トリ・アングル INTERVIEW

俯瞰して、様々なアングルから社会テーマを考えるインタビューシリーズ

vol.13

未来都市が現実に? スマートシティ発進

AIやビッグデータ、次世代送電網(スマートグリッド)技術などを活用し、渋滞解消や省エネなどを目指す先進都市「スマートシティ」。日本では国家戦略特区などの枠組みで導入が進んでおり、今年8月には、約600の自治体や企業、中央省庁、研究機関が参加して先行事例を共有する官民連携協議会も設立された。スマートシティが現実のものとなることで、私たちのくらしはどう変わるのか。

Angle C

前編

「人間の豊かさ」中心の都市空間へ

公開日:2019/12/27

東京大学大学院

新領域創成科学研究科教授

出口 敦

前回登場の中村彰二朗氏には、福島県会津若松市での地元の行政や大学との協力とIT(情報技術)による課題解決の実践を語っていただいた。「スマートシティ」はIT等の新技術を活用して、課題を抱える街を計画・運営し、全体の最適化を図る考え方だ。国土交通省は今年5月、スマートシティの先行モデル15事業を選定。このうちの一つ、千葉県柏市柏の葉キャンパス駅周辺の事業のコーディネーターを務めるUDCK(柏の葉アーバンデザインセンター)の出口敦センター長(東京大学教授)に、取り組みの意義について聞いた。

スマートシティについて耳にする機会が増えています。

 世界的にブームになっていますが、日本では、今、2回目のブームを迎えていると思います。1回目は東日本大震災前後でした。中心テーマはエネルギー需給の自律化や効率化を図る「エネルギーマネジメント」で、電力供給網とITを組み合わせた「スマートグリッド」を基本としたシステムを創り上げるものでした。震災により安定した電力供給が大きな社会課題となり、エネルギーへの注目度が高まった時期だったからです。
 そして今が2回目のブームであり、テーマも幅広くなりました。その一つに「センシング型」のスマートシティがあります。センシング型の考え方は、様々なセンサーを用いて地域や都市の問題に関わるデータを収集し、「見える化」することで、自治体の施策や新たなサービスと連携させて課題解決に繋(つな)げていくというものです。これは欧州が先行して実践しました。例えば、スペインのバルセロナでは、交差点などに排ガスと騒音を計測するセンサーを設置し、スマートフォンでデータを見ることができるようにしました。数値が悪化した際には、交差点の信号点灯時間を操作し、クルマが滞留して排ガスを増やさないようにしています。このように、自治体の施策や新たなビジネスに結びつける技術を盛り込んだスマートシティを実践しています。
 日本でも最近、このセンシング型が注目されていますが、世界的に示せるモデルは未(いま)だ実現できていないと思います。国土交通省のスマートシティモデル事業で選定された先行15プロジェクトでも、モビリティや健康などエネルギー以外の分野に取り組むスマートシティが提案されていますが、本格実施はこれからが勝負どころです。

スマートシティが描く社会とはどのようなものでしょうか。

 これから目指していく社会として、日本政府は2016年1月に閣議決定した第5期科学技術基本計画の中で「Society5.0」を提唱しました。「Society4.0」(情報社会)の次に来る超スマート社会のことを言います。これには2つの特徴があると言えます。1つ目は「データ駆動型社会」。これまではモノに価値があった社会でしたが、これからはモノよりデータに価値がある社会ということです。2つ目は「知識集約型社会」。知識や技術を活用して新産業を起こして地域の課題を解決していく社会ということです。
 これまでは事業を効率化しようとする時、資本、資源、土地を集約化させるのが一般的でした。しかし、これからは資本や土地が分散していても、データを駆使し、技術を駆使することで、事業を進めていくことを目指そうというものです。例えば、農業ではこれまで競争力を高めるために土地の集約化を目指してきましたが、思うように進んでいません。そこで、精度の高い天気予報を活用し、自動運転の農作業機器やドローンを使うことにより、土地の分散によるデメリットを上回る効果が期待できる可能性があります。このように根本的に産業のあり方を変えていくものが「Society5.0」です。

【スマートシティの概念】

新たな社会は、「人間中心」を掲げています。

 これまでの時代を振り返ると、技術開発は「人のため」と言いながら、実は「効率」や「機能性」が優先される社会だったと思います。情報化が進展するに従って「本当に有意義な時間を過ごしているのか」という疑問が浮上してきました。その反省に立ち、これからは人の暮らしの豊かさに注目し、人の暮らしの豊かさを指標にしてデータ駆動型の技術を活用し、まちづくりをしていこうという考えが、スマートシティにはあります。
 一方で、大企業がデータを独占し、事業を拡大してしまうという懸念はあります。だから、どのように社会を動かしていけばうまく社会が循環するか、小さな企業や一人一人の創意が活かされることによる革新(イノベーション)が起こるか、地域社会がデータをうまく活用して活力と魅力ある地域を創っていけるか、ということが大きな課題となります。

柏の葉では、どのような課題に取り組んでいますか。

 ここはかつて米軍の基地やゴルフ場や農地であったところを新たに開発してきた街です。柏の葉キャンパス駅を中心とした「スマートコンパクトシティ」の整備を進めていますが、課題として、交通手段の充実化が挙げられます。例えば、駅から東京大学柏キャンパスや国立がん研究センター東病院までは2キロほど離れています。これらの施設を含む短・中距離の区域内の施設や住宅を結ぶ主な公共交通機関はバスです。運転手が不足していることもあるようですが、採算が取れるようなバス交通の拡充は難しいようです。東大でも独自に駅とキャンパスを結ぶシャトルバスを運行させています。そこで自動運転バスによる地域内交通の充実化を図れるのではないかと考え、令和元年11月より5か月間にわたる自動運転シャトルバスの実証実験が柏ITS推進協議会により実施されています。
 私も改めて勉強したのですが、自動運転バスの導入のためには、まず、走行路の道路空間や沿道の状態をレーザースキャナーで精巧に読み取り、3次元データを用いた仮想空間(サイバー空間)を創ります。更にそのサイバー空間内に仮想のバスを走らせ、サイバー空間で安全な走行について、人工知能(AI)を使って教育します。「ディープラーニング」というものですね。教育を何回も繰り返した後、実際の道路でも自動運転バスの試験走行を繰り返します。つまり、初めにサイバー空間、次に実空間(フィジカル空間)で試行するという段取りです。精巧な3次元空間で自動運転をさせ、そこでシミュレーションしてから、実際の現場で走らせることで実現するわけです。
新技術を導入するには、このようなサイバー空間とフィジカル空間を融合させる作業が必要なのです。このような実証実験がしやすい街、街のサイバー空間が充実している街であれば、スマートシティとして進化しやすい街と言えます。例えば、シンガポールでは、街全体を3次元でデータ化し、新しい技術の実証実験を進めています。柏の葉でもそのような取り組みを進めたいと思います。
※後編に続きます。

でぐち・あつし 1990年東京大学大学院博士課程修了(工学博士)。東大助手、九州大助教授、教授などを経て2011年より現職。専門分野は都市計画学、都市デザイン学。都市のデザイン・マネジメント、スマートシティについての研究を進めている。千葉県柏市柏の葉にある柏の葉アーバンデザインセンター(UDCK)センター長、スマートシティコンソーシアムのコーディネーターなどを務め、全国のアーバンデザインセンターの普及やネットワーク化を進める一般社団法人UDCイニシアチブの代表理事を務める。著書に「Society 5.0 人間中心の超スマート社会」(編著、日本経済新聞出版社)などがある。
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