トリ・アングル INTERVIEW

俯瞰して、様々なアングルから社会テーマを考えるインタビューシリーズ

vol.48

気象データを制すものがビジネスを制す!?

「気温25度以上になるとビールやアイスクリームが売れる」「鍋が食べたくなるのは気温18度以下」。そんな話を聞いたことはありませんか。普段の生活でも、天気予報をチェックして服装を考えたり、傘などの持ち物を決めたりと、私たちの行動は思っている以上に天気や気温などに影響され、気象データに頼っている部分があります。2021年には、こうした気象データを分析し、ビジネスに活用するスキルを修得する「気象データアナリスト育成講座認定制度」がスタート。今回は、気象がどのように私たちの生活に関係し、気象データがどのようにビジネスに貢献できるのかを紹介したいと思います。

Angle C

前編

天気予報だけじゃない! 気象データの新たな活用法

公開日:2024/2/9

気象庁 情報利用推進課

気象ビジネス支援企画室長、課長補佐

竹内 綾子、 岡部 来

雨が降れば外出を控え、寒くなれば温かい飲食物が欲しくなるように、気温や天候によって人々の行動は変化します。そこで近年、気象データを需要予測やリスク回避に活用しようとする動きが、さまざまな業界において本格的にスタート。労働人口減少による人手不足や働き方改革を背景に生産性向上が求められる昨今、気象データによってビジネスはどう変わるのか、気象庁情報利用推進課の竹内綾子さん、岡部来さんにお話を聞きました。

お二人が所属されている情報利用推進課の役割について教えてください。

岡部:情報利用推進課では気象データを活用した企業活動が適切かつ盛んに行われるように、大きく2つの役割を担っています。1つは予報業務許可制度の運用です。天気予報には気象庁発表のもの以外に、民間の気象情報会社が独自に発表しているものもあります。技術的な裏付けのない情報発信による社会的混乱を防ぐため、民間の気象情報会社が独自の予報を発表する場合には気象庁の許可が必要であり、その審査をしています。
 もう1つの役割は、気象情報やデータの利活用推進です。そのための施策の立案などを行っています。

気象データとは、そもそもどのようなデータを指すのですか。

岡部:気温や降水量、天気、湿度、気圧、日照、風速、風向などの大気の状態や海面の水温、海流などの状態もひっくるめて気象データと呼んでいます。これらは気象衛星ひまわりをはじめ、さまざまな観測機器から取得しており、天気予報のもとにもなっています。気象庁では、これらのデータをスーパーコンピュータで分析し、さらに予報官の知見も加えて天気予報を発表しています。
 こうした気象データをビジネスシーンにおいて利活用推進を図ることで、経営の効率化、最適化を図っていただき、この国の経済成長につなげていきたいと考えています。

ビジネスシーンで気象データはどのように活用されるのでしょう。

竹内:例えば、食品、飲料、衣料品などは「気温に関係がありそうだな」というのが肌感覚として理解できると思います。実際に相関関係がある商品なら、過去の気象データから「気温が何度以上なら、この商品がこれだけ売れる」といった需要予測を行うことが可能です。
 需要予測に応じて仕入れ量や人員配置を最適化できるので、廃棄ロス・機会ロスの削減、生産性の向上、さらには従業員のワークライフバランスの充実といったところにもつながっていきます。製造・流通業界では、気象データの活用による需要予測で、年間約1800億円の経済効果がもたらされると推計されています。

需要予測ができるとなると、広告戦略にも活かせそうです。

竹内:気象データを利用したモバイルサービスに、その日の天気や気温の変化に合わせて、ユーザー好みの服装コーディネートを提案してくれるというものがあります。アパレルブランドはこのサービスと提携することで、コーディネートに自社ブランドの商品を表示し、ECサイト(※)へ誘導することが可能になります。また、乗換案内アプリに表示される広告に関して、位置情報と気象情報を連動させる取組もあります。ユーザーが雨の降っているエリアにいるなら雨の日限定特典の広告を配信したり、気温が一定の値を超えるエリアにいるユーザーには冷たい飲み物の広告を配信したりというものです。いずれのサービスも気象データを活用したプロモーションにより、気象に応じて変化する消費者のニーズに的確に届けることができるようになっています。
 ※「Electronic Commerce site」の略。インターネット上で商品を販売するウェブサイトのこと。

