トリ・アングル INTERVIEW

俯瞰して、様々なアングルから社会テーマを考えるインタビューシリーズ

vol.48

気象データを制すものがビジネスを制す!?

「気温25度以上になるとビールやアイスクリームが売れる」「鍋が食べたくなるのは気温18度以下」。そんな話を聞いたことはありませんか。普段の生活でも、天気予報をチェックして服装を考えたり、傘などの持ち物を決めたりと、私たちの行動は思っている以上に天気や気温などに影響され、気象データに頼っている部分があります。2021年には、こうした気象データを分析し、ビジネスに活用するスキルを修得する「気象データアナリスト育成講座認定制度」がスタート。今回は、気象がどのように私たちの生活に関係し、気象データがどのようにビジネスに貢献できるのかを紹介したいと思います。

Angle B

前編

気象データの活用で廃棄ロス削減&売上増加に成功

公開日:2024/1/31

株式会社EBILAB

代表取締役

小田島 春樹

近年はDXが叫ばれ、多くの企業が生産性の向上やマーケティングにおいて、さまざまなデータを活用するようになってきています。そのデータの1つとして気象データをリアル店舗の運営に活用しているのが、株式会社EBILABエビラボです。伊勢神宮の参道にある食堂「ゑびや」から始まった店舗運営における気象データ活用の取組について、代表取締役の小田島春樹さんにお話をうかがいました。

EBILABでは飲食店・小売店向けデータ分析ツールを開発し、リアル店舗の運営におけるデータ分析を支援されています。店舗でのデータ活用に取り組んだ経緯について教えてください。

 元々妻の実家が伊勢神宮の参道にある「ゑびや」という飲食店を経営していました。店主の高齢化で運営がままならない、人も採用できない、そもそも人口が減って事業の成長が見込めない、といった店舗は地方には少なくないでしょう。「ゑびや」もまさにそのような状況でした。「この問題が解決できれば、同様の悩みを抱えている全国の経営者の希望になるのではないか」と考え、およそ11年前にデータを活用した「ゑびや」の再生に取り組み始めました。

再生に取り組む前の「ゑびや」はどのように運営されていたのですか。

 当時はパソコンすらない状況でした。私と義父で日々の注文、シフト作成、給与計算・振り込み、封筒に名前を書くところまですべてアナログの手作業でやっていました。特に看板メニューがあるわけでもなく、集客力もなかったので、経営的に利益もほとんど出ていませんでした。隣の店舗に並ぶ行列がうちの店舗の前まで伸びてきて、開店しても人が入ってこないような時もありました。
 この状況から脱するためには、何らかのアクションを起こす必要がある。同時に、それがどれくらいの効果があったのかをきちんと検証しなければならない。検証するにはデータが必要になる、という考えから、データ分析に基づいた店舗運営に着目したわけです。

データ分析に気象データを活用された理由について教えてください。

 気象データを使うようになったのは2015年くらいからです。それまでも日報に「晴れ」や「曇り」といった記録はしていたのですが、商品の販売予測をするときにこれが使えるんじゃないかと思いました。それでPOS(※)のデータと合わせて分析してみたところ、天候と各メニューとの相関関係が見えてきたんです。「寒い日に冷やし中華は出ないよね」「天気が悪いから今日はお客さん少ないかも」といった、経験的に何となく判断基準にしてきたことがエビデンスで示された感じでした。これだけ相関関係があるなら、気象データを変数としてアルゴリズムに組み込めば、来客予測や販売予測に利用できると考えました。
 ※Point Of Salesの略。商品を販売した時点での情報(商品名、数量、時間、天候、購入者の年齢など)を収集・記録し、その分析結果に基づいて売上や在庫管理を行う。

