トリ・アングル INTERVIEW

俯瞰して、様々なアングルから社会テーマを考えるインタビューシリーズ

vol.5

"データ大流通時代"、オープンデータは起爆剤となるか?

官公庁が保有する気象や地理空間データなどのビッグデータをオープン化する動きがある。こうした動きは、新たなビジネスの創出や人々のくらしの快適性や経済活動、社会活動を飛躍的に向上させる起爆剤となるか。自動運転、MaaS、建設分野のIT化、物流革命などへの活用等、オープンデータの促進が社会、経済、産業にもたらすインパクトやビジネスチャンスについて識者に聞く。

Angle B

後編

生活を豊かにする地理情報

公開日:2019/4/9

東京大学空間情報科学研究センター

特任講師

瀬戸 寿一

地理的・歴史的な多くの情報を集めデータとして管理し、デジタル地図上に表現したり分析できるのが地理情報システム(GIS)だ。ただ専門家が作るだけでなく、一般の住民や自治体にも参加してもらうことに意味があると東京大学空間情報科学研究センター特任講師の瀬戸寿一氏は強調する。オープンデータを活用した地理学が、新たな“参加型GIS”の扉を開いた。

“参加型GIS”とは、そもそもどんなものですか。

 「地理学やGIS研究では、膨大な地理情報をわかりやすく整理・体系化して表現するのがポイントです。そういうデータや技術を使って、地域政策やコミュニティの運営の意思決定を支援するのが参加型GISの肝になります」
 「たとえば自治体が、立地適正化計画や都市計画を策定します。計画を立案する時には、住民と行政が協働しなければいけません。その時に具体的なツールとして使えるようにするのは参加型GIS研究の柱のひとつです。さらに、私たちのような専門家がお手伝いできないようなケースでも、地域の人たちが自分たちの手で地元の施策を考えられるようにしたいと考えています」

デジタル情報が準備できれば、町おこしの種が作れるということですね。

 「研究で集めた空間情報や分析結果をできるだけ提供することで、地域の人たちに自分のこととして考えてほしいというニュアンスがあります。研究成果の社会還元です。私たちが分析した成果はあくまでひとつの考え方に基づく形ですが、それを使って未来の街のあり方を住民や自治体が考えると別の見方があるかもしれない」
 「たとえ高度な知識がなくても、自分たちの街のことなので地図を使って考えることができると思います。データをどう解釈するかという教育の部分もセットになった取り組みが有用かもしれません。それに加えて、研究にも使えるようなデータや知見の収集を地域の人たちと一緒にやれれば面白いなと考えました」

具体的には何をしていますか。

 「OSM(オープンストリートマップ)の活動の他に、『アーバンデータチャレンジ』という年間を通じた、データを使った地域課題解決をテーマにしたコンテストを多くの有識者の協力を得て実施しています。オープンデータの環境が整いつつある中で、出てきたデータを市民がどう使えばいいのか。あるいはデータのない地域では、その集め方や使い方が分からない。だったらデータ利用のノウハウや、簡単な地理情報プログラミングの仕方なども含めて全国で普及活動をしようということになりました。2013年に始めて今年で6年目になります。作品を作って表彰して終わりではなくて、データを使いこなすためのコミュニティ、すなわち地域拠点を全国各地につくっていきたい。少なくとも都道府県に1拠点ずつ作ろうという運動を続けてきました」
 「コンテストとしては、4-5月に地域拠点の公募を広く呼びかけて、立候補したところに活動計画書を書いてもらい、拠点に選ばれたコミュニティには、活動に対する若干の資金や人的・技術的な支援をおこない、1年間を通して活動してもらいます。例えば活動の中には、街歩きやマッピングパーティなどの地理情報を集めるものもあれば、オープンデータを活用するハッカソン(アプリケーションの短期開発イベント)もあり、そこでできたアプリケーションを1年の最後の最終審査に応募してもらうこともあります。オープンデータを使って街の課題を解決しようという地域組織が、そうした拠点から立ち上がってくるようになってきました」

