トリ・アングル INTERVIEW

俯瞰して、様々なアングルから社会テーマを考えるインタビューシリーズ

vol.7

どうする? 通勤ラッシュ

都市圏の「痛勤」ラッシュは、ビジネスパーソンたちを悩ませ続けてきた。充実した鉄道網、複雑なダイヤのもと効率的に運用されている都市鉄道だが、通勤時間帯の混み具合は依然として大きな社会問題であり続けている。人口減少が見込まれる中、輸送力増強に向けた大幅投資も簡単ではない。最近は、訪日客の増加や、「働き方改革」による通勤時間帯の多様化などの変化もみられる。また東京の一極集中はさらに進んでおり、解決の道筋は見えてこない。鉄道側の対応に加え、個人の生活スタイルの見直し、都心部での住宅立地など、各方面の幅広い取り組みが求められそうだ。「ラッシュ」の今を識者に聞く。

Angle A

前編

「時差ビズ」が変える生活の景色

公開日:2019/6/11

事業構想大学院大学

学長

田中 里沙

東京への一極集中が続く中、首都圏では毎日の生活で通勤ラッシュは避けて通れない人が多い。東京都は2017年から、多様な働き方を促して時差通勤などで通勤ラッシュを緩和する「時差Biz(ビズ)」キャンペーンを展開している。都の時差Biz推進賞選定委員会委員長も務める田中里沙氏に、働き方改革は通勤ラッシュ緩和の救世主となるか、聞いた。

「満員電車」にどんなイメージを持っていますか?

 首都圏を中心に都市部では朝、会社にたどりつく前に、通勤で疲弊する、満員電車が苦痛になっているという人は多いと思います。私自身も満員電車を避けようと、会社の近くに住みましたが、逆に近ければ近いほど、何本見送っても電車に乗れないことがありました。
 外国人観光客の方々が、満員電車を面白がるという話を聞いたことはありますが、日本の満員電車はやはり変な風景です。社会全体にも、労働生産性などの面からマイナスに働いている部分が大きいと思います。

東京都の「時差ビズ」キャンペーン参加企業は、この春、1000社に達しました。

 「働き方改革」が理念にとどまらず、各企業が実行段階に移す時期にきていると実感しています。フレックスタイム制度は、勤務の開始や終了時間を選ぶことができますが、これまでは必ず勤務しなければならないコアタイムを設けている企業が多く、働き方が大きく変わるという流れにはなっていませんでした。こうした中で、時差ビズのような施策が展開されたことで、各企業がそれぞれアイデアを出して働き方自体を創造していこうという大きな変化がうかがえます。

働き方を創造するとは?

 従来の「フレックスタイム」という制度をゼロベースで見直したり、職場外で働く「テレワーク」についても運用を大胆に変えたりするといった企業の動きそのものです。それはもしかしたら「会社に来なくても仕事をして生産できるということなのかもしれない」とも感じました。従来の制度を守り、改革自体を目的とするのではなく、「もっと楽しく働くことができる環境をみんなで考えませんか」という流れが見えてきたのです。
 「時差ビズ」キャンペーンを通じて、さまざまな企業の取り組みが注目されるようになりました。「うちはこんなことをやっています」と表明することを通して新たな事例が集まり、それらがベースとなってさらに前向きな取り組みが始められています。事業構想大学院大学には、企業で働いている方も多いのですが、「うちの会社は月曜日の午前中をお休みにしました」と教えてくれた経営者である院生もいました。経営者だけではなく、社員の間でも、真に成果をあげるための働き方を模索し、意見を出し、どう感じるかといった議論が生まれ、そして、働き方自体を変えていく機運につながってきているのです。

「時差ビズ」キャンペーンでは、企業のどんな取り組みに注目しましたか?

 「時差ビズ」キャンペーンの参加企業が1000社を達成したのは、2017年からこれまでの比較的短い期間の中では、かなり大きな成果だと思います。
 実際、朝早く通勤すると、朝の風景が変わりますよね。サンドイッチなどの朝食やコーヒー、バナナや補助食品を無料で提供している企業もあります。企業の朝の風景、朝の表情がどんどん積極的に変わっていますし、笑顔も増えたのではないでしょうか。大企業だけではなく、中堅・中小企業でも、業種や規模などに合ったスタイルを模索する動きがあり、企業規模に関係なく、社会全体に「時差ビズ」が広がる動きにつながっていると感じています。特徴のある中堅・中小企業の取り組みにも着目して紹介しています。

特色ある取り組みが広がる

東京都 平成30年度時差Biz推進賞の受賞企業 ワークスタイル部門受賞企業の取り組み事例(東京都提供資料より一部を抜粋)

「時差ビズ」から見えてきた働く景色とは?

 時差ビズ体験者からは「家族と過ごす時間が増えて幸せを感じる」「単なる混雑緩和ではなく、自分らしい暮らし方や生き方を得るという目指す方向を実感できた」といった声が寄せられています。
 私自身も平成元年に社会に出て、当時は「みんながそろって朝礼に参加して、『おはようございます』からスタートし、夜もミーティングをして『今日もお疲れ様でした』と言って終わる」スタイルが、「仕事をしている」ように感じていました。
 今やそんな形や枠組みよりも、仕事の中身がどうかを問われる時代になっています。よりパフォーマンスを上げていくにはどうすればいいかを、誰もが真剣に考えていかなければなりません。すでに現場で働く人はそういう意識を実感しています。経営層が意識を変えていけるかどうか。今はまさにその過渡期です。

「働き方改革」の先にあるものは?

 交通網、特に鉄道にはさまざまなルートを体験して移動する楽しみがあります。働き方でも、制度をインフラととらえて、インフラに何を乗せてどんなルートを作るか。さまざまな「働き方の制度」を乗せたルートや「全く自由な内容」のルートを作るなど、一人ひとりが働き方の新基準や道筋を自由に決めて人生を設計していく、いよいよ、そんな時代が到来していると感じています。
 今、地方創生にかかわるプロジェクトにも多数加わっていますが、地域の課題はいろいろあるものの、幸福度や幸福実感といった言葉が共通して出てきます。幸福度や幸福実感は個人の感覚で異なり、多様です。そうした中で、自分の人生を自分らしく過ごし、自分で自分のことが決められる、スケジュールも柔軟にできる、といった攻めの姿勢で考えていけることが大切だと思います。
※後編は6月14日(金)に公開予定です。

たなか・りさ  事業構想大学院大学学長/宣伝会議取締役/日本郵便社外取締役 広告会社勤務を経て、29歳で広告・マーケティングの老舗専門雑誌「宣伝会議」の編集長に就任。宣伝、広報、コミュニケーション戦略を専門に、取材、執筆、研究を通して企業および地域の広報・ブランド戦略に関わる。各種広告賞、広報コンクール審査員、地方制度調査会、環境省、国土交通省、総務省審議会委員のほか、「クールビズ」ネーミング委員、伊勢志摩サミットロゴマーク選定委員、G20ロゴマーク委員、東京2020エンブレム委員、2020TOKYOボランティアネーミング委員を務めた。2012年より、地方創生と新規事業の研究と人材育成を行う、事業構想大学院大学の教授を兼任し、2016年に学長に就任。事業構想による企業のイノベーションや事業承継、地域の資源を生かした活性化や広報活動、地域デザインのプロジェクト等を企画し、推進している。
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