トリ・アングル INTERVIEW
俯瞰して、様々なアングルから社会テーマを考えるインタビューシリーズ
vol.36
未来を守る、未来をつくる、メンテナンス
老朽化が進む社会インフラを限られたリソースで少しでも多く、長く維持していくため、重要性が増している「メンテナンス」。それは、現状維持のための「守り」だけではなく、安全・安心な未来を手にするための「攻め」の手段でもあります。体のメンテナンスが心の健やかさにつながるように、インフラメンテナンスの進歩の先には何があるのでしょう。先進事例を交えて考えます。
後編
地方空港に新しい価値を見出す
公開日:2022/8/2
株式会社南紀白浜エアポート
オペレーションユニット長
池田 直隆
後編
第5回インフラメンテナンス大賞(国土交通大臣賞)を受賞した、ドライブレコーダーに記録した画像からAIが滑走路の異常を検知する技術(ドラレコAI)は、資金および人材が限られた地方空港において、滑走路の効率的な予防保全の仕組み化を実現しました。そしてその技術は道路へと展開を見せ、さらに地域における空港の存在価値を高める取り組みへとつながります。
前回のお話の最後に、インフラメンテナンス大賞の受賞がきっかけで、道路でのドラレコAIの実証実験が始まったとお伺いしました。
もともとドラレコAIは路面の劣化状態を診断できる技術です。そこで、地元の熊野御坊南海バスが運行する空港リムジンバスのドラレコに路面の状況を記録し、その画像からAIが路面のひび割れなどを検知するという実証実験を、2022年3月からスタートしています。
滑走路も長い道路のようなもので、そこで培った知見は一般道路にも応用することは可能です。一般道路での実証を経てその精度を確認し、道路における目視点検の一部をドラレコAIで代替することを目指しています。
なぜ、点検車ではなく路線バスのドラレコを使用するのでしょうか。
地方空港と同じく、地方の路線バスも経営が厳しいという課題を抱えています。しかし、その地域に住む学生や高齢者の方、訪れる観光客などにとってはなくてはならない移動手段で、地方の交通において路線バスは最後の砦ともいえます。そこで、利用者を運ぶだけだったバスの走行にドラレコAIによる「点検」という新たな機能を加えることで、路線バスの多機能化を目指しているのです。
一方で、道路管理者からすると、これまで点検のために走らせていた点検車を路線バスで代替することができるメリットがあります。特に、今回空港リムジンバスが運行するような片側一車線の道路であれば、路線バスを走らせるだけでも十分に有効なデータを得ることができると考えています。
道路管理者と路線バス事業者がお互いにウィン-ウィンになる取り組みですね。そこに南紀白浜エアポートはどのように関わっているのでしょう。
空港で得たドラレコAIの知見を共有するという立場だけでなく、地域の課題を解決するために点と点をどう結びつけるかという立場でも関わっています。
全国の地方空港は赤字といわれています。それを少しでも改善するために、空港の利用者の数を増やす、空港の業務を効率化するといっても、できることには限りがあります。そこで、地域の玄関口である空港が、その地域の点と点を結びつけて線にしたり、そこから面にしていったりという調整役を務めさせていただくことで、地域全体の活性化につなげていくことが必要だと考えています。空港が交通のハブにとどまるのではなく、地域活性化の拠点として機能していきたいと考えています。
地方空港の多機能化ですね。
そうですね。南紀白浜空港は、和歌山県から委託されて、南紀白浜エアポートが運営をしているのですが、そうした既存業務の枠を越え新たな取り組みを推進できることは民間会社の強みかもしれません。
ドラレコAIの道路への応用も、従来なら空港と道路では管轄する役所も実務を担う技術者もセクションが分かれていますが、当社ではそうした壁を乗り越えた提案が可能です。
また、予算や成果についても、単年度ではなく中長期的な視点で考えることが得意です。
前編でも、ドラレコAIは滑走路という資産を長寿命化することに意義があるとおっしゃっていました。
