トリ・アングル INTERVIEW

俯瞰して、様々なアングルから社会テーマを考えるインタビューシリーズ

vol.41

雪国だけじゃない! 雪の脅威から身を守る

近年、交通障害や物流障害など大雪による災害やその影響は雪国だけにとどまりません。雪害が増えた一因は「地球温暖化」。現状のまま進行した場合、日本の降雪量自体は減少していくものの、1度に1m以上積もる「ドカ雪」は増加すると言われています。今後さらなる雪の脅威から身を守るために、雪が降るメカニズムから雪への備え、災害に対する心構えまで、「雪」に詳しい方々にお話をうかがいました。

Angle B

後編

温暖化でドカ雪増加? 未来の雪の降り方とは

公開日:2023/1/20

防災科学技術研究所 雪氷防災研究センター

センター長

中村 一樹

「地球温暖化」と聞くと、北極や南極の氷が溶け始めている話を思い出す人は少なくないと思います。実は、日本の雪の降り方の変化も、温暖化の影響を受けている可能性があるのだとか。なぜ、そんな変化が起こるのか、雪の降るメカニズムや今後の予測、さらには雪の持つプラスの可能性について、雪氷防災研究センターの中村一樹さんにお話を伺いました。

日本の豪雪地帯は世界的にも珍しい気候だそうですね。

 世界的に見ると雨や雪が低気圧によって降る地域が多いのですが、豪雪地帯である日本海側は特殊で、大陸からの季節風、つまり西高東低の冬型の気圧配置によって雪が降ります。大陸から噴き出してくる寒気が日本海の暖かい対馬暖流の上を通過すると熱と水蒸気が共有され、雪雲が発生します。それが本州の奥羽山脈や越後山脈などの脊梁(せきりょう)山脈(列島などを縦断または横切り、主要な分水嶺となっている山脈)にぶつかって上昇することで更に発達し、大雪が降るというメカニズムです。こういう場所は世界的にも珍しく、世界有数の豪雪地域となっています。

日本の太平洋側は、南岸低気圧の影響で雪が降るというお話でした。

 はい。東京なんかもそうですね。関東の沖合を南岸低気圧が通過したときに雪が降ります。日本海側と太平洋側とでは雪が降るメカニズムが違うため、雪の質が異なり、降ってくる雪の結晶の形の傾向も違います。いわゆる「雪の結晶」でイメージされるきれいな形をしている結晶や、グラニュー糖のようにサラサラしている雪の結晶は太平洋側に雪をもたらす低気圧の雲からの降雪に多く見られます。これらの結晶は脆く崩れやすい雪の層を作ることが多く、傾斜地では雪崩が起きやすくなります。冬型の気圧配置による日本海側の筋状の雲からの降雪は、上空で雲の粒をたくさんくっつけて降ってくることが多いので、きれいな結晶にはなりにくく、積もると比較的丈夫な雪の層になります。新潟など北陸地方では0℃前後で降るケースが多いため水分が多い分重くなり、除雪作業も大変です。雪質の違いで、災害の傾向も変わってきます。

近年の日本の雪の降り方の傾向を教えてください。

 ドカ雪が多いように見受けられます。2015年12月から2021年3月までの6冬期において、24時間降雪量が過去最大を更新した地点は全国60箇所以上にのぼり(アメダスによる観測情報)、毎年のように大雪による災害が発生しています。一方、日本全体の傾向として、年最深積雪深は減少する傾向にあります。積雪は減っているのにドカ雪は増加という、極端な雪の降り方になってきているように思います。

地球温暖化の影響でそういう降り方になってきたのでしょうか。

 気象庁と文部科学省が発表している『日本の気候変動2020』に将来の予測が示されていますが、そこでは21世紀末の世界平均気温が工業化以前と比べて4度上昇するシナリオだと、降雪期間が短くなり、北海道の一部を除いて降雪量も積雪深の年最大値も約7割減るとしています。しかし、本州山岳部や北海道内陸部で10年に1度の大雪が発生する確率は増加する可能性があるとしています。また、気温が2度上昇するシナリオの場合は、積雪深の年間最大値、降雪量は約3割減少するだろうとしています。

21世紀末の予測(出典:文部科学省及び気象庁『日本の気候変動2020』)

雪が減るのに、ドカ雪は増えるというのは不思議な感じです。

 気温が上がっても一定温度以下なら雪は降ります。また、気温の上昇は海水温の上昇や海水の蒸発を促しますから大気中の水蒸気量が増加し、より多くの雲を発生させることになります。また、空気が暖かいほど多くの水蒸気を含むことが出来るので、雨か雪かの境目ぐらいの気温で大雪が降ることになります。その結果、一度に降ると、ドカ雪で災害となるような地域が出てくるのです。

とても寒い地域や時期と、辛うじて雪が降る地域や時期に対する地球温暖化の影響の違い(北海道大学大学院地球環境科学研究院 山中康裕教授 提供)

