トリ・アングル INTERVIEW
俯瞰して、様々なアングルから社会テーマを考えるインタビューシリーズ
vol.2
シェアリングは、経済成長の切り札か?
民泊、カーシェア、空き駐車場時間貸し、等、スマートフォンやインターネットのマッチングサービスの進展でシェアリング経済が進展している。カーシェアで車を所有する必要がなくなり、消費者の保有・利用コストは大幅に低下する。駐車場を使わない時間をタイムシェアできれば、収益改善に役立つし、都心の駐車場スペースは劇的に不要になるかもしれない。このようにシェア経済は、総資産回転率を高め、いままで無駄になっていたものから、付加価値を生む「打ち出の小槌」となり得る。他方、モノの生産と消費を通じた経済成長を抑制する可能性もはらむ。我々は、シェアリングビジネスにどう向き合っていくべきなのか。
後編
「共有」が創る新たな社会
公開日:2018/12/21
慶應義塾大学大学院
教授
中村 伊知哉氏
後編
シェアリングエコノミーが広がっていくとき、懸念されるのは、これが日本の経済発展につながるものかどうか。マイカーを持つ満足感やマイホームへのあこがれがなくなると、消費が減退して経済がシュリンク(萎縮)してしまうのではないか。この点について、慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科教授の中村伊知哉氏の意見は意表を突く。
シェアリングエコノミーは将来の日本の経済発展につながりますか。
「難しい質問ですね。社会が活性化することは間違いないです。しかし国内総生産(GDP)の押し上げ効果があるかどうかは疑問です」
「人工知能やロボットが普及すると、人々の仕事が奪われると心配する人がいます。そうでしょうか。僕は、大変な仕事を機械がやってくれたらうれしい(笑い)。皆がヒマになります。つまり“超ヒマ社会”です。仕事がなくなって、9割の人が失業するというのは現実的ではありません。仕事をシェアして、1割だけ働いて9割遊ぶ。働き方のシェアリングです。その時に余った時間で何をするか。『働き方改革』ではなく『遊び方改革』の方が必要なんです、本当は」
経済発展は必要ないと?
「経済は成長しなくとも生活者の利便性が高まります。モノを買わなくても豊かさを感じられるようになります。すでに、そういう社会が始まっているのかも知れません。経済学でいう“消費者余剰”(消費者が製品・サービスの購買に支払った金額以上の便益を感じられること)です。こうした消費者の利益はGDPでは把握できません。何らかの計測の方法があるのか、そこのところはまだ、よく分かりません」
「ITの発展は社会の構造を変えます。ブロックチェーン技術では、中央に位置する決済機関がなくても個人間で信用が成り立ちます。いまの世の中では、巨大なITサービス会社とか大手の通信販売事業者が社会の中心的なプラットフォームとして機能しています。シェアリングが発展し、本当の意味で個人間取引が生まれれば、プラットフォームをなくせるだろうと思います」
政府が景気刺激策に困りそうです。
「“柔らか頭”の行政が求められますね」
中村先生は、2020年に設立計画中の「i専門職大学」の学長に就任され、学生に創業教育をされる構想をお持ちとお聞きしてます。起業家を志す人にとって、シェアリングという社会環境はプラスでしょうか。
「開学したら、学生全員に起業をさせるつもりです。日本には多くの社会課題がありますから、それを解決する方法をそれぞれに考えてもらいます。シェアリングエコノミーは“プチ起業”の役に立つでしょう。昔は脱サラしたら、とりあえずラーメンの屋台をひくことを考えました。今は、その代わりにシェアリングという手法があると思えばいいのではないでしょうか」
「ちょっと脱線しますけど、いま中国で流行している新たなシェアリングは『おうち御飯』なんだそうです。自宅の食事を第三者にふるまって、対価を頂く」
【中途半端なプロはいらない】
料理自慢の人なら、お金を借りてカフェを開店しなくても小さなビジネスができるわけですね。観光地なら地元の料理を味わう新たな名物になるかもしれません。
「お隣の夕ご飯のメニューって、なんか興味ありますよね。わずかな手間で小さなビジネスが出来る。収入はあってもGDPには計上されない。料理をほめてもらえたらシェアする人もうれしい。こういうのもシェアリングエコノミーの、ひとつの形だと思います。いずれ、もっと新たなサービスが出てくるでしょう」
そういう社会になると、プロの事業者はどうなるのでしょう。
「本当のプロは、今まで通りしっかりやればいいのです。プロにしか出来ないことはあるし、その需要もなくなりません。苦しむのは中途半端なプロです」
これまでプロが提供してきたサービスの一部がシェアリング事業者に置き換わって、サービス品質が維持できるでしょうか。また品質向上にはどうすべきでしょうか。
「そこは競争でしょうし、プロには不可能な新たなサービスが生まれるかもしれません。あと利用者がしっかり意見を言って、良いサービスを促すことも大事です。シェアリング事業者にも守るべきガイドラインがあると認知してもらうよう、行政が働きかける必要もあるでしょうね」
「シェアリングエコノミーは地域とも親和性があります。将来は全国均一サービスが登場するかも知れませんが、最初は地域ごとに、さまざまな事業者が生まれてくるでしょう。それぞれの地域で活性化の道を探ってほしいです」
未来の社会は、ずいぶん変わりそうですね。
「僕は『シェアリングとはひとつの思想』だと思っているんです。所有することを離れて共有するという、価値観の転換です。すでに、そんな時代が始まっています」(了)
後編