トリ・アングル INTERVIEW

俯瞰して、様々なアングルから社会テーマを考えるインタビューシリーズ

vol.8

“地下”を攻める! 新たな挑戦

狭い狭いと言われ続けた日本の国土にあって、利用しつくされていないのが地下空間だ。外部から完全に隔離できるという、地球上のほかの空間にはない特長を持つ。これまでは、道路や鉄道など交通網の敷設や、豪雨時に水をためる防災施設などとして使われてきたが、活用法はこれにはとどまらない。香港では地下都市の建設も進んでいるが、日本でも工場などで排出されるCO2の封じ込めや、地下工場の建設など様々なアイデアが実用段階に入っている。いっそうの利用に向けた課題を探る。

Angle C

前編

「大深度法」が都市空間を変える

公開日:2019/7/23

日本大学

理工学部土木工学科特任教授 

岸井 隆幸

2001年度に施行された「大深度地下の公共的使用に関する特別措置法」(大深度法)で、地下40メートル以上の深さの空間の開発ルールが決まり、公共利用のための大規模開発が始まるとともに、企業も都市の地下空間に注目している。都市計画に詳しい日本大学理工学部土木工学科特任教授で一般財団法人計量計画研究所代表理事の岸井隆幸さんに、地下空間の開発は今後、どう進むべきかを聞いた。

「大深度法」が誕生した背景は。

 大深度法は、土地利用の高度化・複雑化が進む三大都市圏で、公益的な事業を円滑に遂行するために、「大深度地下の適正かつ合理的な利用を実現すること」を目的としています。こうした議論が進んだ底流には、日本が国際競争力を維持するためには大都市圏を再生するインフラ(社会資本)の強化を進める必要がある、という認識があります。
 しかし、インフラを強化するといっても、すでに大都市圏の地上部の土地利用はかなり高密度になっています。そのために「いかに地下を有効に利用するか」が重要なテーマになるわけです。
 ただ、これまでのルールでは、土地の所有権は地下にも及び、地下利用も必ず上部の土地所有者の了解を得なければなりませんでした。このため一般の方が普段は使わない深度40メートル以上の地下空間については、インフラ整備など公共的な利用を目的とした場合、原則、土地所有者への補償を行わなくてもよいようにしたのです。

現在、「大深度地下」ではどんなプロジェクトが動いていますか。

 「大深度法」は大都市で新たに大規模なインフラを整備する際に有効に機能しています。2007年には、同法適用の第1号として、神戸市が大深度地下空間に大規模送水管を設置する事業を始めました。
 首都圏では、東京外郭環状道路(外環道)の都内の区間や2027年に東京(品川)―名古屋間で開業を目指すリニア中央新幹線の建設プロジェクトが動いています。リニア中央新幹線が完成すると、東京から名古屋、大阪までの都市が一体化したような感覚が生まれ、品川や羽田のエリアは、国内外の質の高い消費者に非常にアクセスしやすい場所になります。リニア中央新幹線は、交通機関であると同時に国土の構造を大きく変えていくものになっていくでしょう。 

【リニア中央新幹線】

リニア中央新幹線は、都心部では、大深度地下を使用して建設が進められる。※JR東海提供

国内で注目する地下利用は。

 高速道路の地中化です。特に日本橋エリアの再開発は着目すべきプロジェクトです。首都高速道路の日本橋区間の地中化と街の再開発を一体化して進めることを目指しています。今後、関連する都心環状線についても地中化するかどうかが正式に決まりますが、日本橋区間の首都高速道路の地中化だけでも、東京駅から日本橋までの空が広がり、大手町のメガバンク・日本銀行・東京証券取引所が日本橋川によって結ばれるという面白い空間が誕生します。
 実際、米マサチューセッツ州ボストン市では、1950年代に建設された高速道路を地下に移し、跡地の大半を緑地や公園に変えました。「ビッグディッグ」と呼ばれる事業で1990年代から2000年代前半にかけて、市中心部を走っていた高架式の高速道路約12キロを地中化する再開発が行われました。街の中心部と水辺を分断していた高架の高速道路を取り払い、跡地の大部分を公園として整備したところ、街に新たなにぎわいが生まれています。スペインのマドリード市でも同様の事例があります。

地下空間にかかわる技術面では、どんな取り組みが必要ですか。

 日本国内には、地下に多くの管路がありますが、残念ながらすべての位置情報が正確には把握できていません。言い方は悪いですが、古いものは「掘ってみなければわからない」という箇所があります。今後、地下空間の整備を進めるうえでは、まず地下空間全体の三次元デジタルデータを整備・蓄積していく必要があります。すでにシンガポールや米ニューヨークでは、地下空間のデジタルデータの構築に積極的に取り組みながら都市の整備を進めています。
 日本でも新しい技術を使って、地下空間の3次元データを構築・共有できるようにしてゆくことが課題となります。
 地下空間の3次元データを持っていれば、ゲリラ豪雨などの強い雨が降った時に、「排水施設のどの箇所があふれそうか」が瞬時に分かりますし、「事故で管路が壊れたらどこに影響が及ぶのか」といったことが予測できるようになります。こうしたことが都市の安全性、サステナビリティー、企業活動を止めないという意味でとても大切です。
※後編は7月26日(金)に公開予定です。

きしい・たかゆき 1977年東京大学大学院修士課程修了(都市工学専攻)、77年建設省入省、92年博士(工学)[東京大学]、同年日本大学へ、98年同教授、2018年同特任教授。研究テーマは、都市開発事業論、都市交通計画など。 (公社)日本都市計画学会会長、(公社)土木学会理事・同地下空間研究委員会委員長、国土交通省社会資本整備審議会委員・同交通政策審議会委員、環境省中央環境審議会委員などを歴任。現在は(一財)計量計画研究所代表理事、ACUUS(国際都市地下空間研究機関連合)アジア地域代表理事、(一財)都市みらい推進機構都市地下空間活用研究会会長、東京大学非常勤講師、神奈川県・川崎市・千代田区の都市計画審議会会長などを務める。
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