トリ・アングル INTERVIEW

俯瞰して、様々なアングルから社会テーマを考えるインタビューシリーズ

vol.30

チャンス到来!?EVビジネス最前線

世界中で脱炭素に向けた取り組みが加速するなか、いよいよEVが拡大期を迎えそうだ。IT大手アップルなど異業種からの参入も相次いでいるが、日本経済の象徴ともいえる自動車産業は、100年に一度と言われるゲームチェンジに勝ち残ることができるのか。またEVの普及とともに自動化、コネクテッド、シャアリングといった分野の技術革新が進むことで、私たちの暮らしや都市の在り方はどう変容するのかを探る。

Angle C

前編

脱炭素社会、達成へ向け強い姿勢示せ

公開日:2021/6/22

株式会社日本電動化研究所

代表取締役

和田 憲一郎

脱炭素社会へ向けた取り組みが進む中で、世界1、2位の巨大自動車市場を持つ中国と米国で、EV(電気自動車)普及の動きが風雲急を告げている。上海汽車集団の傘下で米ゼネラル・モーターズ(GM)が出資する上汽通用五菱汽車が50万円を切る格安の小型EV「宏光MINI EV」を投入。米テスラが初の電動ピックアップトラック「サイバートラック」の量産を視野に入れ始めた。カーボンニュートラルの達成を掲げた日本のEVに未来はあるのか。世界初の量産型電気自動車「i-MiEV(アイ・ミーブ)」の開発責任者で、EVの普及を支援する日本電動化研究所の和田憲一郎社長に聞いた。

「i-MiEV(アイ・ミーブ)」開発の経緯や、その時に得た教訓などを教えてください。

 当時は量産タイプのEVがなかったことから、多くの点で苦労しました。まずは、EVをつくろうにも、量産してくてれるサプライヤーが、なかなか見つからなかったことです。試作であれば対応していただけても、大きな投資が必要な量産となると二の足を踏むことが多かったように思います。そのような中、モーターとインバーターは明電舎に引き受けていただき、電池はGSユアサの協力を得て、三菱自動車、三菱商事との合弁で株式会社リチウムエナジージャパンが設立されました。また、EVは従来のガソリン車と似ているところもありますが、全く異なる点も多々あったことも高いハードルでした。そのため、各種標準、ガイドラインなどをガソリン車から当てはめようとしてもうまくいかず、新たに作り直す必要がありました。つまり、ガソリン車の延長線上ではなく、全く新しいクルマをつくるのであるという意識改革が大切であったと思います。さまざまな苦難がありましたが、世界初の量産EVに挑戦しようというメンバーのモチベーションは高く、意欲的に取り組むことができました。多くの試乗の場を設け、完成度の高い走りに対し、高い評価を頂きました。

その後、日本電動化研究所を設立された狙いは何ですか?

 2009年の「i-MiEV(アイ・ミーブ)」発売の後、愛知県岡崎市のR&Dセンターから、東京本社に異動になりました。主な仕事は2つあり、ひとつは、EVと何かをつなぐというスマートシティーの技術渉外です。スマートシティーの構想は持ち上がっていましたが、具体的な基準作りがなかったため、自動車メーカーや経済産業省などと基準づくりに参画しました。もう一つは、日本勢が立ち上げた急速充電の規格「チャデモ」の普及を進める仕事です。別の規格「コンボ」陣営との標準化競争が激しくなり、三菱自動車側の代表でありながら、当時は、チャデモ協議会の一員として、多くの国の政府機関や自動車メーカー、急速充電器メーカーを訪問し、チャデモ規格の強みを説明しました。そのような中で、自動車メーカーや自動車部品メーカーよりも、エレクトロニクスメーカーやITメーカー、インフラ企業など他業界の関係者と話す機会が多くなり、さまざまな相談を受けるようになりました。自動車メーカーの代表としての立場よりも、独立してサポートすることが望ましいのではないかと考えました。

