トリ・アングル INTERVIEW
俯瞰して、様々なアングルから社会テーマを考えるインタビューシリーズ
vol.43
心の、社会の「バリア」なんてぶち壊せ!
障害のある人もない人も、互いに支え合い、地域で生き生きと明るく豊かに暮らしていける社会を目指す「ノーマライゼーション」。例えば、車いす使用者用トイレやホームドア等の設備を整えることも、そのための方法のひとつです。しかし、ハード面でのバリアフリーは進んでも、人と人、いわばソフト面でのバリアフリーはどうでしょう。海外の共生社会を経験してきたパラリンピアン、障害者の立場から社会の在り方を考える研究者、いち早く障害者雇用に取り組んできた企業の方々に、日本のノーマライゼーションの実態や課題について話をうかがいました。
後編
障害者と健常者が共に歩む共生社会の実現に向けて
公開日:2023/3/24
パラ競泳選手
鈴木 孝幸
後編
鈴木さんはアスリートや会社員として活動する一方、パラスポーツの普及啓発や障害者と健常者が分け隔てなく暮らせる共生社会の実現に向けた活動にも取り組んでいます。現在、練習の拠点としているイギリスでの生活の中で鈴木さんが感じた共生社会実現のために必要な考え方などについて、お話をうかがいました。
2013年からはイギリスを拠点に活動されていますね。
以前から海外留学や海外で生活したいという希望はあったのですが、なかなか機会がありませんでした。「練習環境を定期的に変えると成長が持続する」という話も聞いていたので、何か変化が欲しいと思い、勤務先の研修制度を利用してイギリスに行くことにし、障害のある選手を指導していたコーチがいる、ノーザンブリア大学(ニューキャッスル)を選びました。最初の頃は語学学校で勉強しつつ、練習だけ大学に通っていたのですが、大学のほうから「正式に入学して泳いでほしい」というオファーがあり、結果的に東京大会まで8年間にわたり同じコーチのもとでトレーニングしました。
大学では何を専攻されているのですか。
大学院でスポーツマネジメントを学んでいます。研究テーマは、国際パラリンピック委員会が提唱している「パラリンピックムーブメント(※)」が日本にどこまで浸透しているのか、ということです。東京大会によって日本社会がどう変わったのかに興味を持ち、このテーマを選びました。世間一般でどのような意識の変化が起こったのかはまだ調査中ですが、報道の在り方には変化が表れています。以前はパラリンピックの報道というと福祉的な側面がフィーチャーされがちでしたが、最近では純粋にスポーツ的な報道に変わってきています。
※パラスポーツを通して障害のある人に対する人々の意識や社会の認識を変革し、共生社会を実現するためのあらゆる活動のこと。
ノーマライゼーション(※)という観点から見た場合、日本とイギリスとで違いはありますか。
バリアフリーのようなハード面については、日本の方が進んでいるように思います。とくに東京の都心部などは設備が整っていますね。イギリスも2012年のロンドン大会を契機にバリアフリー化が進み、ニューキャッスルのような田舎町でもエレベーターなどがだいぶ整備されましたが、いかんせん故障しやすい。壊れてもすぐに対応してくれるのが日本ですが、イギリスは数日動かないのが当たり前です。あと、日本の道路はゴミが少ないですが、イギリスはゴミが多く、割れた瓶の破片などが散乱していたりするので、車椅子もよくパンクします。
しかし、人々の意識などソフト面に関しては、イギリスの方が進んでいると思います。例えば、地下鉄のエレベーターが利用しやすいところにあり、しかもエレベーターを必要とする人しか利用しません。日本のように健常者もエレベーターを使う環境だと、本当にそれを必要とする人が使いにくくなってしまいます。日本の地下鉄のエレベーターは遠いところにあり、ホームまでの移動がたいへんなケースが多いですね。
※障害のある人もない人も、互いに支え合い、地域で生き生きと明るく豊かに暮らしていける社会を目指すという理念。
確かに、エレベーターが満員で、ベビーカーを押しているお母さんが乗れないシーンも見かけます。
国民性みたいなものもあるでしょう。イギリスだと田舎のヤンキーみたいな子ですら、すぐにドアを開けてくれたりしますからね(笑)。それも、すごく自然にやってくれる。ジェントルマンの国なので、そういったマナーが根づいているのかもしれません。あとは、オリンピック・パラリンピックの開催国を経験したことで、障害を持った人に対する理解が進んだのも大きいと思います。
住宅等の建築物や、まちづくりにおける日本のバリアフリーの現状についてはどう感じますか。