目の前にある滑走路のひび割れをどう検知、補修していくかという「蟻の目」だけではなく、空港施設全体の維持管理計画を俯瞰する「鳥の目」を持つことが大事だと考えています。
ドラレコAIの実証実験においては、常に導入コストを考えて判断していました。たとえば、検知できる精度についても、幅が2〜3mmのひび割れを検知できればよいという判断をしました。技術的にはさらに精度を上げて、1mmのひび割れを検知することも可能です。ただ、そうすると高機能なカメラが必要ですし、高解像度のデータを扱うシステムやサーバーへの投資も増えます。が、そもそも地方空港は資金的に厳しいため、維持管理のコストを抑えていかなくてはなりません。だからこそ、技術的な高みを追い求めるのではなく、実務の面で十分機能する精度で良いという選択をしています。
「空港型地方創生」を掲げている点も、貴社の特徴だと感じます。
空港が地域と一体となってその地域の魅力を磨き上げ、観光やビジネスの需要を掘り起こしていくことが、結果的に地域の玄関口である空港の存続につながると考えています。
たとえば、和歌山県の南端にある串本町には民間のロケット発射場が建設中ですが、首都圏の方が訪れようと思っても、空港から現地までのアクセス手段がない。そこで当社はバス会社とリスク・プロフィットをシェアするスキームを導入し、新たにリムジンバスの運行を始めました。このバスを使えば、観光名所である熊野古道や那智の滝へもアクセスできます。
この地域の土地勘がない方に実際に訪れていただくには、「紀南にはこんなにいいところがあります」という情報発信だけでは足りません。食事も移動も宿泊も、ストレスなくかつシームレスに手配可能な仕組みを整えておくことで、初めてお客さまが来てくださいます。当社では旅行業登録を取得し、そうした体制づくりにも取り組んでいます。
地域における南紀白浜空港の存在感が大きなものになっているのですね。
もう一つ、南紀白浜空港がこの地域で重要な役割を担っているのが、災害時の防災拠点としての役割です。このエリアは南海トラフ地震発生時の被害が予測されていますが、主要な幹線道路は海沿いを走っていて津波の被害を受ければ機能しなくなってしまいます。当空港は標高100mのところにあることから、和歌山県の広域防災拠点に指定されており、災害発生時には県外からの応援要員の活動拠点や災害医療活動の支援拠点となります。
最近では、災害拠点として自力で電力をつくれる環境を整えておくため、再生可能エネルギーによる電力の地産地消にも取り組んでいます。結果として、空港における脱炭素化や、近隣施設への電力の融通による地方創生にもつなげていきたいと考えています。
最後に、読者へのメッセージをお願いします。
読者の皆さんには、これまで培ってきたスキルや知識、経験を、ぜひ地方で生かしてもらいたいです。地方で生かすと言っても、今は、地方に移住することは必須ではなくオンラインを活用したり、兼業や副業として携わったりと、地方と関わる選択肢が増えています。地方にはまだまだ改善すべき課題がたくさんあり、若い世代の力を必要としています。今暮らしている地域だけにとどまらず、皆さんの力を生かす場を地方へと広げてみてください。南紀白浜空港でお待ちしています。
後編
「宅トレクリエイター」として自宅で手軽にできるトレーニングを発信する竹脇まりなさんは、「宅トレ」が文化となり、誰もが日常に宅トレを取り入れ健康で過ごせる未来を描いていました。下水道の分野で課題となっていた雨天時浸入水の侵入箇所を特定する技術開発に携わった建設技術研究所の鈴木英之さんは、その技術を豪雨発生時にいち早く下水道の流量変化を捉えて避難情報の発信につなげられないか、挑戦を続けています。滑走路の異常を目視に頼らずに検知する仕組みを実用化した南紀白浜エアポートの池田直隆さんは、それを地方の路線バスが一般道路を点検する仕組みづくりへと展開し、地方の活性化を目指しています。効率的かつ持続可能なメンテナンスをどのように実現していくか、その課題に向き合ってきた3人には、さらに大きな視点で私たちの未来を安全で快適なものにしようという道すじが見えているようです。
次号のテーマは「航空管制官」。航空機が安全にフライトできるよう、地上からその交通整理をする空の番人、航空管制官の仕事に迫ります。(Grasp編集部)