専門家から見て、成果はありましたか。

 「初期の事例ですが、子育てに関する情報と保育園マップを子育て中のお母さんが自分たちで作ったのは印象的でした。保育所の場所だけではなく、どういう時間帯に預けられるのか、どのくらいの人数を募集しているのか。さらに子育て期の家族が利用できる施設やイベント情報を地図にヒモ付けたアプリケーションでした。当時私はまだ子育ての苦労をよく分かっていなかったので、地図情報にこんな使い方があるのかとびっくりしましたが、都市部での待機児童問題が深刻化し、必要性を痛感しました。」
 「保育園の情報は多くの自治体が公表しています。ただ名称と住所のリストで示されても、その土地に転勤したばかりの人だったら距離感が分からない。自宅や職場を中心に、自分が移動することをイメージするには地図やデジタル情報と結びつけないと難しいんです。公共施設なども同じですけど、分かりやすく表現できるのが地図に示すことの大きな特徴です」

【都市計画情報にも注目】

「もっと皆で地図を作り、便利に使う社会に」

社会一般で、GISがビジネスに使われるようになったなと感じることがありますか?

 「収益モデルはよく理解できていない部分も多いのですが、乗り換え案内型のアプリケーションに代表される移動支援サービスは、今後期待ができると思います。目的地までの移動経路や交通手段を複合的に検索して、現在地から主要施設までの最適なルートや所要時間を具体的に示すだけでなく、広告と連動して周辺のお店をリコメンドするのは、地理情報の身近な利用の一例で、都市部だけでなくどの地域でも必要になるからです。」

地理学は学際的で、多くの要素があるのですね。

 「英語圏の大学では建築や都市工学、情報分野と地図を使いながら一緒に研究するスタイルが多いと思います。したがって学問的にも、まだまだ可能性があると思っています。例えば災害時に人がどこに避難し、普段とは異なるどこに滞留するかをリアルタイムに把握し予測するという研究が代表例でしょうか。携帯電話の位置情報などをもとに、もっと空間的に精度の高い研究が必要になるでしょう」
 「未来の予測というのも、どれだけ可能かは分からないけど情報工学の力を借りながら地理学の研究テーマとしてはチャレンジングで面白そうです。その場所が将来どうなっていくかを過去の災害や気候変動、さらに人口減少などの社会的要因で解き明かせないか。地域特性の違いや得られるデータの精度、解析するハードウェア側の能力などの課題もありますが、興味深いです」

研究をする上でオープンにしてほしい公的な情報はありますか。

 「挙げればキリがありません。ミクロな情報でいうと、自治体が持っている都市計画に関する詳細な情報です。都市計画基礎調査というのが5年に1回ぐらいあって、どのくらい建物があって用途は何か、建築年代がいつのなのかという情報が詳細にデータ化されています。市町村単位で調査され県ごとに集約されている情報です」
 「これがより手軽に入手できれば、ミクロな単位での街の分析に役立ちます。建築年代や建物の用途の情報は、都市計画や災害の研究にも役立つだろうし、空間的な位置に付帯される情報の質が上がってくる可能性があります。欧州では建築年代の情報がオープンデータ化されている事例もあります。ただ、建物単位の詳細情報をつきつめると個人情報に該当する場合もあるので、オープンデータ化する場合でも、建物単位での提供が難しい場合は、メッシュ状に集計するなど工夫する余地はあるのではないでしょうか。ハザードマップ
の情報も、閲覧するだけでなく、他のGISアプリケーション上で異なるデータを組み合わせて分析できるように、もっとデータをオープンにしてくれるといいなと思ってます」

データ社会の進展に、どんな期待をされますか。

 「国が法整備をして10年以上たちます。デジタル地図そのものは、生活の中でも一般的になりました。しかし『地図を使う』ことに対してイメージが持てなかったり、その活用方法を社会に流通させる仕組みは、まだまだです。もっと皆で地図を作り、便利に使う社会になるよう興味を持ってもらいたいです」(了)

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