トリ・アングル INTERVIEW

俯瞰して、様々なアングルから社会テーマを考えるインタビューシリーズ

vol.47

誰もが防災の担い手になる!災害大国ニッポンの未来

近年、「何十年に一度」、「生まれて初めて経験する」と言われるような災害が、全国各地で起こっています。しかしながら、何度も被災した経験がある人はそう多くはありません。いざ自らのリスクが高まったときでさえも、自分ごと化されないことにより、避難行動などにつながらず、最悪の場合は大規模な被害や犠牲者が発生しています。自分の命も大切な人の命も守るため、災害を自分ごととして捉え、防災・減災の正しい知識を修得することが現代では必須です。
そこで今回はテーマを「防災教育」とし、学びの内容、効果を上げるためのポイントなどをうかがいました。

Angle C

前編

防災教育を通じて子どもから家庭、さらに地域へと防災意識を浸透させる

公開日:2023/12/19

国土交通省 水管理・国土保全局 防災課

課長補佐

宮下 妙香

水害、土砂災害、地震、火山の噴火などの自然災害が、日本では毎年のように発生しており、その被害も甚大です。こうした中で、いざというときの備えができている人はどれくらいいるでしょう。買い置きなどはしていても、実際に災害が発生したときに「いつ・どこへ・どうやって避難すれば良いか」までシミュレーションできているでしょうか。自然災害は時に想像を超えた力で襲ってきますから、各個人が自らの状況に応じて適切に行動することが必須です。そうした力を養う「防災教育」とはどういうものなのか。国土交通省水管理・国土保全局防災課の宮下課長補佐に聞きました。

国土交通省における防災教育支援の取組について教えてください。

 国土交通省では、これまで長年にわたり、出先機関である地方支分部局や事務所等を通じて全国の学校に出向き、防災教育の出前講座を実施しています。各地域の過去の災害を振り返る冊子なども作成してきました。
 自然災害から命を守るためには、行政に頼るだけでなく、住民一人ひとりが災害時に適切に避難できる能力を養う必要があります。学習指導要領にも防災教育が組み込まれている現在、防災教育を通じて子どもから家庭、また地域で防災意識を浸透させることが、国土交通省のミッションの1つとなっています。

出前講座の他に、どんな支援をされているのでしょうか。

 2016年頃からは「出前講座の枠を越えて、より積極的に地域の防災教育を支援しよう」ということで、地域ブロックごとに学校の指導計画の作成等を支援するプロジェクトをスタートさせました。各地域ブロックの地方支分部局、事務所、地方気象台、国土地理院、教育委員会などが連携し、地域ブロック内の1校以上の小中学校を対象に、防災教育の支援をするというものです。
 2017年には、水害の被害を軽減することを目的とする水防法の改正に伴い、大規模氾濫減災協議会が誕生しました。これは、洪水に備えて、隣接する自治体や国などが連携して対策を行うための協議会です。河川管理者や水防管理者、関係自治体などから成り、国や都道府県が管理する河川ごとに設立されています。この連携体制の構築により、地域ごとに作成された指導計画等の防災教育に関する取組を、各地の協議会で共有できるようになりました。

指導計画とはどのような内容なのですか。

 指導計画には、基本的に防災教育を実施する際の学習ポイントや、その地域にある河川等、地域特性に沿った地形や災害リスク等の内容がまとめてあります。また、生徒たちに学んだ内容を書き込んでもらうワークシートなど、実際の授業で使えるツールまで入った指導計画もありますね。指導計画は地域ごとに作られているので、学校の近所の川など、身近な環境を題材にして学べるような内容になっています。授業を受ける側の生徒たちにとっても、リアリティを持って学べる指導計画になっているのではないでしょうか。

2018年には、「防災教育ポータル」というWebサイトも開設されましたね。

 はい。この防災教育ポータルを防災教育に関する情報発信プラットフォームと位置付け、防災教育を簡単に学べる児童・生徒向け動画や、各地の指導計画、写真・イラストなどのさまざまな資料を掲載しています。避難訓練のガイドブックなど、教職員向けの手引きも豊富に取り揃えています。地域や、風水害、地震・津波、火山災害、雪害といった災害の種類で検索でき、教職員の方々が防災教育を行う際の参考にしてもらえるコンテンツとしています。

防災教育に関する情報発信プラットフォーム「防災教育ポータル

「逃げキッド」(※1)という災害時の防災行動計画を作成するためのツールも開発されたとか。

 これは洪水に備えて取るべき行動を考え、各自の行動計画(マイ・タイムライン)を作成するツールです。全国の小中学校の防災教育の支援の中で活用されています。平成27年9月関東・東北豪雨を契機に、鬼怒川・小貝川流域を対象に作成されたツールを、汎用性のあるものにして、今では全国で使っています。
 「逃げキッド」では、最初に、市町村の洪水ハザードマップや洪水浸水想定区域図を見ながら、自分の家は堤防の決壊等により倒壊等のリスクがあるか(※2)、何メートル浸水する可能性があるか、浸水はどのくらい続くのか、といったことを確認します。ちなみに、ハザードマップポータルサイト」は、全国の身の回りのリスクが瞬時に調べられるので便利です。次に、洪水ハザードマップで「どこに避難すれば安全か」を書き込みます。その上で、気象情報や河川の水位情報を調べ、「水位がこのラインを越えたら、逃げよう」と、避難するタイミングを書き込んでおきます。つまり、実際に洪水が起こった際の行動計画を時間軸に沿ってまとめるわけです。
 ※1 小中学生向けマイ・タイムライン検討ツール ~逃げキッド~ 汎用型
  https://www.mlit.go.jp/river/bousai/main/saigai/tisiki/syozaiti/mytimeline/index.html
 ※2 氾濫流はんらんりゅう(堤防の決壊により川から流れ出た水)の流速が早く、木造家屋が倒壊する、河岸侵食ががんしんしょくにより地面が削られ家屋は建物ごと崩落する範囲内かどうか。