実際にどのような仕組みで来客予測や販売予測をしているのですか。

 使用している気象データは、晴れ・曇りなどの天候、気温、風速、降水量です。これをPOSデータの販売日時、販売メニュー、客層などと組み合わせて、過去の天気と販売実績との相関関係を分析します。この分析をもとに、当日や翌日の天気予報を変数として計算し、来客数や各メニューの販売数を予測するといった具合です。
 例えば、例年通りなら明日の来客数は○名程度の予定だが、天気予報が雨なので、雨という条件を変数として追加し、計算するという感じです。

EBILABが提供している飲食店・小売店向きデータ分析ツール。

「ゑびや」では具体的にどのように気象データを含めたデータ分析を活用しているのですか。

 「ゑびや」の場合はバックヤードに巨大なモニターを設置していて、そこにその日の来客数と予測される来客数がリアルタイムで表示されています。それを見ながら、「今日はあと何食作ればいい」「明日はこれくらい出るから、これくらい仕込んでおこう」といった判断をしています。これによって仕込みや仕入れの数量・タイミング、従業員のシフトなどを最適化することが可能です。

実際にどのような成果が出ているのですか。

 以前は廃棄ロスもまあまあ出ていたのですが、そのときは来客数や販売数について正しい見立てができていませんでした。データ活用による予測を始めてからは予測精度が平均90~95%くらいになり、基本的に廃棄ロスは出ていません。例えば、ある月の予想と実績を見てみると、販売予測が830食に対し、実際の販売数は833食でした。客数やメニューごとの販売数はほぼ正確に予測できているので、それに基づいて店舗を運営することで廃棄ロスがなくなりました。

店舗の売上も約5倍に増えたとか。データ分析は売上増にも役立ったのでしょうか。

 売上が伸びた理由は客単価を上げたことが大きいです。それを実現できたのは「誰が何を買っていて、どういうトレンドであったか」を常に分析し、市場のニーズを的確に捉えた商品開発ができたからです。ただし、単価を上げながらも客数は減っていません。データ分析をしてきたからこそ、高単価でも売れる商品開発ができ、売上増につながりました。

■「ゑびや」におけるデータ経営の成果(2012年~2018年)

データ分析を商品開発に活かしているわけですね。

 あとは店舗の前にネットワークカメラを設置して、街を歩いている人数と店舗に入ってくる人数のデータをとり、そこから入店率を出すようにしています。このデータを分析することで、看板の見せ方や広告の出し方についての効果測定ができるため、より良い集客方法を検討することが可能です。
 また、データからは回転効率の良い、最適な席数を探ることもできます。飲食店は必ずしも席数が多ければ良いというものではありません。「ゑびや」の場合、もっとも効率の良い席数に抑えることで空いたスペースを物販やテイクアウトの業態として使用し、それによって売上を伸ばすことに成功しました。

それらの売上増のための施策を考える際に、気象データはどのように役立ったのでしょうか。

 商品開発やメニューのラインナップを決める際に気象データを活用しました。「どういう商品がどのタイミングでどのような人に売れているか」を気象条件ごとに抽出していくと、夏と冬とで売れる商品の傾向が見えてきます。暑いときは冷たいものがほしくなるし、寒いときには温かいものがほしくなる。そういった人間の本質的な欲求に関して、その切り替えのスイッチが気温何度ぐらいのところにあるのかなど、データを細かく見ながらメニューを考えています。長雨で観光客全体の母数が減ったとしても、雨の日にどんな商品が売れるかを知っていればちゃんと稼げます。気象データは来客数や販売数を予測してコストを削減するだけでなく、売上を増やす方向にも使えるわけです。

プロフィール おだじま・はるき 有限会社ゑびや代表取締役社長、株式会社EBILAB代表取締役。大学ではマーケティングと会計学を専攻。大学卒業後はソフトバンクに入社し、人事、営業企画、新規事業立ち上げなどに携わる。2012年に夫人の実家が営むゑびやに入り、店舗の再生のためデータ経営に取り組む。培ってきたデータ経営のノウハウを外部にも提供すべく、2018年に株式会社EBILAB設立。Microsoft MVP(2018~2023)、第3回日本サービス大賞「地方創生大臣賞」(2020)など受賞多数。
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