トリ・アングル INTERVIEW
俯瞰して、様々なアングルから社会テーマを考えるインタビューシリーズ
vol.45
誰もが気軽に「おでかけ」できる。パーソナルモビリティがある未来
電動キックボード、電動アシスト自転車、電動車椅子など、近年、街中で見かける機会がグンと増えた「パーソナルモビリティ」。
若者の手軽な移動手段としてはもちろん、高齢者や身体の不自由な方、子育て世代の方の移動支援、過疎地における交通手段、さらには環境負荷の低減など、さまざまな社会課題を解決するアイテムとしても注目されています。
パーソナルモビリティとはそもそもどういうものなのか、今後どんな展開が期待されるのか。インタビューを通して未来のモビリティの在り方を探ります。
前編
実証実験から見えてきた社会実装の課題とは
公開日:2023/8/25
茨城県つくば市
政策イノベーション部スマートシティ戦略監
中山 秀之
前編
電動キックボード、電動車椅子など、手軽に移動できる「パーソナルモビリティ」の人気が近年高まっています。特に超高齢化社会である日本では、身体の不自由な方の移動手段の確保、過疎地における公共交通機関のスリム化、環境負荷の低減など、さまざまな課題を解決する鍵としても注目度がアップ。こうしたパーソナルモビリティの実証実験に早くから取り組んできたのが、研究学園都市である茨城県つくば市です。同市で行われてきたパーソナルモビリティの実証実験や普及のための課題について、つくば市政策イノベーション部スマートシティ戦略監の中山秀之さんにお話をうかがいました。
つくば市ではいつ頃からパーソナルモビリティの活用に取り組んでいるのですか?
つくば市では2007年から大学の研究振興を目的とした「つくばチャレンジ」というロボットコンテストを行っています。自律走行するロボットを公道で走らせて性能を競うというもので、「公道で自律走行させてみたい」という研究者の要望から始まりました。筑波大学を中心にロボット研究者が集まって実行委員会を作り、研究学園駅周辺で今でもコンテストを行っています。あるとき、ここにセグウェイのような搭乗型のロボットを持ち込んだ研究者の方がいて、「これも公道で走らせられないだろうか」というところからパーソナルモビリティに取り組むようになりました。
当時、人が乗ったロボットを走らせることはできなかったのですか。
搭乗型ロボットは「車両」としてまだ認められていないため、道路交通法などの規制に引っかかってダメでした。そこで規制改革が必要だということになり、そのための実験を行えるように内閣府の構造改革特区の認定を受けて、2011年につくばモビリティロボット(※)実験特区になりました。特区の認定を受けるにあたっては、歩行者の移動支援や観光への活用を実験の目的として打ち出しました。
※自律移動、姿勢制御などのロボット技術を活用したモビリティ。
モビリティロボット実験特区ではどのような実験が行われたのですか?
実験にあたっては筑波大学や国立研究開発法人産業技術総合研究所(以下、産総研)、パーソナルモビリティを扱っている事業者と共に推進協議会を立ち上げ、各事業者のパーソナルモビリティをつくば駅や研究学園駅周辺の公道で走らせました。走行実験を行ったのはセグウェイ(セグウェイジャパン株式会社)、ロピッツ(株式会社日立製作所)、ウィングレット(トヨタ自動車株式会社)、搭乗型移動ロボット(アイシン精機株式会社)、マイクロモビリティ(産総研)、マーカス(産総研)、ニーナ(宇都宮大学)などです。
走行実験ではどのような検証が行われたのですか?
「パーソナルモビリティが街を走ることを市民が受け入れてくれるか」という社会的受容性や「観光の際のモビリティとして役に立つのか」という有用性について検証したいと考えていました。ただし、実際の検証内容は事業者によってさまざまです。自律走行するパーソナルモビリティは、その精度を確認するような検証が行われました。
セグウェイに関してはすでに製品化されていたこともあり、シェアリングや観光での活用を模索する実証実験が行われました。これは駅周辺を巡るガイド付きツアーという形で行われ、参加者はセグウェイに乗って観光を楽しみました。一時期はこのツアーがふるさと納税の返礼品になったりもして、遠方からツアーに参加しに来られる方も多かったですね。
検証を通じてどのような成果が得られたのでしょうか?
パーソナルモビリティの社会的受容性や安全性については、街中を走っていると、いろいろな人に声をかけられて自然にコミュニケーションが生まれる等、ポジティブな反応が多く、「問題ない」という結論に至りました。マシンの性能をテストするような研究開発段階の実験でも「大きな意義があった」と各事業者からうかがっています。実験をもとにモビリティロボットの道路使用許可の基準もでき、特区内で実施してきたつくばの取組が全国展開するなど、いくつかの規制の緩和にもつながりました。
また、実証実験中は他自治体からの視察や問い合わせもありました。「セグウェイを観光利用したい」という自治体は多かったですね。その当時は協議会で「モビリティロボットスタートアップ事業」というのを立ち上げて、実証実験で得られた知見を冊子にまとめ、ノウハウの提供もしました。
その一方で、公道での実験走行では「モビリティロボットに乗る際には事故防止などの観点から搭乗者以外に保安要員として同行者が必要」という条件が組み込まれてしまいました。これが足枷となってサービスの社会実装が難しくなりました。シェアリングをするにしても、同行者がいないと乗れないのでは、移動手段として気軽に利用できませんからね。
2019年には、産学官連携による「つくばスマートシティ協議会」が国土交通省の「スマートシティモデル事業」に選定されました。ここでもパーソナルモビリティの検証をされています。
電動車椅子と「歩行者信号情報発信システム(※1)」とを連携させて、安全に運転できるかの実証実験を行いました。
また、パーソナルモビリティを組み合わせた医療MaaS(※2)の実証実験も行いました。つくば市は、つくばエクスプレスの沿線から離れると、高齢化率が一気に上がります。市内に「つくタク」というオンデマンドタクシーを走らせているのですが、利用者のほとんどが高齢者や身体の不自由な方で、行き先のトップテンのうち、5箇所が病院でした。つまり、タクシーを使った移動のニーズとして高いのは「通院」ということで、そこをもう少し便利にしようと取り組むことにしたのです。実験では、自宅から病院まではAIオンデマンド乗合タクシー、病院到着後は診療科まで自動的に運ぶ自動運転パーソナルモビリティを活用しました。
※1 信号機の灯火をカメラで読み取り、路側装置で灯色情報や 残り時間を予測した情報を無線装置で車載装置などへ送信するシステム。産総研が開発。
※2 MaaSとは、バス、電車、タクシー、シェアサイクル等の複数の公共交通機関やそれ以外の移動サービスをITを用いて最適な形に組み合わせて提供するサービス。
同じく2019年には、国内で初めて自動運転による電動車椅子の公道走行を実施されています。
産総研とスズキ株式会社が共同で、電動車椅子「セニアカー」の自動運転の検証を国内で初めて公道で実施しました。その後、電動車椅子を普及させるための経済産業省の実証事業にも参加し、高齢者に電動車椅子を貸し出して「行動変容が起こるかどうか」といったことを検証しました。参加者にアンケートを取ってみたところ、多くの人が外出回数が増え、「将来使いたい」と回答しました。その一方で、約66%の人が「道路交通法の定める上限時速6㎞では遅い」と回答。「これでは自動車や自転車の代わりにならない」との意見もあり、社会実装して普及させるには制限速度を上げる必要性を感じました。
モビリティロボット実験特区に認定されて以来、継続してパーソナルモビリティの社会実装を模索してきましたが、こうした規制の緩和が今後の鍵を握ると思います。
前編