トリ・アングル INTERVIEW

俯瞰して、様々なアングルから社会テーマを考えるインタビューシリーズ

vol.38

地図から読み解く時代の流れ

スマートフォンの普及などにより、地図の在り方が大きく変わりつつあります。目的地へのナビゲーションも一昔前は紙の地図帳頼りだったのに、今では目的地周辺のお店の情報までわかったり、バリアフリーのルートを探せたり。人流、気象など、さまざまな情報と掛け合わせられるサービスもあれば、アートとして地図を捉えてまったくの架空の街の地図を描くなど、地図の活用方法も楽しみ方もどんどん拡がっています。ここで紹介する地図に関わる方たちの話から、あなたも新しいビジネスのヒントが見つかるかもしれません。

Angle B

後編

近い将来、「地図を見ない」世界が来る

公開日:2022/10/7

「Yahoo! MAP」

サービスマネージャー

水谷 真樹

「銀座でおいしいラーメン屋さんは?」「この時間帯は混んでいる?」そんな利用者のニーズにも応えらえるようになった地図。アナログからデジタルへの変化とともに目的地を案内するものから、体験を提供するものに進化した地図は、今後さらにどう変化していくのでしょう?未来の地図やそれがもたらす私たちの行動の変化について、「Yahoo! MAP」サービスマネージャーの水谷さんに聞きました。

これからの地図を考えるにあたり、まず水谷さんがサービス開発において心掛けていらっしゃることをお聞かせください。

 地図としての基本機能である「迷わないため」の地図デザインが大前提としてあります。例えば地下鉄の出口表示やコンビニのアイコン表示といったものです。いかに移動の不安、手間、ストレスをなくし、安心・安全なお出かけをサポートするかということを意識しています。加えて最近では、いかにユーザーの表面的ではない、深いニーズを捉えて機能開発するかにも気を配っています。三密回避やゲリラ豪雨の不安に応えるようなサービスもその一例です。
 また、プロダクトの戦略として意識しているのが、「その場所を調べて行ってみて幸せな体験が得られたか」という、いわゆるユーザーエクスペリエンスです。プロダクトを使っているシーンだけでなく、トータルに「いい体験ができたかどうか」という部分に注目してモノづくりを行っています。

「日本に住む人に使いやすい」が「Yahoo! MAP」の特長だとうかがっていますが、どういう部分に反映されていますか。

 大きくは2つあります。1つは日本の国土や街づくりの特性を踏まえた設計にしていること。もう1つは日本人がふだんから馴染んでいるであろうキーワードを意識したものづくりです。前者については、まず日本が非常に狭い国土で道が細かく入り組んでいたり、番地が細かく区切られていたりするので、抜けや漏れのないように表示すること。と同時に、ナビゲーションではあまり細かい道を通し過ぎると迷うもとですので、適宜チューニングを行うことです。後者については、海外と違って道案内の際にストリート名でわかるということが稀なので、「交差点手前のコンビニエンスストアを右へ」とか、「交番を左へ」とか、現地に立った際に見えるランドマーク的な施設や看板を目印に誘導するようにしています。電車なども日本の場合、時間帯によって行き先が変わったりしますので、そこは誤解のない表示にしています。当然、ダイヤ変更などもあるので毎日更新作業が入ります。

水谷さんが個人的にこんな機能を追加してみたい、というものはありますか。

 さきほどのユーザーエクスペリエンスと近いのですが、「実際に行ってみて得られる結果に限りなく近い体験」ができる地図があるといいなと考えています。誰しもお店選びでは失敗したくないと思いますが、やはり事前調査とリアルではギャップがあることもしばしばです。事前に地図でお店の味やワインの品揃え、価格の情報がわかって、実際に行ってみたら自分の舌にぴったりきたというのが理想です。これを実現するには「正確性」「リアルタイム性」「パーソナライゼーション」がカギだと考えています。旬の味だったり、値段が適正ということもありますが、みんなが「おいしい」と思っていても自分が「おいしい!」と思わなければ意味がないので、そういう意味での「パーソナライゼーション」です。
 さらに言うとプロダクト上で「ユーザーコミュニケーション」が成立していくともっと面白くなると思っています。例えば名古屋に来て、名古屋のユーザーに「この辺のおすすめスポットを教えてください」と呼び掛けると応えてくれるような世界です。そうなればリアルタイムで口コミレベルの情報が得られるようになります。

