トリ・アングル INTERVIEW

俯瞰して、様々なアングルから社会テーマを考えるインタビューシリーズ

vol.10

旅行しない若者たち

2018年、訪日外国人観光客(インバウンド)数はビザ緩和などの効果により3,000万人を突破したが、日本人の海外旅行客(アウトバウンド)数は1,895万人と過去最高を記録したものの、訪日外国人観光客数と比較すると、まだまだ少ないと言える。特に若者の出国者数は人口そのものの減少に伴って、ここ20年で33%減少している。若者たちはなぜ外国へ行かなくなったのだろうか。この問題の背景と解決に向けた方策について探る。

Angle C

後編

「ニッチ」つかめば「イイね!」広がる

公開日:2019/9/20

東洋大学国際観光学部

教授

森下 晶美

今どきの学生は、かつてよりも忙しくなっていると森下教授は指摘する。さらに学生の高い関心を集めているのは就職活動で、なかなか「海外旅行」の優先順位を上げることは難しい。一方、海外旅行低迷の主因を学生側だけに求めるのではなく、旅行業界の提案方法にも課題があるとの持論を展開する。若者が旅行に対して求める考えも変化しており、観光業界にも柔軟な対応が必要だと訴えた。

就職活動が海外旅行より重要ということですか?

 特に男性ですね。学生に限らず、男性の出国理由はビジネスで多く、レジャー目的は女性が多いという傾向はあります。男性は仕事優先なのでしょう。学生でいうと「就職活動」は大きな要素です。最近、出国者数が増えているというのは、就職戦線が売り手市場に変わっていて、学生が楽観的になっているからです。海外旅行者数は雇用と大きく関係しています。学生は自分の就職活動で不安材料を抱えていると、海外旅行には行きません。今は学生の売り手市場ですから。「まあ何とかなるでしょう」ってところですよね。明るい展望を持っている人が多いので旅行も増えています。
 あえて言うと、就職優先で縮こまらずに海外に行くべきです。社会で必要な緊張感というのは、就職後に否が応でも出てきます。耐性も後からついてきます。それより海外旅行で違う価値観があるということに対するアレルギーがなくなる経験は貴重です。社会人として、ビジネスをする時などに、日常的に価値観の相違による摩擦があるはずです。海外にいくと日常的に起こりますよね。世界を舞台に生きていかなければならない若い人たちです。若い人たちにはシビアな時代に、海外経験は生きてくるはずです。

海外旅行へ行く若い人たちの特徴は?

 「インスタ映え」志向は強いです。現地で写真をとって「私こんなに充実しているの」という「リア充」ってことですね。特に女性がその傾向が強いです。ハワイでもそうです。彼女らは路線バスを乗り継いで、崖のようなところにいき、撮影を楽しみます。崖を背景に撮影すると、崖からぶら下がっているように見えるからだそうです。
 また、例えば目の前にきれいな夕日が水平線へ落ちていくシーンがあるとしますよね。もちろん写真を撮ります。私なら写真を撮ったら、あとは地平を落ちていく太陽を見つめます。でも若い人たちは、スマホ画面ばかり見ています。学生にこうした懸念はありますが、それは海外旅行の一場面に過ぎません。きっと若い人なりに、多くを吸収しているはずです。海外旅行の果実は少なくないはずです。

旅行業者の対応に問題はありますか?

 若者に数あるレジャーから海外旅行を選んでもらえるように、工夫すべきでしょう。これまでの海外旅行のPRは「皆が行きたいはず」ということが前提となっていました。でも本来「海外旅行に行かないのか?」という質問は、「なぜ野球に行かないのか?」と同じはずです。「関心ありません」と言われたらおしまいです。そこから勝ち残っていくために、楽しさをアピールし、具体的な魅力を訴えていかねばなりません。でも今でも何が楽しいのか、ということをしっかりときちんと見せていないですよね。例えて言うなら、今まで観光業界は、「我が国には富士山があります。どうか見に来てください」というPRしかしてきませんでした。でも、富士山ならトレッキングができます。キャンプができます。湧水でこんなふうに遊べます。そういう「コト消費」を提案すべきです。「私にとって何が楽しいのか」という提案をすべきです。従来のような見せ方だと、他の楽しみに時間とお金をとられてしまいます。テーマを絞れば絞るほど「私は興味がない」とういうことは起こります。マス(多数)ではなくなります。しかし逆にニッチな部分がしっかりと受け入れられることで、派生していくことは起こりえます。それはSNSの力です。誰かが「これいいよね」と言い始めると、始まりはマニアックであったりしても、一般化していく現象が起こります。関心が絞られた一部の人にガッチリ受けるようなコンテンツを提供していくことが大事な時代なんです。

【1人あたりの海外旅行回数。日本は主要国・地域の中でも少なさが目立つ】

※観光庁資料より

お客を連れて行くことしか考えていないからですか?

 そうではありません。先行する世代が、海外旅行ということで飛びつく世代だったからです。世代は変わっているが、業界の思考が変わっていません。若い人たちに、数ある選択肢の中から選んでもらうためには、より深い分野の部分にいく必要があります。歴史や文化などの背景を深い形で紹介していかないと。私は旅行会社出身だから分かりますが、いまだになかなか旅行業者の思考は変わっていません。まずは考え方のスタートラインとして、海外旅行は行きたがるものだ、皆が行きたいものだという考えを捨て去った方が良いでしょう。
 それと社会全体で海外旅行に対する評価が低いことも問題でしょう。海外への旅行や留学を企業が必ずしも高く評価しません。海外経験があれば、思うような仕事に就けるのなら、皆絶対に海外へ行きますよ。でも現実は、お金と時間をかけても、その先に何につながるのかが日本社会では見えてこないのです。今の大学生はそれを理解しています。学生はホントに忙しいんです。半期で1科目15コマ出席し、レポートを提出しています。私たちが学生のころは、出席も評価も緩かったのですが、今は全く環境が違います。彼らはホントに勉強しています。更に3年生になるとインターンシップに参加します。企業が求めているので。更に生活のためにアルバイトを必死にやっています。就職活動で評価されるためにサークルもしています。その中で海外旅行や留学をするという決断は、なかなかできないということです。
 学生生活は窮屈になっているとも言えます。だからこそ逆に、日本の外に出れば緩い国があるってことを体験してほしいです。南国に行けば、働き盛りの男性が昼間からたばこを吸って雑談して過ごしている場面にも出合うでしょう。それでも楽しそうに生きています。自分を客観的に見つめ直すためにも、色々な価値観に触れる機会は大切です。(了)

 旅をすることに対して、社会的な評価を高めていく必要性を訴える旅作家のとまこ氏。 
 スポーツ観戦や音楽など自分の趣味と旅との動機付けを提案するダイヤモンド・ビッグ社の奥健氏。東洋大学の森下晶美氏は、旅行業者も若者に数あるレジャーから海外旅行を選んでもらえるような工夫をすべきだと指摘する。
 次回のテーマは「空飛ぶクルマ」です。これまでは映画の中での想像の乗り物と考えられていましたが、情報技術の進化などから、実用化に向けて各国で新興企業を中心に開発競争が急展開しています。新たな乗り物としての可能性について考察します。(Grasp編集部)

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