私が子供の頃と比べると、段差の少ない建物が増えたり、公共交通機関の乗り降りもスムーズに出来るようになったかと思います。ただ、古い建物では、段差があったり階段があったりして、一人で入れなかったりすることもあります。いまだに面白そうなお店、美味しそうな飲食店を見つけても、段差があることで入店を断念することもあります。
また電車も、複数の路線が通っている駅で、それぞれの駅にはホームまでエレベーターがあるのに、乗り換えるための連絡通路にエレベーターがないため、そこで乗り換えられないことがあります。管轄の違い等で、バリアフリー化が未開拓の場所はまだあるように感じます。
日本のノーマライゼーションの課題はどんなところにあると考えていますか。
やはりソフト面の改善ですかね。ハード面も大事ですし、取り組みやすいところではあるのですが、それだけだと、なかなか人の意識は変わらない。例えば、障害者差別解消法(※1)に「合理的配慮(※2)」という言葉が出てくるのですが、なかにはこれを「障害者も健常者も同じなら、自分たちもエレベーター使っていいよね」みたいに解釈する人もいます。合理的配慮とはそういうことではなく、ほかに選択肢のある人はそちらを使ってもらい、本当にエレベーターを必要とする人が差し支えなく使えるようにすることだと思うんです。ハード面で多少の問題があってもソフト面が充実していれば解決できることも多いので、そこが変われば大きく前進するのではないでしょうか。
※1 すべての国民が、障害の有無によって分け隔てられることなく、相互に人格と個性を尊重し合いながら共生する社会の実現に向け、障害を理由とする差別の解消を推進することを目的として、2013年6月に制定、2016年4月1日から施行された法律。2021年5月に改正。
※2 障害のある人の人権が障害のない人と同じように保障され、教育、就業などの社会生活に平等に参加できるように一人ひとりの障害に合わせて行われる配慮。
ソフト面の充実には、社会全体で障害についての理解を深める必要がありそうです。
そのためには、もっと健常者と障害者が触れ合う機会があると良いのではないかと考えています。私は日本パラスポーツ協会で障害についての理解を促進するための活動にも携わっており、学校などで講演したりしていますが、学生のうちからそういったところに参加して理解を深めてもらうのが良いのかなと思います。
身近に障害を持つ方がいると理解も進みそうです。
そうですね。可能であれば、障害のある人も特別支援学級とかではなく、健常者と同じ教室で学ぶのが良いのかな、と。いわゆる、「インクルーシブ教育(※)」と言われるものですね。私も健常者と同じクラスで学んできたのですが、私との交流をきっかけに医療や福祉の道に進んだ友人たちもいます。
※障害のある子どもと無い子どもが、共に学ぶ教育のこと。
鈴木さんはスポーツ用品メーカーのゴールドウインでも働かれていますが、障害がある人が社会に出て企業で働いていくためにはどんなことが必要だと思われますか。
障害というのは多種多様なので、一概には言えません。まずは受け入れる企業と障害者本人が、「どういった環境であれば、パフォーマンスを発揮できるのか」といったことなどを忌憚なく話すことが大事ではないかと考えています。私がノーザンブリア大学に入ったときにも、最初のカウンセリングで「どんなサポートが必要か」を事細かく聞かれました。その上で、「必要なサポートはしますが、あとは平等に接します」とはっきり言われる。つまり、健常者だけが努力するのではなく、障害者側の理解も必要ということだと思います。逆にいえば、必要なサポートさえ受けられれば、障害があったとしてもポテンシャルを発揮でき、組織の戦力として成果を上げられるようになる。単にサポートしてもらうだけでなく、同じ社会の一員として活躍することが可能になるでしょう。障害のある人にも戦力として働いてもらわないともったいないです。
最後に、鈴木さんの今後の展望について教えてください。
現在はゴールドウインに所属しつつ、出向というかたちで日本パラスポーツ協会や日本パラリンピック委員会の教育プログラムにも携わっています。パラスポーツを通じて共生社会について学んだ子どもたちが、より良い社会の実現に向けて行動してくれるようになるとうれしいので、この活動は今後も続けていきたいですね。
また、国際パラリンピック委員会の選手委員にもなっているので、将来的にはそういった国際的な組織での活動も増やしていきたいです。あとはもちろん、アスリートとして2024年のパリ大会も目指しますよ。代表に選ばれたら、表彰台に立てるように頑張りたいと思います。
※心のバリアフリー/障害の社会モデル(国土交通省HP)
<https://www.mlit.go.jp/sogoseisaku/barrierfree/sosei_barrierfree_tk_000014.html>
後編