岡部:リスク回避のための使い方も気象データに求められている役割です。例えば、大雨や大雪で交通機関を止めなければならないとき、気象データを使うことで早め早めの判断ができ、事故を減らすだけでなく、社会の混乱を小さくすることができます。ほかにも高所作業などの危険が伴う仕事では荒天の情報を早めにキャッチすることが大切ですし、洪水や土砂崩れの恐れがある工事現場でも気象の状況を把握しておかなければ、災害に巻き込まれる恐れがあります。

気象データを活用し、その日の天気に合うコーディネートをおすすめするサービス『TNQL』(株式会社ルグラン)。

農業や漁業でも活用されているのでしょうか。

竹内:農業では、気象災害を軽減するための早期天候情報や作物の発育予測、施肥の適期・適量といった栽培管理に役立つ情報を作成・配信するシステムで気象データが活用されています。
 漁業では、海洋気象情報を活用し、最適な漁場をAIが予測してくれるサービスがあります。これはベテラン漁業者の経験、技術、勘をデータ化したもので、人材育成や後継者不足に対する解決策になることも期待されています。

漁業者の過去の操業日誌データを集積し、海洋気象情報とのAI解析を行うことでベテラン漁業者の勘やノウハウをデータ化したサービス『トリトンの矛』(オーシャンソリューションテクノロジー株式会社)。

「予報業務許可制度の運用」が情報利用推進課の主な仕事の1つとのことですが、2023年に気象業務法が改正されました。

岡部:改正に伴い、予報業務許可制度が少し変わりました。これまでは、民間の気象情報会社で高潮、波浪、洪水、土砂崩れの予測をする際には、気象予報士の設置が義務付けられていました。しかし、技術の発達によって、これらの現象をコンピュータシミュレーションで精度よく予測できるようになりましたので、気象予報士の設置ではなく、予測技術そのものを国が審査して許可する形となりました。このため、シミュレーションの入力となる気象の予想を自らせず、気象庁や気象の予報業務許可事業者等から入手した予想を利用すれば、気象予報士を置かずともコンピュータシミュレーションのみで予報を出せるようになりました。これにより、技術を持つ予報事業者が許可を受けて予報を提供し、土砂崩れや洪水のリスクがある企業の事業所などで被害を低減・回避するためにこれらの予報の活用が広がると期待しています。
 また、これまでは、予報業務に使う気象観測機器は検定を受けている必要がありましたが、検定を受けていない機器で観測されたデータであっても、気象庁長官の確認を受けた場合には「補完的に予報に使ってよい」という形に変更になりました。気象観測機器も日進月歩でより良いものが生み出されています。検定を受けていない機器も使えるようにすることで、気象データ利活用の裾野を広げていきたいと考えています。

気象データ利活用推進に向けた今後の取組について教えてください。

岡部:気象庁では一般財団法人気象業務支援センターを通して事業者に気象データの提供を行っています。現在はこの気象業務支援センターからオンラインでデータを送信する形式になっていますが、2024年3月からクラウド技術を使うことによって、気象庁の中での利用にとどまっていた大容量のデータも提供できるようになります。
 ただ、「気象データの活用」と聞いても、「何に使えるのかわからない」「どう使えばよいのかがわからない」という事業者の方が多いのも、残念ながら事実です。まずは、彼らの理解を深めることが先決です。セミナーを通じたビジネスでの活用事例の発信や、気象データ活用の専門的人材の育成に力を注いでいきたいと考えています。

※気象データ高度利用ポータルサイト
https://www.data.jma.go.jp/developer/index.html

プロフィール (写真向かって左から)
おかべ・らい 気象庁情報利用推進課課長補佐。2006年入庁、地震や海洋の関連部署、文部科学省研究開発局地震・防災研究課への出向、内閣府防災担当への出向を経て、2023年より現職。
たけうち・あやこ 気象庁情報利用推進課気象ビジネス支援企画室室長。1993年入庁、天気予報、気候変動や温室効果ガスの解析などに携わり、2022年より現職として気象データのビジネス活用を進めている。
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