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トリ・アングルINTERVIEW

俯瞰して、様々なアングルから社会テーマを考えるインタビューシリーズ

vol.22仮想空間に広がる新たな可能性!

公開日:2020/10/27

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[ 前編 ]

バーチャルはリアルな世界に

東京大学先端科学技術研究センター教授稲見 昌彦

仮想空間上に、現実世界を再現する「バーチャルリアリティー(VR)」の活用が広がっている。これまではゲームを中心に認知されてきたが、外出自粛で体験型イベントやスポーツなどより現実に即した用途が急拡大した。仮想空間のリアル(現実)はどう進化し、私たちの暮らしにどんな影響を与えるのか。VRに早くから注目し、「人間拡張工学」を研究する東京大先端科学技術研究センターの稲見昌彦教授に話を聞いた。

ご自身がVRに注目されたきっかけを教えて下さい。

 人間の能力を技術で拡張することに興味を持ったのがきっかけです。1984年の米ロサンゼルス五輪の開会式で、宇宙飛行士がロケットベルトを着けて飛ぶ演出をテレビで見て、技術を使えば空を飛べると気付きました。スポーツが得意ではなかったこともあって、人間の能力を広げる技術を開発したいという思いが募ったんです。
 その後、大学ではサイボーグ(改造人間)の製作も視野に入れ、生物工学科で学びましたが、当時は米国で世界初のVRシステムが開発され、話題になっていました。身体的な能力など物理的な制約を超えて人間が活躍できる場として、私の目には素晴らしいフロンティア(新領域)に映りましたね。当時はインターネットも普及していなかったので、図書館にこもって論文を読みあさり、自分にもできるかもしれないと思って友人とVRを作り始めました。
 当時の技術ではVRといっても、ブロックを積んだような稚拙な映像でしたが、ディスプレーを”見る世界”ではなくて、なかに入って”体験できる世界”を作ることができるというのは衝撃的でしたね。

かつて想像していた未来と比べて、いまの技術いかがですか。

 想像以上の進化を遂げた分野と、まだまだ追い付いていない分野があると思います。もっとも急速に発展したのはコンピューターやネットの高速化、つまり情報革命です。大学時代は、研究室で数千万円のコンピューターを利用していましたが、いまはIT機器が小型、省力化してスマートフォンでもVRを作ることができます。情報通信技術の成長により、VRの世界も引っ張られて発展してきました。一方で、視覚や触覚など五感に関する技術はまだまだ発展途上です。VRゴーグルは大きいし、重い。せめてメガネと同じぐらいのサイズにならないと、日常生活で使えないし、本格的な普及は難しいと思います。触覚の再現などもまだまだ発展の余地が大きいと思います。
 歴史的にみると、インターネットにしても、VRにしても基本的な考え方や原理は1960年代に登場しています。例えば、VRのコンセプトは1965年に米科学者が発表した「究極のディスプレー」という論文が示したといわれています。一方で、米ソ冷戦の影響で宇宙開発競争も盛んでした。そういう意味で「宇宙」「サイバースペース」という2つのフロンティアの開拓が始まった時代と言えるでしょう。残念ながら、私が小学生時代に本を読んで思い描いた誰しもが宇宙旅行する時代はまだ訪れていませんが、サイバースペースは多くの人が利用しています。この60年でとても進化したといえるかもしれません。

今年はコロナ禍の影響により、仮想空間への注目が高まりましたが、どんな変化が起きていると思いますか。

 オンラインミーティングなどは身体を伴わずに仮想空間で音声や映像を使って会話する、つまり「情報化」ですが、深いコミュニケーションが難しかったり、相手のぬくもりが伝わらなかったりと課題もあります。従来のコミュニケーションで当たり前だったことが不足していることに気付いて、仮想空間に身体性を取り戻そうという流れが出始めています。それがいわゆるアバター(ネット上の分身)につながるわけです。いまはステイホームで物理空間を補足するツールですが、性別や年齢を自在に変化させるなど生身の肉体では不可能なこともできるようになる。仮想空間特有の可能性を伸ばしていくべきだと考えています。
 また、今注目しているのはVRを使ったチャット(雑談)などソーシャルメディアです。今年9月にはバーチャルにSNS空間をつくるアプリケーションを使って、高校生のためのオープンキャンパスを開きました。パソコンやスマホなどを使って「バーチャル東大」を散策する形式でしたが、高校生よりもキャンパスに来られない学生が喜んでいました。人が集まることで価値が生まれるのは、物理空間に限らず仮想空間でも同じなんですね。

【東大を代表する建物を仮想空間に再現、模擬講義などをライブ配信】

※東京大学提供

仮想空間と現実世界の関係はどう変化していくと思いますか。

 仮想空間と物理空間の関係は、かつての都市と地方の違いに近いと感じています。仮想空間は都市のように仕事が集まっていて、人間関係のしがらみなどが少ない。でも、疲れたときはリラックスするためにデジタルから離れて、地方のような温かみのある物理空間に戻るイメージです。
 「仮想」と「現実」という言葉は対比して使われることが多いのですが、わたしは両方とも現実であると考えています。だから、仮想と対比するのは現実ではなく「物理空間」。だって、オンラインミーティングで話しているのも現実には変わりないですよね。さらに、仮想空間も1つのコミュニティーに収束するのではなくて、仕事や趣味などSNSのツールを使い分けるように多チャンネル化が進むでしょう。物理空間がなくなることはありませんが、暮らしに必要な衣食住のうち食以外のファッションや住居(の選択)は仮想空間が主流になるかもしれません。
※後編は10月30日(金)公開予定です。

プロフィール

《いなみ・まさひこ》1972年2月12日、東京都生まれ。東大大学院工学研究科先端学際工学専攻(博士)修了後、電気通信大知能機械工学科教授、マサチューセッツ工科大コンピューター科学・人工知能研究所客員科学者、慶応大大学院メディアデザイン研究科教授などを経て2016年4月より東大先端科学技術研究センター教授、2020年4月より総長補佐。超人スポーツ協会代表理事や日本学術会議連携会員を務める。著書に『スーパーヒューマン誕生!人間はSFを超える』(NHK出版新書)