても知られている。複雑な地形や都会からのアクセスの不便さなどのハンディキャップを抱えている半島地域の経済発展のポテンシャルが今、注目されているという。そこで、国土審議会特別委員を務め、地方創生に詳しい坂田一郎・東京大学教授に話を聞いた。

ご自身が考える半島振興とはどのようなことですか?

 子供のころからよく遊びに行った伊勢志摩をはじめ、島根半島の出雲大社や紀伊半島の熊野三山などは思い入れがあり、個人的にも魅力を感じる半島ですが、人々を惹きつける半島には、共通点があります。ひとつは、「巡ることができる」ことです。複数の違った魅力を組み合わせて、一度に巡ることができる半島は、人々の能動的な行動を呼び起こします。二番目に、印象的な「シーン(光景)」です。単なる景色ではなく、自分がその場に身を置くことによって完成するシーンは、その時、その場で何を感じたのかという体験と合わさり、貴重な思い出になります。2016年の主要国首脳会議(伊勢志摩サミット)で、先進7か国(G7)首脳が記念写真を撮影したとき、バックに海が映り込むシーンはとても印象的でした。サミットの記念写真をこのような場所で撮影するのは珍しいのではないでしょうか。3番目は「ストーリー(物語)」です。目で見えるものだけではなくて、その背景にある物語を感じられるかどうかも価値を生み出します。例えば、熊野三山では、聖地巡礼の物語の跡をたどることができ、後白河上皇や藤原定家が歩く姿を思い浮かべながら散策する体験は魅力的です。そして、4番目は「食」です。ほかの店では味わえない料理が、目の前に並んだ時に驚きを与えることができる「食」は素晴らしい。最後(5番目)は、ホッとできるような「癒し」を与えてくれることです。

【伊勢志摩サミットは志摩市にある賢島(かしこじま)で開催された】

※外務省提供

半島振興で重要な考え方とは何でしょうか?

 一般的に経済的価値は、量と単価(付加価値)の掛け算で測ることが多いですが、半島振興では、量的な拡大を追うのではなくて、付加価値を高めることを考えるべきです。
 というのも、半島地域では量的拡大を実現するのは現実的ではありませんし、地元の住民の方々が、量的拡大を求めているかというと、必ずしもそうではなく、むしろ「地域の文化や良いものが失われてしまう」という危機意識もあると思います。付加価値の拡大の源泉としては、形状、大きさ、性能、成分といった物理的な要素だけでなく、環境へのやさしさ、包容力を感じさせる雰囲気、驚き、共感を呼ぶ物語、印象的なシーンなど、人々の期待や感性に訴える無形の要素が重要となってきています。場合によっては、感性に訴えることによって、原価1円のものが100円と価値付けされることもあります。食に関しても、観光に関しても、ビジネス関係者を惹きつけるという意味でも、同じことが言えると思います。

半島が持つ経済的な価値についてどうお考えですか。

 先程、お話した半島が持つ5つの魅力を組み合わせることによって、経済的価値を高めることが期待できます。「多様性の価値」をもっと深く考え、できるだけ細かく区切って特徴を捉え、多様性を武器に、経済的価値を生み出すことが重要です。半島ではありませんが、東京大学の研究グループが行った三陸のリアス式海岸に点在する湾や浦を対象にしたモニター調査結果によると、その形状のわずかな違いによって、異なる生態系が作られ、生産量の多い食材の種類や特徴、その利用の仕方にも違いがみられるそうです。その結果、例えば、同じ漁師丼でも中身の食材が異なることになりますが、隣の湾に住んでいる人はそれを知りません。リアス式海岸は中心都市へ向けて移動するのは容易でも、海岸沿いを移動するには苦労します。このように三陸の漁師町には多様性があるのに、住民の人たちは余り意識していないのです。
 三陸海岸沿いの町で1種類の漁師丼にしてしまうと、隣町と同じ商品になるので、市場を取り合う結果になります。商品を差別化し、それぞれの特徴を持った多様な漁師丼を味わえることをアピールすることで、高い付加価値を生み出せる可能性があるのです。このような地域に根差した多様性をきっちりとらえて、そこから潜在能力を引き出し、価値を生み出すために活用することが肝だと思います。

多様性があれば、巡る楽しみも広がりますね。

 違うものを一度に体験できると、それだけで魅力は高まります。そこで、半島内を巡るという体験を意識的に仕組んでいくべきでしょう。また、「広域連携」も半島振興のキーワードです。ここでは、同じものを一緒にやりましょうということより、違うものを組み合わせて同時に味わってもらう方策を練ることが有意義だと思っています。
 その時の連携の組み合わせは、ケース・バイ・ケースですが、例えば、紀伊半島では指定の地域だけで好奇心を満たすことができます。また、伊勢志摩のように範囲は狭いですが、観光資源がたくさんある場合も、半島の中だけで十分な魅力を演出できるでしょう。一方で、小さい地域で資源も多くない場合は、半島内だけの連携では足りません。エリア内だけの連携が良いのか、外も含めた連携が良いのかは一概には言えませんが、ヒトの行動半径や、そこにある地域資源の数やそれらの密度などによって判断すべきでしょう。

