トリ・アングル INTERVIEW

俯瞰して、様々なアングルから社会テーマを考えるインタビューシリーズ

vol.34

持続可能な社会へ!建物の木造化がもたらすもの

近年、国産木材を建築物などに活用する動きが広がっています。大気中の二酸化炭素を取り込んだ樹木を木材として固定することで、大気中の二酸化炭素量の削減につながります。また、森林の有効活用は、山や森の機能を回復し、土砂災害防止や洪水の緩和などが期待できます。そして木材がもつあたたかさは、利用する私たちに癒やしや安らぎを与えます。住宅から公共建築物、中高層ビルまで、木造の魅力と可能性について考えます。

Angle C

後編

伝統と現代が融合する日本型都市木造

公開日:2022/3/11

東京大学生産技術研究所

教授

腰原 幹雄

都市木造の挑戦は始まったばかり。木本来の魅力と耐火性能の両立、SDGsなどをキーワードに、建築材としての木材も進化を続けています。日本と海外の事例にも触れながら、木造建築の課題や理想、私たちが都市木造に求めるものを探っていきます。

日本における中高層木造、都市木造の事例をいくつか教えてください。

 少し前置きさせてもらうと、建築史では、新しい技術が生まれて50年〜100年経ってから洗練された建築物ができるという時間軸があります。先に1919年の市街地建築物法で都市の木造建築にブレーキがかかったと言いましたが、実はその時期に洗練に向けて歩み始めた木造建築物が一つあり、それは学校です。学校も、寺子屋だったのが近代化で校舎という建物が生まれたわけですが、そこから100年間作り続けて今、鉄筋コンクリートの校舎とは全く違う魅力的な木造の校舎が誕生しています。とくに、東北地方の震災復興のシンボルとして新築された小学校などがそうです。
 建物は一度作ったら翌年壊すなどということはなく、何十年か使うものです。つまり、もう少しで技術はまた進歩するとみんな理解しているけれど、その時点の最良の技術で実現してみることが大事で、その繰り返しで洗練されていくのです。その観点から言うと、本当に魅力的な都市木造ができるのは、2050年〜2100年になるかなと思っています。
 そんな都市木造の20年間から4例ほど挙げると、「金沢エムビル」(2005年:石川県)、「下馬の集合住宅」(2013年:東京都)、「大阪木材仲買会館」(2013年:大阪府)、「新柏クリニック」(2016年:千葉県)あたりでしょうか。「金沢エムビル」は、鉄骨や鉄筋コンクリート造でやっていることをなんとか木造でもできないかと頑張ってみた建物、「下馬の集合住宅」は、耐震の役目である木の斜め格子を耐火被覆で覆わずにあらわしにして手で触れられるようにし、木造らしさを出した建物、「大阪木材仲買会館」は、木造の昔からの特徴であった大きな庇が張り出した凹凸感がシンボリックで、ツルンとした箱のような鉄やコンクリートのビルとは違う趣のある建物、「新柏クリニック」は、“森林浴のできるクリニック”を掲げて、木割のような均等ラーメン構造での木造化・木質化にこだわった、現時点の都市木造の一つの答えと言える建物、と紹介できます。

腰原さんが手掛けた「金沢エムビル」(2005年)