中国地方整備局福山河川国道事務所による防災教育の支援風景(生徒がハザードマップを見て、マイ・タイムラインを作成している様子)

あらかじめそういった準備をしておけば、いざという時にも落ち着いて行動できそうです。

 例えば、台風が来る3〜5日前になったら作成しておいたタイムラインに目を通しておき、実際に台風が来たらテレビやインターネットで気象情報や近隣の河川の水位情報を確認、洪水の危険に備えあらかじめ決めていた水位に達したら、あらかじめ決めた経路で避難する、といった使い方を想定しています。ちなみに、河川の水位や雨の状況は、「川の防災情報」のサイトなどでリアルタイムに確認することができます(※)。ライブカメラで川の様子を確認することも可能です。
 「逃げキッド」は洪水に特化したタイムライン作成ツールですが、自然災害には地震、土砂災害、火山災害、津波、高潮などもあります。災害ごと、地域ごとに行動計画は変わるので、洪水以外の災害についても、ハザードマップで身の回りのリスクを確認し、いつどのような行動をとるかを考えておくことが推奨されます。
 ※国土交通省 川の防災情報(https://www.river.go.jp/index

単に知るだけでなく、具体的な行動につながる防災教育になっていますね。 

 これまでさまざまな防災教育支援をしてきたのですが、先日、茨城県にある関東地方整備局下館河川事務所の職員が出前講座を行った際の話には衝撃を受けました。同事務所が管轄している地域では、2015年の関東・東北豪雨(平成27年9月関東・東北豪雨)で鬼怒川が氾濫し、甚大な浸水被害が発生しました。しかし、このときに起こった洪水を覚えている生徒が一人もいなかったというのです。地元の小学校なのに知らない。しかも、それほど昔のことではありません。その職員は「災害を風化させないためにも、防災教育の大切さを改めて実感した」と語っていました。私としても、出前講座を1回だけやって終わりではなく、継続していくことが必要なのだと強く感じました。

災害を風化させないため、国土交通省ではどのような取組をしているのでしょうか。

 東北地方整備局仙台河川国道事務所では、過去の災害の記録や土地の成り立ち等もあわせて学ぶようにしたり、九州地方整備局大隅河川国道事務所では、洪水・土砂災害・津波・火山災害等の様々な災害時の写真等を用いてリアリティのある授業を展開するようにしたりするなど、地域ごとに工夫をし、災害を風化させないための様々な取組をしています。
 また、前職では、国土地理院にて、自然災害の教訓を後世に伝えるために建てられた石碑など(自然災害伝承碑)の情報を地図に掲載する業務に携わっていました。その中には、100年以上前に同じ場所で土砂災害が起こった教訓を伝える碑があったり、何度も襲ってくる津波の恐ろしさを伝える碑があったりします。先人が私たちのために遺してくれた災害の教訓です。
 さらに、現職では、東日本大震災を伝承するために、国土交通省が被災4県1市等と連携して、東日本大震災の実情や教訓の理解を促進できる伝承館や遺構、追悼・祈念施設等を「震災伝承施設」として登録・ネットワーク化する「3.11伝承ロード」の取組にも関わっています。
 今年は関東大震災から100年の節目でもあり、過去から未来へ災害教訓のバトンをつなぐため、災害伝承を防災教育や地域学習に取り入れることの重要性を、改めて感じています。

近年は自然災害の激甚化が目立ちますが、防災教育のあり方も変わってきているのでしょうか。

 近年、全国各地で豪雨等による水害や土砂災害が発生するなど、人命や社会経済への甚大な被害が生じています。平成23年から令和2年まで、過去10年間で水害や土砂災害が1回以上発生した市区町村は1741分の1700(※)。つまりほぼすべての地域でそういった災害が起きています。そのような中、甚大な被害のあった平成30年7月豪雨、令和元年東日本台風を受け、流域治水の取組が本格化してきました。これは、河川区域だけでなく、雨水が河川へと流れ込む地域(集水域)から河川の氾濫により浸水が想定される地域(氾濫域)まで、流域に関わるあらゆる関係者が協働して水害対策を行うという考え方です。具体的には、従来のようなダムや堤防の整備だけでなく、農業用ため池など一時的に雨水を貯留できる施設を増やしたり、氾濫のリスクが高い地域から低い地域へ家屋を移転したりといった、管理区分にこだわらない、総合的かつ多層的な施策になります。
 流域治水を実現するには、住民や企業など、より多くの関係者の参画が欠かせません。自らの水害リスクを認識し、「自分ごと」として捉え、主体的に行動することに加え、更に視野を広げて、流域全体の被害や水災害対策の全体像を認識し、自らの行動を深化させるなど、地域全体で防災対策を「自分ごと」化していく必要があります。防災教育の果たす役割がますます重要になっていると思います。
 ※出典:水害統計(国土交通省)

みやした・たえか 1989年生まれ、国土交通省水管理・国土保全局防災課課長補佐。2013年に国土交通省入省。入省後は国土交通省国土地理院にて地図作成などに従事。2018年より、内閣府(防災担当)にて水害などの避難対策に携わり、平成30年7月豪雨、令和元年東日本台風の教訓から「自らの命は自らが守る」ことの大切さを学ぶ。2020年に国土地理院に戻り、災害の教訓を後世に伝えるために建てられた石碑(自然災害伝承碑)などの防災地理情報を地図に掲載する業務を担当。2023年より現職として防災教育支援などに携わっている。
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