トリ・アングル INTERVIEW

俯瞰して、様々なアングルから社会テーマを考えるインタビューシリーズ

vol.32

可能性の宝庫!深海大国ニッポン

四方を海に囲まれた日本。日本の海(領海と排他的経済水域)の広さは世界で6番目で、そのほとんどが深海です。食卓を彩る海産物を生み出す生態系、産業の発展を支える原油などの資源にも深海が関わっています。普段私たちが見ることのない世界に何があるのか、その可能性を探ってみます。

Angle C

後編

深海資源の可能性

公開日:2022/1/7

JAMSTEC

高井 研

日本はじつは深海大国。日本の深海にはどんな可能性があるのか、深海は私たちの暮らしに何をもたらすのか――高井氏は、まだ調査の手が及んでいない超深海の謎を探求すると同時に、深海を私たちにもっと身近な存在にするために、さまざまな「深海ビジネス」を提案。深海をより深く知ることで、私たちは海の豊かさを一層感じることになり、単なる資源利用にとどまらない海との親密な関係を築くことができるでしょう。

今後はどんな研究を予定されていますか。

 これからやりたいのは、6000mより深い超深海の調査です。そこにどんな生き物がいて、どんなふうに生きているのか、まだほとんど手をつけられていません。
サバンナで百獣の王といえばライオンですが、6000メートルを超える深海の王者ってなんだと思いますか?
 答えは、ナマコです。みなさん、ナマコなんてどうでもいいと思っているでしょう?
実はこのナマコがめちゃくちゃスゴイ奴なんですよ。
 ナマコは泥を食べて生きていますが、深海の泥の中にはわれわれの知らない未知のウイルスがいっぱいいるんです。ウイルスがどれほど恐ろしい存在か、この1~2年で人類は痛感しましたよね。
 ところが、深海のナマコはウイルスだらけの泥を食っても平気で生きている。なぜかというと、ナマコは腸内細菌をいっぱい飼っていて、その中にウイルスを無効化する対ウイルス兵器みたいな細菌がいるからだ――ということが推測されるのです。
これだけでも、「深海のナマコ、タダ者ではないな!」と思いませんか?

 それから、太陽系には地球の海とは別に、木星の衛星のエウロパとか、土星の衛星のエンケラドスとか、10個以上の天体に海があると考えられているのですが、そこで生命を探すのが夢です。
 そのためには、まずは地球上の似たような環境のところで訓練を積んでおく必要がある。これは結構過酷な環境で、しかも近海の海は政治的に不安定な場所だったりするので、科学的な問題以外の難問があったりするのです。
 もっとも、僕は問題があればあるほど燃えるタイプなので、ぜひ調査を実現し、そこで生命を見つけたうえで、宇宙を探索したいと思っています。

資源利用も含めて、日本の深海の価値についてどうお考えですか。

 日本の近海には、千島海溝、日本海溝、伊豆・小笠原海溝、琉球海溝……と世界屈指の海溝がズラリと並んでいます。一つの国の海域にこれほどの深海を抱える国はほかにありません。地形も豊かで、海底火山があったり、深海熱水や冷湧水もある。そしてそこにさまざまな生物が棲息しています。深海の環境の多様性は、世界一といっても過言ではありません。
 深海資源といえば、メタンハイドレードや金属資源なども注目されていますが、実用化までの道のりは遠い。未来の話も大切ですが、今あるこの多様性のすばらしさにもっと目を向けてほしいと思います。
 日本は地震や津波が起こり、毎年台風も来て、こうした自然災害は私たち人間にとっては大きな脅威です。ただ、生物の進化という大きなスケールで考えたとき、地球のダイナミックな環境変動は重要な役割を果たしています。いろんなことが起こるがゆえに多様な環境が生まれ、そこに多様な生命が生まれる。それがわれわれの存在自体を豊かにしていることに気づいてほしい。
 青天で凪の日しかなければ、そういう風景が当たり前になって、もはやそれを「美しい」とは思わなくなるでしょう? 雨の日も嵐の日もあるからこそ、青空や青い海の景色に感動するんです。いろんなことが起こる、それゆえに喜びがあり、そこに価値があるのだと気づいてほしい。
 海洋の価値は資源だけではありません。この地球のダイナミックな歴史の上に生命が誕生し、人間もその一員として命をつなぎ、生活を営んできました。われわれの先祖は縄文時代からその恵みを受けて生きてきた。その素晴らしさをどこかで感じているからこそ、日本人は老いも若きも海に行くんです。日本人は誰もが海を楽しむことができる世界でも有数の国民ですよ。
 海がどれほど魅力的で、私たちの心を豊かにしてくれるものか、それをもう一度思い出すことが必要だと思います。