提供:team Timberize

世界における都市木造の現状はどうなのでしょう。そこから見える潮流はありますか。

 世界では日本以上に大規模な木造建築物が増えており、今や高さ競争の様相です。新しいところでは、2021年にスウェーデンのフレフティオ市に20階建、高さ80メートルの世界最大の高層木造建築「サラ・カルチャーセンター」がオープンしました。2019年にはオーストリアのウィーン市にコア部が鉄筋コンクリート、床材・柱が木材の混構造による24階建の「HoHoウィーン」が完成しています。世界は、私の国はこんな高層木造が作れます、SDGs達成を目指します、とアピール合戦している状況です。日本はまだその流れには乗れていないと言えます。
 古来、木造に限らず高い建物を作ることは、技術競争でもあります。いかに高く建てるかは、最先端技術の磨きどころなんです。ただ、正直なところ、木造超高層を作ってはみたいがたくさんはいらないでしょう。私は常々、木造には高さ30メートルくらいで7、8階建ての、昔の丸ビルみたいなずんぐりむっくりした建物が一番いいのではと提案しています。でも、最初から木造は高さ30メートルでいいとなると、そこまでの技術開発になってしまう。だから日本でももっと木造の高層に挑戦して、その技術開発の余裕を理想の木造建築に活かしていけたらと思います。とにかく私たちエンジニアは、「木では無理」と人々に見限られないように、今はどんな建物でも木造建築でできると言い続ける時期なのです。
 実際、たとえばオーストリアでは、都市部に木造超高層を建てる一方、郊外に5、6階建の平面的に大きい多層の木造建築物が建ち始めています。山と湖に溶け込むような美しいデザインの「IZMモンタフォン水力発電センター」(2013年)などは、世界の専門家たちが将来的な木造建築の答えだと気づいている事例だと思います。

中高層の木造建築物が増えていく過程で、建築材としての木材はどう進化しているのでしょうか。

 建物とは、柱と梁があって床と壁があるものです。大きい建物にはそれらの大きい部材が必要ですが、大きいほど自然界では手に入りにくいため、人工的に作り出す技術が進みました。社寺建築では樹齢何百年の木を持ってきて大切に使う伝統がありますが、これからは都市部でも大きいのを作るのでこっちにもくださいなんて使い方はできません。
 そこで、小さい材から大きい材を作る方法で生まれたのが、薄い板を張り合わせて大断面にした集成材です。柱でいうと、住宅は12センチ角で済むところ、「新柏クリニック」は40センチ角以上の太さが必要ですが、集成材の発展で、住宅に使っているのと同じような太さの木から大きな柱が作れるようになりました。最近はCLT(直交集成板)といって、木の繊維が直交するように積層接着したより大きく厚い板もできました。
 しかし、木造建築物の最大の課題は燃えない部材を目指すことです。かつては、大きい断面の集成材は、構造的に燃えにくいので逃げる時間を稼ぎます、という「燃えしろ設計」の考え方が生まれました。それが都市だと、火が消えてほしいというもう一段上の技術が求められてきます。そこで生まれたのが耐火集成材と呼ばれる防火の技術です。自分で鎮火してくれるように中に特殊な仕組みを作った燃え止まり材です。耐火皮膜で覆わずに用いることができるので、木の表情を楽しめる建築材として広まっています。

進化してきた中高層の木造建築は、いよいよ世の中に受け入れられてきていると言えるのでしょうか。

 鉄とコンクリートでしかできなかったところを木でもできるようにと一生懸命頑張って、だいぶ性能も上がったわけですが、そこまでして木を使うか、この技術を使ってどこまで魅力的な建築物にできるか、中高層木造は岐路に立っていると思います。
 極端な話、地球環境のために木を使うのなら、使いさえすれば石膏ボードなり貼って目に見えなくてもいいわけです。でも、日本には木の文化が根付いているので、使うということなら見えて触れて匂いも感じられる建物がいい、とハードルが高くなります。このハードルを前に、「やっぱり木造中高層はコストが高い」とか、木造は床や壁など部分的に使う「混構造が落とし所だよね」など評価が分かれ、混沌としている側面があります。
 そんな中、木造マンションを展開し始めたハウスメーカーもあります。「木造=アパート」というイメージを払拭するのに苦心しているようですが、建物ができてくるのは歓迎です。そして、今できることをやりましょうと言っているうちは法律も変わらないので、法律はこうだけどこれならできるかも、こんな建物を木造にしたい、など、まだまだ技術的にも法規的にも解決を目指して挑戦していく。普及のために選択肢も増やしていく。都市木造はそんな地点にいます。

「これからもさまざまな木造建築が登場してくるので注目してみてください」

腰原先生が考える都市木造のポテンシャル、目指す方向とは?