HV(ハイブリッド車)やPHV(プラグインハイブリッド車)、FCV(燃料電池車)など日本で開発が進む電動車の中で、EVに期待される役割について教えてください。

 EVの開発に着手した2005年当時は、10~15年以上経過すると、HV、PHV、EV、FCV以外に、何か新しいパワートレインを持つクルマが出現するのではと思っていました。しかし、現時点になっても新しいものは出現せず、むしろ昨年から今年にかけてEV化の波が急速に押し寄せていると感じます。以前は、短距離はEV、中長距離はFCVと言われてきましたが、ここ最近は電池性能が著しく向上し、充電インフラが拡充され、EVへの期待が短距離だけではなくなっています。さらに上海汽車集団の傘下で米ゼネラル・モーターズ(GM)が出資する上汽通用五菱汽車が発売した格安の小型電気自動車「宏光MINI EV」のように、普及のために最小限の機能に絞った電気自動車が登場し、それに追随する動きも出ています。そうなると、EVは市民の足、または配送車などの輸送手段として社会に幅広く活用されるのではないでしょうか。また、EVと並ぶ高い環境性能を持つFCVについては、水素が多く発生する場所で活躍の場があるのではないかと思います。

【中国で小型EV「宏光MINI EV」がテスラの販売台数を上回った】

※上汽通用五菱汽車のHPから引用

政府の「グリーン成長戦略」では、2030年代半ばに新車販売で電動車を100%にする方針が打ち出されていますが、実現するにはどうすべきでしょうか。

 大切なのは、2035年という到達時の目標だけではなく、フェーズインとロードマップを示すことではないかと思います。「2025年に〇%」「30年に〇%」と言うようにマイルストーンを示すべきです。そして、その中間目標を達成するための具体策を示し、さらに、達成できない場合はどうするのかを明らかにするべきです。単なる希望的観測としての目標では、達成はおぼつかないように思えます。海外を見渡すと、アメリカ(カリフォルニア州)はZEV規制、中国はNEV規制、ヨーロッパはCO2規制があり、達成できない場合は罰則規定もあります。また、アメリカ、中国などで達成できた企業には、他社にクレジットとして販売することができるなどのインセンティブも設けられています。日本も、カーボンニュートラルを本気で達成しようとするならば、日本版ZEV規制が必要だと思います。各年度の目標数値を明らかにし、それに対して達成できない場合は、どのようなペナルティを課すのかなど、断固たる姿勢を示すことが大切ではないでしょうか。

テスラはEV普及のけん引役となっています。その強みや将来の可能性についてどうお考えですか?

 テスラは、他の自動車メーカーにはない新たな取り組みを次々と行ってきました。例えば、8年前から採用しているOTA(オーバー・ザ・エアー)による自動アップデート機能や、モデルYから採用したオクトバルブ付TMS(サーマルマネジメントシステム)などです。カーナビや運転支援のソフトウェアが自動的に最新のものにアップデートされたり、電池の消費量をセーブしながら、空調などに最適なエネルギー配分ができるマネジメントシステムは、デジタル発想の技術です。社内に多くのソフトウェアエンジニアを抱え、新しいことにふんだんに投入できることが強みではないでしょうか。また、言うまでもなく、イーロン・マスク氏の指導力も大きいと思います。現在、ギガベルリンや、テキサス州のオースティンにEVピックアップトラック「サイバートラック」専用工場などを建設しており、まだまだこの勢いは続くと見ています。
※後編は6月25日(金)公開予定です。

【テスラ初となる電動ピックアップトラック『サイバートラック』は斬新なデザインで話題を呼んでいる】

※Tesla, Inc.提供
わだ・けんいちろう 新潟大工卒。1989年三菱自動車入社。主に内装設計を担当し、2005年に新世代EV「i-MiEV(アイ・ミーブ)」プロジェクトマネージャーなどを歴任した。2013年3月退社。2015年6月に日本電動化研究所を設立し、現職。著書に『成功する新商品開発プロジェクトのすすめ方』(同文舘出版)がある。福井県出身。
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