これから深海に興味を持つ人や研究を志す人を育てるためには何が必要ですか。

 「前編」でも述べましたが、行くと行かないとでは大違いなんです。だからどうしても、まずは深海に行ってもらいたい。
 外国の写真とビデオをいくら見ても、外国のことはわかりません。その国に行って自分の足で歩いてみて、はじめてその国のことがわかるんです。深海も同じです。
 多くの人が深海に行くために必要なのが、レジャーです。レジャーとして行けるようになることでグンと裾野が広がります。
 アメリカのトライトンという潜水艇メーカーが、すでに観光用の潜水船をつくっています。私も試乗させてもらいましたが、アクリル球でまわりが全部見え、素晴らしい光景を見ることができました。
 いずれ日本でも事業化されて、日本の深海ツアーが実現する。そういう未来は必ず来るでしょう。誰もが深海の楽しさや面白さをもっと身近に感じられる日は、確実に訪れると思います。
 ただ、実現にあたっては社会的な課題もあります。たとえば、今の日本では有人潜水艇を船に乗せることができない。法律で規制されているからです。個人のクルーザーの港の使用にも制限があります。安全保障等の観点から必要な規制ではありますが、こうした制度が柔軟に変わっていくと、新しい産業が発展していきます。社会全体の理解が進み、一般の人が深海へ行くことへのハードルが下がってほしい。
 僕は、「みんな深海に行ってほしい」と夢物語で言っているのではありません。僕は研究が本職ですが、その研究環境を整えるための努力もしなければならないのが現実です。
 その切り札がレジャーです。若い人が深海に興味を持ち、研究したいという人が次々と現れてくるためには、こういうところから変えていかないとダメなんです。それが有人潜水艇による研究を継続できる唯一の道だと思っています。

最後に、読者に向けてメッセージをお願いします。

 「深海でビジネスをやろう!」――過去の深海研究は比較的豊かな国家的な研究資金によって支えられてきましたが、これからは同じようには行きません。そこで、何らかのビジネスで支える必要があるのですが、今の日本の海洋産業の規模では難しいと思います。
今、われわれが「ビジネスを一緒にやりましょう」と声かけをすると、過去にこうした事業に携わった人たちばかりが集まってしまいがちです。過去の事例にとらわれるのではなく、まだ開拓されていない価値を自分で開拓したいというような人がたくさん出てきてほしいですね。
 海の養殖だって、日本にはまだまだ未来があります。たとえば、ノルウェーではサーモンの養殖業は若い人たちのあこがれの職業です。ノルウェーの養殖業がそれだけブランド化していて、世界のマーケットで強いという背景があるからです。日本の養殖業にもそうなるチャンスはあります。
 海には、敷かれたレールに乗っかって事業をするような企業はまだ進出していないので、「海で一山当ててやる」、いや海なので「一海当ててやる」かもしれませんが、そういう人がぜひ出てきてほしい。
 発展途上な海洋産業だからこそ、逆にチャンスがあるんです。深海には楽しい魅力が満ちあふれているだけでなく、儲かる話もいくらでもあるのだという流れをつくっていくことが、これからの日本を物質面でも精神面でも豊かにすることにつながっていくと思っています。

深海には人々を惹きつけるさまざまな魅力がありました。深海魚の神秘に想像をふくらませる声優・井澤詩織さんは、深海魚を知ることが日本の海への愛着につながったと語りました。その深海魚をこれまでにない形で家庭に届けている「深海魚直送便」をはじめた青山沙織さんは、持続的な資源の利用と地域の活性化を見据え、さらなる挑戦を続けています。そして、何度も深海で調査をしてきたJAMSTECの研究者・高井研さんは、「深海の面白さは実際に行ってこそわかる!」と、多くの人が深海に行くことを楽しめる未来に期待を寄せました。
 次号のテーマは「輝け!水の中のスペシャリスト」。四方を海に囲まれた日本で、海の安全を守る海上保安庁の重要性が高まっています。海に潜って捜査活動を行う潜水士の活躍を描いたドラマ『DCU』の制作陣とともに、海の安全を守る仕事を描くこと、演じること、広めることについてお話しいただきます。(Grasp編集部)

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