 私は、木造空間の魅力は人間が弱い時に能力を発揮するところだと思っています。例えば、病院なら赤ちゃんのいる産科がおすすめかもしれません。それから保育園、幼稚園、小学校、そして老人ホームや療養型の医療施設など。それから私たちは木造に非日常を求める傾向もあります。鉄筋コンクリートのビルの中で仕事をして、終わったら木のぬくもりのレストランや山小屋風の居酒屋に行ったり、休暇で和風旅館に泊まったり。大手不動産ディベロッパーが、上層だけ木造のホテルを札幌に作ったのですが、付加価値をつけられるところを木造にするのも一つの作戦です。高級感や快適にするための木造で木の魅力を伝えて、その魅力を活かせる建物をまた広げていくのです。そういう意味では、第1グループとして、木材の本来のメリットが木造にしたら顕在化するという建築を増やせたらいいですね。最終的には、木造のオフィスビルも実現したいものです。
 一方で、ポテンシャルというより好き嫌いでいいとも思います。全部木にしましょうでなく、木でやりたい建物は木でやりましょう、木でやりたい人は木でやりましょう、木でやりたいけどできないということがないように用意しておきましょう、というスタンスを目指したい。時代ごとに求められるものも違うので、選んでもらえるのがいいですね。SDGsにしても、我慢するのではつまらない。楽しく住んでいたら環境にも優しいらしいというのが素敵です。
 今は、人々が木造空間を体験できる場所が、もっと多くあれば木造建築がもっと普及するのに現在はあまりにも少ないと痛感しています。もう数年で首都圏でも増えてくるので待っていてください。木造建築の伝統を知る私たちは、柱が鉄骨で規則正しくてもつまらないけれど木造では太い柱が規則正しく並んでいるだけでも何か魅力を感じるものです。都市でのそんな体験や、技術開発や法整備を含めたいろいろな挑戦や成果がもっと出揃えば、美しさや楽しさのある都市木造は加速していくと思います。日本型都市木造の未来をみんなで作りましょう。

最後に、読者に向けたメッセージをお願いします。

 若い人たちに言いたいのは、儲からないことをやれ。それが乱暴なら、儲からなくてもやろう、役に立たないことをやってみよう、ですね。最近は大学の研究でさえ、役に立つ立たないを基準にする風潮がありますが、それだけに縛られるのはつまらない。それが証拠に、僕らが2000年頃に「木造で高い建物を」と言っても誰もまともに聞いてくれなかったのに、20年後の今はこんなに盛り上がっています。
 最近のビジネスマンは賢い分、情報戦で一生懸命調べてその範囲でしかやらない傾向があると思います。大学生当時の僕が木をやり始めたのは、鉄骨や鉄筋は本を読めばわかるけど、木は本もろくになかったから。ネット検索もない中、自分で調べていく面白みがありました。ルールがあるものはつまらない、まだルールがなくて自分たちで作れるなら楽しそう。そう思ったのです。
 では、木とは未知の新しい材なのかというと全然そうじゃない。なのに今まで木でやっていたことができなくなったのはおかしい、そこが着眼点でした。もし技術的に諦めたのなら技術が進歩したらできるはずだし、法律的にできなかったのなら時代とともに法律も変わったので可能性はあると考えました。常識や役に立つかどうかといった枠にとらわれずに、追求したいテーマを追求し続けることが大事です。時にはちょっとひねくれた見方をしてみるのもおすすめですよ。

脱炭素化・SDGsの実現といった文脈で注目されている国産木材の活用。すでに積極的に木造建築に取り組んできた小﨑正浩茂木町副町長や腰原幹雄東京大学教授の言葉には、そうした地球規模での使命感よりも、木材のもつ特徴に向き合い、効果的な使い方を模索してきた熱意と工夫が感じられました。そして、今まさに建築について学びを深めている女優・田中道子さんは、木材がもつ風合いや可能性に魅力を感じると言います。私たち一人ひとりが、木材の特長に触れ、それを理解することが、実は木材活用が広がる近道なのかもしれません。この特集と通して、一人でも多くのGrasp読者が「木材って面白い」と感じていただければ幸いです。
 次号のテーマは「ワーケーション&ブレジャー」。新しい働き方・旅のスタイルとして国や自治体が力を入れていますが、企業や働く人たちにはどのように受け取られているのでしょうか。さまざまな立場でワーケーションに携わる人たちに率直な意見をお聞きします。(Grasp編集部)

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