トリ・アングル INTERVIEW

俯瞰して、様々なアングルから社会テーマを考えるインタビューシリーズ

vol.18

自転車で切り拓く、新たなライフスタイル

近年、全国各地でサイクルツーリズムやシェアサイクルなど自転車を活用した取り組みが活発だが、自転車には観光振興、環境に優しい都市空間の創出、交通渋滞の緩和、健康づくりなど、様々な面からの暮らし向上につながる可能性がある。民間はもとより国も2017年に自転車活用推進法を施行し、5月を自転車月間と定め、18年には自転車活用推進計画を策定するなど自転車の活用推進に積極的に取り組んでいる。自動車社会の見直し機運が高まる中で、自転車をどのように位置づけていくか、各地で議論が活発になっている。

Angle C

前編

プラスの3Kへ自転車環境を一新

公開日:2020/5/26

東京工業大学

副学長 環境・社会理工学院教授

屋井 鉄雄

自転車活用推進法が2017年5月に施行され、自転車活用に向けた取り組みが全国で広がっている。同法に基づく「自転車活用推進計画」の策定に向けた有識者会議の座長を務めた東京工業大学副学長の屋井鉄雄氏は、「かつての自転車のイメージを変える必要がある」と語る。

自転車活用推進法の施行で、自転車を取り巻く環境は現在どのように変わってきているのでしょうか?

 かつて、自転車に乗るのが「危険」、放置自転車が「汚い」、雨の日の利用が「キツい」といった「マイナスの3K」のイメージがありましたが、現在は、「環境」、「健康」、「観光」に良い影響を与える「プラスの3K」に変わってきています。自転車のイメージを変えるターニングポイントと位置付け、国をあげて自転車の魅力向上につなげていこうとしているのが、自転車活用推進法の趣旨です。
 こうした「プラスの3K」に資する自転車の価値を認め、自転車を活用していこうという意識の高まりは、今や世界的な流れです。ヨーロッパはもちろん、「自動車王国」だったアメリカも1990年代ごろから、自転車に対する意識が変わりはじめ、2010年代以降は自転車の走行環境も整うなど、大きく変わってきています。自転車の活用推進は、CO2削減といった次の社会基盤づくりにも大きくかかわってきます。日本も自転車に対する意識、イメージの変化とともに、自転車の走行環境の整備を真剣に考えていく時期がきていると思います。

今後、どんな場面で自転車の利用が広がるでしょうか?

 主な自転車の利用場面としては、「日常生活」「通勤」「ツーリング」の大きく3つに分けられます。通勤面では、現在、改めて自転車の価値が認められており、特に今年は、コロナウイルスの感染防止対策で満員電車を避ける人たちが自転車を活用しています。
 また、東日本大震災をはじめ、自転車は災害時に対応する身近な乗り物としての強さを発揮しています。もちろん公共交通機関の代替手段という側面もありますが、地方都市の場合は、平均通勤距離を考えると、自転車を使えば30分ほどで到達できる可能性が高く、通常時の通勤手段となります。主な道路管理者である自治体をはじめ、企業の協力があれば、自転車のより安全な走行環境を整備する動機につながっていくと思います。週に1回2回、自転車通勤したいという人もいるでしょうから、労働災害保険上の扱いや通勤手当など制度面の工夫が進めば、自転車通勤の利用が広がるでしょう。
 環境保護への意識の高まりという面で言うと、例えば、週に5日間自動車通勤をしている人が、天気のいい日に1日でも自転車通勤にすると、1人あたりのCO2排出量が20%削減できるといった考え方も重要です。

自転車で旅行や観光を楽しむサイクルツーリズムも人気を集めています。

 サイクルツーリングは今後、利用の拡大が見込まれています。特に地方自治体の期待は高く、自転車で旅行や観光を楽しむサイクルツーリズムを確立させることで、国内外の観光客の需要を取り込んでいこうと考えています。自転車を活用し地域の観光資源を育てていく考えです。
 また、国の「自転車活用推進計画」に沿って、昨年、日本を代表して世界に誇りうるサイクリングルートとして「ナショナルサイクルルート」が創設されました。 
 初回の指定ルートとして、瀬戸内海の島を結ぶ「しまなみ海道サイクリングロード」(広島、愛媛県)、主に霞ヶ浦湖岸を一周する「つくば霞ヶ浦りんりんロード」(茨城県)、琵琶湖岸を一周する「ビワイチ」(滋賀県)の3ルートが選定されました。地域のニーズとともにサイクルツーリズムを確立させ、「ナショナルサイクルルート」を地域の単位で作っていくことが重要です。そうすることによって、その地域で自転車の日常的な利用にも広がり、ルートの整備が進んでいくでしょう。
 このほか、北海道など他の地域でもモデルルートを提案していますが、空港から荷物を次の宿泊先まで送る方法など、観光、旅行者を支えるソフト面での取り組みも欠かせません。
※後編は5月29日(金)に公開予定です。

【ナショナルサイクルルートに選定されたつくば霞ヶ浦りんりんロード】

地域の古い町並みも楽しめる※自転車活用推進官民連携協議会HPより
やい・てつお 1957年生まれ、東京都練馬区出身。1980年東京工業大学工学部土木工学科卒業。1985年東京工業大学大学院土木工学専攻博士課程修了。京都大学工学部土木工学科助手、東京工業大学工学部土木工学科助手、同助教授を経て、1997年12月東京工業大学工学部土木工学科教授。2003年4月、東京工業大学大学院総合理工学研究科人間環境システム専攻教授、2016年4月から東京工業大学環境・社会理工学院教授。2016年 4月、東京工業大学総合理工学研究科長(土木環境工学系都市・環境学コース)、2017年 4月、東京工業大学副学長(産学官連携担当)。専門は国土・都市計画、環境交通工学。
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