トリ・アングル INTERVIEW
俯瞰して、様々なアングルから社会テーマを考えるインタビューシリーズ
vol.7
どうする? 通勤ラッシュ
都市圏の「痛勤」ラッシュは、ビジネスパーソンたちを悩ませ続けてきた。充実した鉄道網、複雑なダイヤのもと効率的に運用されている都市鉄道だが、通勤時間帯の混み具合は依然として大きな社会問題であり続けている。人口減少が見込まれる中、輸送力増強に向けた大幅投資も簡単ではない。最近は、訪日客の増加や、「働き方改革」による通勤時間帯の多様化などの変化もみられる。また東京の一極集中はさらに進んでおり、解決の道筋は見えてこない。鉄道側の対応に加え、個人の生活スタイルの見直し、都心部での住宅立地など、各方面の幅広い取り組みが求められそうだ。「ラッシュ」の今を識者に聞く。
後編
快適な職場環境づくりが通勤を変える
公開日:2019/6/28
国土交通省
官房長
藤井 直樹
後編
日本の都市鉄道は、利用者から求められるサービスの質もハイレベルだ。混雑や遅延に対する厳しい評価もあるが、そのような中でサービス向上を続けてきただけに、その質は海外に比べて劣ることはないと藤井官房長は指摘する。その話は、利用者側(需要側)の変化にも広がる。
海外と比べて、日本の都市鉄道はどう見えますか。
私はロンドンやボストンで通勤・通学を経験しましたが、一言で言うと、鉄道を利用する人の数が全く違います。我が国の都市鉄道サービスは、より多くの人向けのシステムだと言えると思います。例えば、自動改札ですね。乗車券として使われている「Suica(スイカ)」や「PASMO(パスモ)」などの非接触型ICカードはFeliCa(フェリカ)と呼ばれる方式で、改札機のカードリーダーへ素早く反応します。
たとえばJR東日本の新宿駅は乗車人数だけで一日80万人近くの人が利用していますが、このレベルでのスピード感がないと、改札口で渋滞が発生してしまいます。
また、特に大都市圏での比較となりますが、我が国の鉄道が海外の鉄道と際立って違っているとすれば、それはビジネスとして成立しているということです。日本の大手私鉄は上場企業が大半で、毎年利益を計上し、損失を公的に補填(ほてん)するようなことはありません。海外の鉄道関係者が一番驚くのは、「どうして日本の鉄道はそんなに儲かるのか」という点ですね。特に大手私鉄は、昔から鉄道以外にも百貨店を経営したり、沿線開発を行ったりして、鉄道の有する集客力を活かしながら、幅広い分野で収益を上げ、地域でのブランド力を培ってきています。最近は沿線以外でのホテルの展開も盛んですね。JRも民営化に伴い、大手私鉄と同様の取り組みを進めるようになりました。最近ではJR九州が目立っていて、同社は九州エリアにおけるマンション供給戸数第1位となっています。
これまでの鉄道行政を振り返って、印象的なサービス改善はありますか。
昨年、着工から約30年の年月をかけて、小田急の複々線化が実現しました。輸送力が大幅に向上した結果、ピーク時の混雑率が194%から151%に減少し、遅延の防止にも大きな効果があったと聞いています。列車の運行を維持しながら工事を進めなければならない中で粘り強く整備を進め、完成に至ったことで、目に見える形でサービスが向上した一例だと思います。
なお、複々線化等の事業は長期間にわたり、資金面での負担が重いことから、1980年代半ばに、整備に必要な費用の一部についてあらかじめ運賃を値上げすることによってまかなう仕組みが作られました。関係者の間で「特特」(特定都市鉄道整備積立金制度)と呼ばれる制度です。この制度を活用し、小田急に限らず、東京圏の私鉄の複数の路線で、輸送力増強が進められてきたところです。
都市鉄道の未来について、どういう点に注目していますか。
東京圏の人口については、まだしばらく伸びていくと予想されているので、鉄道に対するニーズはまだまだありますし、今後整備が進むところもあるのではないでしょうか。国土交通省に置かれた交通政策審議会においても、新路線の必要性が議論されています。既存路線の混雑や遅延の解消という目的に加え、今後、国際空港としての機能強化が進められている羽田空港や、建設が進められているリニア中央新幹線の起点となる品川において、高速交通と都市鉄道の結節をさらに強化し、利用者の利便性を高めることが重要な課題になってくるものと考えています。
