トリ・アングル INTERVIEW

俯瞰して、様々なアングルから社会テーマを考えるインタビューシリーズ

vol.15

狙うは、ナイトタイムエコノミー!

夜の時間帯に観劇、観光などのレジャーを楽しむ「ナイトタイムエコノミー」。訪日外国人客の増加が続く中、「日本の街には、夜間遅くまで楽しめる場所がない」という声が聞かれるようになった。受け入れ側の日本でも、夜を楽しもうとする観光客を受け入れれば、更に消費は拡大するのでは、との狙いから、経済政策としても注目されるようになっている。これまで規制一辺倒だった夜の街に、「楽しんで遊んでもらえるように」という発想が生まれ、新風が吹き始めている。

Angle A

後編

時間も場所も「選択肢を増やす時代」

公開日:2020/2/18

「タイムアウト東京」

代表

伏谷 博之

新たな消費機会を生み出すチャンスとして注目されているナイトタイムエコノミーは、一方で「泥酔者増による治安悪化」「夜間に働くことへの異見」などから、否定的に考える人もいる。また、これまで手薄だった領域に経済活動を拡大するという新たな構想のため、従来の発想や枠組みでは対応できない事態も想定される。今後については各種の規制緩和や事業環境整備策も求められるが、実現すれば新規事業の開発機会が増えることが期待される。ナイトタイムエコノミーがもたらす社会の変化とは何だろうか。

日本における成功事例はありますか。

 東京もそうですが、日本の各都市で成功事例を挙げるのはまだ難しいです。事業ベースでは人気を集めている場所はあると思います。新宿の「ロボットレストラン」などが良い事例でしょう。ショーを見て楽しめるのはもちろんですが、さらに食べるという「コト」でも楽しめるのが人気のポイントです。
気候が暖かくなって、渋谷で進んでいる再開発ビルの開放された屋上でDJがかける音楽と食事を楽しむというようなケースが出てくれば、外国人にブレイクするかもしれませんね。こういう施設は外国人が大好きですから。

【非日常体験を求めて多くの訪日観光客が訪れる新宿のロボットレストラン】

※ナイトタイムエコノミー推進に向けたナレッジ集(平成31年3月観光庁公表資料)より

ナイトタイムエコノミーでは、どんな商機が期待されるのでしょうか。

 一番大事なのは「選択肢を増やす」ということです。これは今回のキーワードとも言えます。ナイトタイムエコノミーを考える時に「こういうモノを作らないと」とか「こういうエンタテインメントがあれば」と考えてしまいがちですが、海外の先進事例をみても、夜の消費は何かに集約していくのではなく、色々な楽しみがあるんだという考え方が大事です。そこに若い起業家たちのビジネスチャンスもあると思います。
 面白い動きとして「二毛作」と呼ばれている営業形態があります。ナイトタイムエコノミーには、これまで夜間という消費機会が手薄だった時間帯に新たな市場を開拓するという意味合いがありますよね。これを実現するためには時間だけではなく、営業する場所選びについても考える必要があります。「昼の街」に加えて「夜の街」が出現するということではなく、昼も夜も動く街が生まれるということでもあります。具体的には、昼間は定食屋だったり、カフェだったりする店が、夜になるとバーやクラブなどの別業態の店になります。これが「二毛作」です。夜間に営業したい業者が、定食屋が営業していない夜間にその店舗を借り受けて、自分たちの営業を行うわけです。定食屋が使っていない時間で営業するのですから、家賃も割安で利用できるはずで、若い起業家にはチャンスが広がります。ナイトタイムエコノミーは、活動する時間も場所も集約した「コンパクトシティ」の発想にもつながっていきます。