「こんなコンテンツがあったらいいな」と思っているものはありますか。

 今も「テーママップ」という機能で全国の花火大会(期間限定公開)やラーメン店などの情報を特集していますが、これをさらに趣味的な世界に拡大して、場合によってはユーザーからも情報を収集して充実を図っていくと楽しいのではないかと思います。例えば、「日本全国おすすめの仏像マップ」や「激レアマンホールが見られるスポット」などニッチな世界があってもいい。気になる人はチェックしてくれるでしょうし、自分が集めている情報を知らせたくてアップロードしてくれる人もいるでしょう。地図をそうした情報のプラットフォームにしていきたい、というのもこの「テーママップ」を始めた理由の1つです。

デバイスによっても利用シーンが変化しますね。メガネに映したり音声でガイドするという未来もそう遠くないのでしょうか。

 いわゆるスマートグラスや音声AR(拡張現実)の世界ですね。音声ARは音声を利用したAR(Augmented Reality)で、例えば美術館や観光地などでスマートフォンのアプリを通じ、利用者の位置情報に応じて解説を加えたり音楽を流したりするサービスなどがあります。中国ではすでにイヤフォンで自分の現在地を認識して、行先を道案内してくれるサービスもあるようです。スマートグラスは例えばメガネの内側におすすめのお店情報が出たり、その場の天気予報が表示されたりといったものですね。実際に世の中に浸透するのは少し先だと思いますが、普及のタイミングでしっかり情報提供ができるよう準備は進めておきたいと思います。

お話を聞いていると地図の概念そのものが、従来の形とは大きく変化していくような気がします。

 究極のところ、地図はもはや従来の地図を表示するものではなくなると思っています。これまではアナログの紙の地図からデジタルになって、スクロールやズーム機能が付いてという形で、地図を見るという行為がどんどん進化してきました。さらに機能としては場所を案内するものからその人オリジナルな体験を提供するものに変わってきました。そして、次の進化の形態としては「地図を見ない」世界に行くんじゃないかと個人的には思っています。今の地図は基本的に二次元の俯瞰図なので、どうしても脳内で現在いる場所を地図上に変換して捉え直す必要があり、脳内にストレスがかかると感じています。その変換コストが無くなるのが次のステップだと思っていて、それがVRなのか、ARなのか、3Dなのか、もしくはそれすらもなくて音声でその場で指示するだけの世界なのかはまだわかりません。

こうした地図の進化は私たちの生活にどういう変化をもたらしますか。

 画面を見て下調べをして目的地に行く、という行動形態自体が次第に見られなくなっていくのではないかと思います。若年層の意思決定の仕方が、テキストを読み込んで決めるスタイルからInstagramのような画像を見て、いいなと思ったら大体の場所を確認し、現地でナビでたどり着くというふうに変わってきています。人々の行動パターンも、事前に研究して地図で経路を調べて行くというスタイルから、ぱっと見て気になったところに行く、というライトなスタイルに変わるのではないかと思います。それに伴い、地図もより身体感覚に近いツールになっていくという気がします。

最後に、『Grasp』読者にメッセージをお願いします。

 繰り返しになりますが、「Yahoo! MAP」はプロダクトを使っている瞬間の体験だけではなく、その場所に行って良かった!と思える体験を提供することを重要視していきたいと思います。近年はいわゆる「コストパフォーマンス」が重視される傾向がありますが、安いとか、早いとか、最短経路であるとかに限らず、「ちょっと遠回りだけど景観が良くて楽しい」というのも「コスパがいい」の1つだと思います。私は「可処分所得」「可処分時間」と同様に「可処分行動」というものがあると思っていて、限られた「可処分行動」というものを消費して、いかにそれに見合った体験が得られるかにこだわりたい。そして、私たちの地図がみなさんの貴重な体験を演出するツールの1つでありたいと思っています。

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