トリ・アングル INTERVIEW

俯瞰して、様々なアングルから社会テーマを考えるインタビューシリーズ

vol.17

既存住宅の活性化が日本を救うか

全国で約850万戸と推定される空き家。依然として増加傾向にあるものの、空き家をリノベーションして住んだり、民泊やシェアハウス、イベントスペースなどとして活用したり、地方の既存住宅を利用して都心と地方の二拠点居住を楽しんだりするなど、いろいろと新たなニーズが生まれている。また、街づくりや地域の活性化を進めるうえでも、既存住宅の活性化はカギとなる。住まいとしてのほか、趣味や仕事の場として活かしていくことも考えられる既存住宅の資産としての価値を高めていくには、リノベーションによる大胆な工夫や仕掛けを行うことが有効だ。

Angle C

後編

住宅に「生活環境を買う」視点を

公開日:2020/4/28

日本大学経済学部

教授

中川 雅之

今後も少子高齢化・人口減少が続く限り、空き家も増加し続ける可能性がある。一方で、住宅を購入するという行為は、単に物件そのものだけでなく、その地で暮らすという生活基盤をも買うといえるのではないか。日本大学経済学部の中川雅之教授は、人口減少時代の不動産取引の新しい形として「生活」をからめた発想に、問題を切り抜ける可能性があると指摘する。

今後も人口が減少することを前提にすれば、住宅市場の需要は減退しそうですね。

 たしかにその状況は変えられそうにありません。余剰の既存住宅を管理するにもコストがかかり、そのためのインフラ維持にもお金がかかります。そこで、戦後直後とそれに引き続く高度経済成長期の中で広域化が進んだ住居地を、特定地域に集約する「コンパクトシティ」の考え方が、現実味を持ってくるのだと思います。
 一方で、生活ベースで考えたとき、高度経済成長期において、海外から日本人の住居は「ウサギ小屋」と皮肉られる状況でした。市街地が拡大したことにより、郊外で長時間の通勤が必要な小さな住居に住まざるを得なかったわけです。また、狭い住宅地の中にひしめき合うように住んでいたのは、住宅価格が高かったことが背景にあります。
 これから住宅価格が下がり、需要も緩んでいきます。そこで、これまで住んでいた家から多少大きな家へ住み替える可能性が出てきたと言えないでしょうか。私には生活を豊かに過ごす好機が訪れているように思えるのです。空いた中古物件を活用し、セカンドハウスとして生活するなど、「新しい豊かさ」の形を模索していく時代が来るかもしれません。

【予算的な観点で中古戸建てを取得する人が多い】

出典:2019年3月 国土交通省「住宅市場動向調査」(単位:%)

既存住宅の新しい可能性を感じさせる事例はありますか。

 アメリカには、「MLS」(マルチプル・リスティング・サービス)という不動産情報システムがあります。市場に出回っている物件を検索できるのですが、それだけではありません。その地域の人口、学区域の教育の質などが分かります。このシステム開発の背景には不動産を買うということは、住宅の機能を買うだけでなく、現地での生活を買うということだという考え方があります。つまり、物件を取得することでどういう生活が待っているのか、ということがイメージできるようになっているわけです。そこで先程触れた「情報の非対称性」をある程度解消することができます。
 こうした生活視点のサービスは、既存住宅を含む不動産流通を活性化させる可能性があると思います。例えば、千葉県流山市には、住み替えやリノベーションを考えている人に対して、専門的な観点からアドバイスをする「住み替え支援制度」があり、スムーズな住み替えを促すことで知られています。住みやすさという点で市民の満足度も高いようです。また、大分県竹田市は、「農村回帰宣言」をした自治体として知られていますが、農業や林業、伝統産業の技能伝承や、関係者とのマッチングを行い、生活サポートをして成果を上げています。地方へ移住したいと考えている人がいても、住宅そのものの機能よりも「働き口があるのか」という問題が解決しないと、尻込みしてしまいますよね。そこで、生活視点で考えた不動産取引には、可能性があると思います。

【アメリカの不動産情報システムは先進事例として日本も参考とすべき点が多い】

ライフスタイルのあり方を含めて提案していくという発想ですね。

 そうです。そもそもライフスタイルは、人生の各段階で変化するもので、柔軟に対応するべきものです。そこで住宅の売買や貸し借りは、重要な役割を果たします。若いうちは収入面や仕事の都合などによって転居することも多いのではないでしょうか。そして、結婚すればまた引っ越し、子供ができれば広い家がほしくなります。住居はライフスタイルとともに考えられるべきモノです。
 そのための条件整備として、やはり住宅が適正な価値で取引されるという環境が必要です。売買を行うためには、売ったお金で妥当な現金が残るということが前提です。売っても不当に低評価されてしまえば、売買連鎖が止まってしまいます。せっかく大切に使っているのに20年住んだら家屋の価値はゼロ、という仕組みはあまり健常とは言えないでしょう。投機目的の売買は別問題ですが、生活視点でも売買を行いながら、ライフステージを変えていくことが必要だと思います。

経済的に割り切れない部分もありますよね。

 そうですね。田舎の両親が住まなくなった実家が空き家になっているけど、気兼ねして売却できないというような事例はあると思います。確かに経済的に割り切れない部分があることは理解できます。ただそれとは別に、取引環境を整えることは大事です。「どうせ取引できない」と考えて、家屋の売却を前提としないで、自分の好みに自宅をカスタマイズしてしまう人もいるようです。市場で評価できないような、物好きの家屋です。ミニ天守閣を自宅に作ってしまう事例もあるそうです。それは自由ですが、「どうせ取引できない」という環境は変えていくことが求められているのではないでしょうか。(了)

タレントのヒロミさんは、ライフスタイルに合わせて既存住宅をリフォームすることの楽しさを語った。中古物件を改造したゲストハウスなどを運営するLittle Japanの柚木理雄代表取締役は、中古物件についての日本の現状や民間事業者が既存住宅の活用に取り組む意義などについて語った。日本大学の中川雅之教授は、日本の既存住宅市場がなぜ未発達なのかを、経済学の視点を交えて紹介し、市場原理を働かせる意義を語った。
次回のテーマは「自転車で切り拓く、新たなライフスタイル」です。2017年の自転車活用推進法の施行を契機として、通勤や旅行、日常生活など多様な目的における自転車活用が期待されています。従来の自動車を中心とした移動スタイルから、快適で健康的な自転車に転換すれば、様々な面から暮らしの向上が期待できそうです。生活スタイルや地域振興にも絡めて、識者に語っていただきます。(Grasp編集部)

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