半島振興で地域資源を活用した成功事例があれば教えてください。

 一例ではありますが、大分県の豊後高田市のケースは興味深いです。豊後高田の中心商店街は、江戸時代から明治、大正、昭和30年代にかけて、国東半島でもっとも栄えた町でした。江戸時代から海上運輸で栄え、昭和初期にも京阪神に行き来した運搬船が多数停泊しているほか、幹線が集まっていて、半島奥地や海岸部などへの要衝になっていました。ところがその後、時代の波に取り残され、寂しい町になっていましたが、商店街が元気だった昭和30年代の活気を蘇らせようと、平成13年に立ち上げたのが「昭和の町」の取り組みです。古い町並みを統一感のある形で再整備し、観光客を惹きつけられる形で再興しました。町ぐるみで「昭和」を再現しているので、昭和のレトロ感を求めて訪れる人たちには、そのコンセプトから外れた余計なものが見えません。現在は、コロナ渦の影響を受けてしまっているものの、年間約40万人の来訪者を迎える商店街となりました。また、豊後高田には、現存する九州最古の木造建築物である国宝・富貴寺大堂もあり、少し足を延ばせば、昭和のレトロを感じつつ、古い時代の歴史も感じられるのです。違う時代、違うテイストを組み合わせることによって、1回の旅行でさまざまな楽しみを味わえます。

【市のホームページでは「昭和の町」のたのしみかたも紹介している】

※豊後高田市提供

ウィズ・コロナの新しい生活様式や働き方の変化を半島振興にどう取り込むべきでしょうか。

 半島地域に関わらず、都市と地方の関係に転機が訪れています。歴史を振り返ると、家内制手工業の時代は、家が職場でしたが、工場に人を集める大規模生産に移行することによって、家庭と職場が切り離されました。現在起こっていることは、その全く逆の流れです。ただ、人々は都市の便利さに慣れてしまっているので、完全に都市を離れて移住しまう者は少ないでしょう。週7日のうち、都市で5日過ごし、2日は地方に滞在するといったライフスタイルが拡がる可能性があります。そうしたことを受けて、ブレジャー、旅行先で仕事をするワ―ケーションなどのハイブリッドな言葉が生まれていると思います。半島振興にとっては、滞在時間をどれくらい長くしてもらえるのかがカギで、平均週1日の滞在を週2日に延ばしてもらえれば、滞在者の人数が倍になったのと同じ効果があります。他の地域にはない半島の価値を最大限に発揮し、半島で過ごす時間の魅力を訴えていくことを考えるべきだと思います。それによる派生的な効果としては、都会から人が来て、地域に愛着を持ってくれれば、地元の人たちが気付かない地域の魅力を第三者の立場で発見し、都会の者に伝えてくれることが期待できます。

これからの半島振興のあり方についてどうお考えですか。

 コロナ禍の前から大きな変化は生じていて、世界的にサステナビリティ(持続可能性
)に関する感度が非常に高まっています。自転車や電動スクーターのシェアリングを利用したり、レジ袋をもらわず、マイバックで買い物するなど、サステナビリティに即した行動を実践することは世界中で広まっています。半島は豊かな自然環境を残し、公共的な活動が自律的に行われていたりするなど、サステナビリティのモデルになるような地域が多くあります。世界の人々が求めるようになった社会的な価値の背景にあるのは、信頼感、倫理、公平性、包摂性、環境に優しい活動への参加意識、印象的なシーン、オリジナルな物語への共感など人間の感性に基づく要素であり、半島で暮らす人たちの持つ風土と共通しています。コロナ禍後に、人々が動き出した時、世界中で起こっているサステナビリティに対する期待を捉えられるような準備をしておくことが重要でしょう。もうひとつは、リモート化に順応して、その便利さを手放さない人々を地元に呼び込むことです。その際、自分たちの地域の良さに共感してくれるような人たちを呼び込むという考え方が大事になります。地元のモノを高く評価し、対価を支払ってもらえる人たちは、その魅力を壊したり、乱すようなことはしません。「誰でもいいから来てください」というのではなく、自分たちの価値に共感してくれる人を集中的に呼び込むことを考えるべきです。例えば、「食」の場合、「地の魚」は大市場には出荷できないけど、地元だけで食べられている魚の味を評価してもらえるなら、「フードロス」を防ぐという観点でも効果的です。地産地消は「地元でおいしいものを安く食べられる」という意味では良いことですが、「地元でおいしいものを食べられ、しかも、それなりの価格で買ってもらえる」ことにならないと地域振興には結びつきません。せっかく希少性のあるものを都会に出荷できないのは、付加価値を得る機会を失っているともいえます。おいしいもので、他にないものだから、その価値を認識してしっかりと対価も頂くことが重要です。繰り返しになりますが、量的拡大よりも希少性を重視し、希少のモノを高い付加価値で提供することが半島振興の基本戦略だと私は考えます。
※後編に続きます。

さかた いちろう 1989年通商産業省(現経済産業省)入省後、2008年に退官。現在は、東京大学副学長、工学系研究科教授。学外では、国土審議会特別委員、国土交通省「今後の半島振興施策の在り方に関する研究会会長」、「令和2年度地域づくり表彰審査会委員長」、東京都荒川区教育委員、ダイキン工業フェローなどを務める。ブランダイス大学(経済・金融学修士)、東京大学(工学博士)。
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