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トリ・アングルINTERVIEW

俯瞰して、様々なアングルから社会テーマを考えるインタビューシリーズ

vol.25鉄道×デザインのニューウェーブ

公開日:2021/1/26

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[ 前編 ]

体験価値の重要性を理解する

株式会社GKインダストリアルデザイン代表取締役社長朝倉 重德

近年の豪華寝台列車の登場などで鉄道デザインに脚光が当たっているが、日本の鉄道を語るうえで欠かせないデザイン事務所がある。工業デザイナーの草分け故・榮久庵憲司氏が創設したGKデザイングループだ。1970年の大阪万博で会場内を走るモノレールを手掛け、公共交通にデザインを本格導入。JR東日本の成田エクスプレスから、2020年運行開始の近鉄の「ひのとり」まで先進的な作品を次々と生み出し、鉄道デザインの歴史を築いてきた。グループで工業製品を担うGKインダストリアルデザインの朝倉重德社長に、その歴史や制作の秘訣(ひけつ)を聞いた。

鉄道デザインに取り組み始めたきっかけは?

 1987年の国鉄の分割民営化です。国鉄時代は経済成長を背景に、技術者が効率的に車両を設計する傾向がありましたが、民営化で民間のデザイナーが参画するようになりました。GKは1991年にデビューした初代「成田エクスプレス(N’EX)」を皮切りに、秋田新幹線「こまち」や中央快速線などJR東日本の車両を中心に手掛けてきました。そこから派生してモノレールや新交通システム「ゆりかもめ」、昨年10月にプレ運行がスタートした東京BRT(バス高速輸送システム)まで幅広い公共交通機関に対象を広げています。

【初代成田エクスプレス】

 GKデザイングループは大阪万博でモノレールのほか、会場内のベンチやごみ箱などをデザインし、「ストリートファニチャー」という概念を広めました。ストリートという「公」の場への意識を持っていることが、公共交通の鉄道を手掛けられた大きな要因だと思います。

ほかの工業製品や商品と比べ、発想の難しさはありますか?

 主な視点は大きく2つあると思います。車両外装などの”印象”が生み出す「ブランド価値」と、利用者の使いやすさという「体験価値」ですが、やはり難しいのは印象です。バイクなどパーソナル(個人的)なモビリティは好き嫌いが分かれる個性的なデザインも許容されますが、鉄道は乗客や沿線住民ら幅広い層に受け入れられる必要があります。しかも、車両は十年単位で使用されるので、インパクトがあっても飽きられてはいけません。短期間で個人消費されるプロダクト(商品)とは異なり、好みや流行に流されず、より根源的で本質的なデザインが求められます。
 ただ、パーソナルな嗜好を基に利用される豪華寝台列車などは、特定の層に印象付ける個性的な要素が必要になります。車両といってもひとくくりにせず、日常の通勤に使われるのか、大都市間を行き来するのか、観光列車なのか用途を考えることが大切です。

一方で、面白さはどこにありますか?

 鉄道は車両を中心にいろいろな要素が融合しているので、総合的にデザインできることです。まず、子供が鉄道や自動車が好きなように、外装など乗り物の格好良さを追求できます。次に、乗り物でありながら、車内空間を部屋のように設計する建築的な要素もありますね。そしてより細かくみると、椅子や棚、照明などインテリアも扱います。スケールの大きなものから、身近なプロダクトまで全て詰め込まれていて、トータルに考えられることがすごく面白いところです。
 また、難しさの裏返しになりますが、インフラとして30年後、40年後も存在するので、記憶に残る原風景を創るというやりがいもあります。

国鉄民営化から30年以上が経過し、鉄道デザインはどう変化してきましたか?

 通勤・通学など多くの人を効率的に運ぶ「量」から、快適性や環境配慮など「質」に重点が移行していると思います。象徴的なのが、GKが手掛け、1993年にデビューした京浜東北線「209系」です。車体や台車を一新するとともに、車内も座席の端に仕切りパネルを設置し、「スタンションポール」と呼ばれる握り棒をロングシート中間に配置することを先駆けて採用しました。いまでは当たり前の設備ですが、仕切りパネルは座席端の横に立つ乗客のリュックサックが座っている乗客に当たるのを防ぎ、ポールで座る位置を区切ることで想定通りの人数が座われるようにする画期的なデザインでした。乗客のストレスを軽減し、ユーザーエクスペリエンス(利用者の体験価値)の「質」を向上させ、その後の通勤電車のベーシックデザインになりました。

【京浜東北線(209系の後継モデルE231系)の車内】

 また、この車両は「重量半分・価格半分・寿命半分」を掲げ、重量を軽減して省エネルギーを進め、リサイクルを前提としています。環境にも配慮して考案したエポックメイキング(新時代を開く)な車両だったと思います。

効率的な輸送という「量」に比べて、利用者の体験価値という「質」は評価が難しいのではないですか?

 その通りです。座席数と利益は単純計算でわかりやすいですが、快適性という体験価値は数値化できないので、判断が難しいわけです。快適性の向上は、乗客に評価され乗車率が上がることで利益につながるわけで、実際には利用者と事業者の両方にとって良い解決になります。数値化できない体験価値の重要性を理解し、効果を判断することが経営者にいま求められていると思います。
 昨年3月に運行を開始した近鉄特急「ひのとり」は、日本で初めて全席に「バックシェル」を付けました。これは座席後部に固定した貝殻状の仕切り(バックシェル)を設け、リクライニング時は背もたれが前にスライドして倒れる構造です。プライバシーを守る機能的な利点もありますが、リクライニング時に後部座席の乗客を気にするストレスを軽減させる心理的効果が大きいです。

【近鉄特急 ひのとり】

※近畿日本鉄道株式会社提供
※近畿日本鉄道株式会社提供

 もちろんバックシェルを付けることで、座席数は約20%減少しました。それでも経営陣が採用を決めたのは、体験価値を重視した結果だと思います。
※後編は1月29日(金)公開予定です。

プロフィール

あさくら・しげのり 1963年東京生まれ、早稲田大学理工学部機械工学科卒業後渡米、Art Center College of Designを経て株式会社GK入社。産業機器、業務用機器からコンシューマプロダクトまで「美しい考え、美しいかたち、美しい関係を創造するデザイン」として活動し2016年より現職。グッドデザイン大賞、iF賞、Red Dot賞、IDEA賞、German Design Award等、受賞多数。