雪が減るなら、今後は雪氷災害も減りますか。

 そうともいえません。気温が上昇すると雪の質が湿って重たい雪になります。こうした雪は、信号機に付着して交通を妨げますし、電線への着雪や樹木への着雪による倒木による電線切断や、鉄塔倒壊が生じ大規模な停電を引き起こします。さらに、落雪の原因にもなりやすい。これまでの寒い状態で生じる雪氷災害とは違う種類の湿った重い雪による雪氷災害へとシフトするとは考えられますが、災害自体が減ることはないでしょう。逆に、これまで雪氷災害とは無縁だった地域で起こるようになるかもしれません。基本的に、気温が上がるほど大気中に存在できる水蒸気の量が増えますので、大雨や大雪が降るポテンシャルは高くなります。今後は、気圧配置や水蒸気量、そして地形との関係をより細かくみていかないと、災害の予測が難しくなっていくでしょう。

これからも雪氷災害が減らないとなると、長い目での対策を考えることが必要になりそうです。

 雪氷災害は生活に密着しているため、高齢化や人口減少の影響を直接受けやすくなります。住民が高齢者ばかりで、自分たちでは雪下ろしが難しいという集落はすでに珍しくありません。そこで、複数の集落が協力して雪下ろしをするなど、自治体としてどうカバーしていくのか、都市計画も雪氷災害の影響を踏まえて考えていく必要があるでしょう。

スキー場がある地域のように、雪が降らないと困る自治体もあります。

 スキー場だけでなく、観光資源として雪の果たす役割は大きいです。たとえば、私が参画した北海道のトマムのプロジェクトでは、氷で造ったドームや雪や氷を活用したワークショップなど、産学官の連携により雪氷の魅力を伝えるイベントをいろいろ開催していました。コロナが終息していけば、インバウンドの誘致においてもプラスになるでしょう。雪は都市計画につながる現象なのですから、プラスの側面もきちんと評価できるように、可視化、定量化をしていかなければならないと考えています。

2011年から5年間ほど北海道大学と星野リゾートトマムが連携して実施した「氷のラボ」。北海道大学の大学院生や研究者等の雪氷に関する研究成果を観光客や地元の子どもたちに伝える取組で、雪について学ぶだけでなく、雪結晶のレプリカを作成してストラップにする体験など雪の魅力を訴求するイベントも行われた(写真は中村氏提供)。

近年では、エネルギーとしての雪の活用も検討されているとか。

 冷熱利用という意味では、すでに実用化されている取り組みがあります。要するに、雪の冷たさをクーラー代わりに使おうというものです。
 雪の活用というのは古くて新しい課題であり、昔の人もけっこう考えていました。現代では邪魔者扱いされることが多く、河川敷に持って行って捨てられることがほとんどの雪ですが、それだけではもったいない。当センターでは次期プロジェクトにおいて、雪のプラスの側面の可能性も探っていきたいと考えています。

中村さんは、なぜ雪氷災害の研究をするようになったのですか。

 もともと北海道出身なので、雪の楽しさも大変さも自ら経験しているうちに、自然に興味を持つようになりました。大学院では北極や南極のアイスコア※について研究していました。その後、民間企業で環境調査、日本気象協会北海道本部で気象・雪氷・水文調査や天気予報などに携わりました。
 当時、強く感じたのは、雪氷災害防止のための情報を発信しても、残念ながら被害は生じてしまうということです。ただ情報を発信するだけでなく、人々の行動につながるようにするにはどうすれば良いかを考えるようになり、雪について知ってもらうための活動を行うようになりました。すると、雪の災害の発生メカニズムについて解明されていないことがいかに多いかに逆に気付かされ、ますます研究にのめり込んでいきました。
 ※南極や北極の氷床は何十万年も前からの雪が積もってできているため、これを調べることで気候・環境変動のメカニズムを解明し、今後の地球環境の予測に役立てることができる。

トマムの産学官の活動なども、雪や氷を楽しんでもらうことで理解を促すということなのですね。

 雪国の人はどうしても除雪や屋根の雪下ろしなど雪の負の側面ばかり捉えがちです。生活に関わる問題なので仕方ないのですが、お酒作りに雪氷熱※を利用したり、甘みを増すために雪の下に野菜を保存したりと、昔からさまざまな形で雪の活用もしています。雪にはプラスの側面もあるということをもっと「見える化」していきたいです。雪って専門家でもわからないことが、まだまだ多いんですよ。研究を進めれば、まったく新しいプラスの活用法がみつかるかもしれません。
 ※冬の間に雪や氷を冷蔵庫などに貯蔵し、冷熱が必要となる時季に利用するというもの。

最後に、私たちが雪と上手に付合っていくためのコツを教えてください。

 雪が降り積もるということは、地域にとって悪いことであると同時に良いことでもあります。災害を引き起こす一方で、スキーやスノーボードも雪まつりも雪なしには楽しめない。子どもたちには雪合戦や雪だるまづくりといった遊びを通して雪の魅力を理解してもらいつつ、その危険性もまたしっかり学んでもらいたいです。雪氷災害はしなやかにやり過ごしながら、雪の利点を生活に取り入れた豊かな暮らしを実現できるように、私たちもお手伝いできたらと思います。

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