羽田空港についてはJR東日本や東急のネットワークとの結節、品川については東京メトロのネットワークとの結節の構想があり、その実現が期待されます。
また、サービスレベルの向上という永遠の課題があります。その内容は、時代の求めに応じて変化していくものです。かつては「冷房化率」でした。今、時代はバリアフリーを求めていると思います。先程お話しした「すべての人が参画する社会を作り上げることに貢献する」という目的に加え、高齢者の増加、女性の社会進出といった様々な変化に対応し、利用者のニーズに応えていくためにも必要な施策だと思います。
最近では、複数の鉄道会社が着席型の通勤車両の導入をはじめました。快適な通勤環境を実現するとともに、観光需要にも対応する新たな取り組みとして注目しています。
鉄道の「サービス」が変化していく中、私たち鉄道の利用者や、通勤客を雇用する企業にも変化が見られるのでしょうか。
働きやすい環境を作るということは、我が国の職場に共通の課題です。人手不足の状況の中で、快適でない職場環境では、人材が集まらなくなります。快適な通勤を実現することは、この点からますます重要な課題になると思います。
これまで、主に輸送サービスを供給する鉄道事業者側の努力についてお話ししてきましたが、輸送需要をコントロールする取り組みとして、時差通勤や自宅で仕事をする「テレワーク」についても、今後の普及が期待されます。
これらの施策は交通需要マネジメント(TDM)と呼ばれますが、その導入は簡単なことではありません。利用者や企業の方々の理解と協力を得られるよう様々な工夫が必要です。鉄道会社の側では、早朝の利用者にはICカードにポイントをつけるといった取り組みが出てきています。また、利用者の方々の判断材料として、いつ頃乗ったらどれだけ混んでいるのかという情報をきちんと提供することも大事です。国土交通省においても、昨年から、最混雑時間帯に加え、その前後の時間帯についても混雑率を公表することとしています。
国土交通本省(霞が関)でも多くの職員が働いていますね。
国土交通省も快適な職場環境に向けて取り組んでいます。まずは、無駄な仕事をしないこと、惰性で行っていたことは見直していくことが肝心と思っています。この4月からは、国家公務員の時間外勤務についてのルールが改正され、「原則月45時間、年360時間」という上限が定められました。俗に「不夜城」と言われる霞が関の働き方の風土を変えていくきっかけにしたいと思っています。
また、霞が関でも女性職員の数が増えており、お子さんが生まれた後も夫婦共にしっかり働ける環境づくりについての意識が高まっています。テレワークはそのために極めて有効なツールであると考えており、必要なセキュリティー対策を取ったPCやUSBの導入を進めています。
職場環境が快適になり、働く人がそれぞれの生活を大事にすることで、通勤スタイルへの意識も変わっていく、そしてそれが普通になっていく、という流れに、都市鉄道のサービスがしっかりと寄り添っていくことが大事だと思います。(了)
後編
多様な働き方を促す「時差ビズ」や、一人一人が今後の生活や働き方を自らデザインする必要性を説く田中里沙氏。これに対し、鉄道業はサービス業であるという意識が求められているとする佐藤信之氏。藤井直樹氏は、サービスのレベル向上は永遠の課題としたうえで通勤スタイルの変化に都市鉄道のサービスがしっかりと寄り添うことが大事だと指摘する。
この都市鉄道に関わる様々な課題の解決に向けては、鉄道事業者側も鉄道を利用する側も各々の立場で目的意識を持って具体的な行動につなげていくことが大切だといえよう。
次回のテーマは「地下空間の活用」。地下空間の意外な利用方法や、深さ40メートル以上の「大深度」の活用を狙った構想など、新しいフロンティアの可能性について考察します。(Grasp編集部)