一方で、治安面での懸念から否定的な見方もあるようです。

 ロンドンやシドニーにおけるナイトタイムエコノミーの一番の功績は、実は「安心安全面で改善している」ということだと言われています。懸念されている泥酔者が起こす事件も減っているそうです。なぜかというと、人の目があるからです。人の視線が多い街では、犯罪の抑止力が働くんですね。昼の街でも同様ですが、夜の街ではなおさら、その効果があります。昼間にぎわうオフィス街は、夜歩くと他に歩いている人がいなくて、どこかのスラム街に似た怖さがある場合がありますよね。そう考えると、ナイトタイムエコノミーの中に、魅力的な街づくりにつながる発想が見えてきます。
 今の日本ではお酒を飲まない若い人が増えてきています。海外でも同様の傾向が見られますが、そうした人向けにノンアルコールの「モクテル」と呼ばれるカクテルメニューを充実させたバーなども出現しています。日本でも素面(しらふ)で楽しめる街づくりが進み、変化していけばいいですね。現状の居酒屋やバーでは、アルコールメニュー重視ですから。

発想の転換も進みそうですね。

 ナイトタイムエコノミーは街づくりと密接な関係があると思います。だから行政による後押しは大切です。行政が「こういう街を目指します」と宣言して、街のルールをアップデートしていくことが必要です。規制緩和も重要な契機になると思います。一方、具体的な事業については、民間の役割です。
 新しいことに取り組む際には、発想の転換が重要です。例えば、夜間の公共交通を動かすという場合、「誰がその事業に従事するんだ。残業を強要するのか」という意見が必ず出され、ブレーキがかかります。現状の考え方の延長線で考えるとそうなりますが、新しい選択肢が増えると考えれば解決します。つまり、「夜働く」という選択肢が増えるということです。夜に働きたいという人を活用して事業を運営するのです。そういう労働者を集め、既存施設を利用した新規事業を始めてはどうでしょうか。
規制緩和の面でいえば、例えば、2016年6月の風俗営業法の改正により、ダンス規制が見直され、ナイトタイムエコノミー市場の幅が広がりました。
 以前、ある年配者から「ナイトタイムエコノミーはいいけど、誰がやるんだ」とお叱りを受けたことがあります。その時私は冗談で「最近早朝4時に目覚めるなんてことありませんか。よろしければ早朝から働きませんか」とお答えしました。ナイトタイムエコノミーは、労働市場においても多様な選択肢が増えるってことなんです。これは働き方改革の考え方でもあります。従来のように60歳は定年ではなくなり、はつらつと働く時代です。職場に出勤しないで働く「リモートワーク」だって、特定の空間以外でも働ける生き方として、容認していこうという時代です。中には、夜間に頭がさえるという人もいるわけで、そういう労働力も活用していこうということですね。

都会だけでなく、地方でナイトタイムエコノミーに取り組む動きもあるようです。

 私もナイトタイムエコノミーについて講演の依頼を受けることが多いのですが、地方からの依頼も多く、関心の強さを感じます。地方ではまだ外国人が珍しいという場所も少なくないでしょう。だから来店者もお酒が進むと、物珍しさに外国人観光客に声をかけたがるんです。「どこから来たの?」から始まり、お酒が入ると会話が盛り上がります。こうした出会いは、地方ならではですよね。有名観光地に行くよりも思い出になると思います。
 従来型の海外旅行は、日常の疲れを非日常の世界で発散して、再びいつもの日常に戻るというタイプでした。でも今の海外旅行は、非日常で得た感覚を日常に持ち帰り、生活スタイルを少し新しくしたいというのがトレンドなんです。そこでの地元の人とのふれ合いは、大きな要素になります。余韻が残る旅です。例えばバンジージャンプを体験するよりも、見知らぬ人と知り合って、意気投合して飲み明かした経験の方が、楽しいという考え方をする人もいると思います。そうした人が帰国してついつい周囲に自慢してしまうのは、海外で見知らぬ外国人と意気投合できたことがとても有意義だったと感じているからかもしれません。その自慢話を聞いた人は、興味を持ってそこを訪れることも起こりえます。広島のある小さなバーでのやりとりから、そうした好事例が出てきました。提供されるサービスより、人とのつながりが、求められているようです。ラグビーW杯でも、英語の話せない地方のおばあちゃんが、選手と深い交流をすることも起こりました。これが地方の「体験型」「コト消費」のヒントになると思います。(了)

インタビュー一覧へ

このページの先頭へ