トリ・アングル INTERVIEW

俯瞰して、様々なアングルから社会テーマを考えるインタビューシリーズ

vol.44

足元に宝の山! 循環型社会を実現する下水道資源

下水道の主な役割といえば、汚水を処理場で浄化し、川や海に戻すことなどを思い浮かべる方が多いと思います。
しかし、近年はそれだけにとどまりません。栄養豊富な処理水、有機物を多く含む汚泥、発電利用が進むバイオガスなど、汚水の処理過程で発生するさまざまな資源やエネルギーが、循環型社会を実現する鍵として注目を集めているのです。
今回はその中でも「下水道資源の農業利用」にフォーカスし、下水道の持つ高いポテンシャルに迫ります。

Angle B

後編

「BISTRO下水道」で実現する持続可能な地域づくり

公開日:2023/5/19

山形大学農学部食料生命環境学科

教授

渡部 徹

国土交通省と日本下水道協会の主導により、2013年にスタートした「BISTRO(ビストロ)下水道」。下水道資源を農作物の栽培などに利用し、農業の生産性向上に貢献する取組のことです。山形県鶴岡市では、山形大学、鶴岡市、JA鶴岡、民間企業などが連携して、さまざまな下水道資源の活用に挑戦しています。そんな鶴岡市における「BISTRO下水道」の取組内容と、人口減少時代における下水道の役割について、山形大学農学部教授の渡部徹さんに話をうかがいました。

渡部様の研究には、鶴岡浄化センター、JA鶴岡、農家の方など、さまざまな方が関わっていらっしゃいますね。

 私は水環境の研究をしていますが、水田に自分で下水処理水を引くことはできませんし、作物の栽培もできません。皆さんとの連携なしに研究を進めることは難しいです。
 鶴岡浄化センター、JA鶴岡のおかげで実験を本格的にスタートさせることができましたし、そもそも農家の方のご理解なしには、下水道資源の農業活用を普及させることはできません。現在は協力農家の水田をお借りして実験を重ね、下水道資源活用の実績づくりを行っています。

2017年には、山形大学、鶴岡市、JA鶴岡、民間企業3社とで「下水道資源の農業利用に関する共同研究協定」を締結されたとか。

 協定締結前から、鶴岡市、JA鶴岡、本学の三者で、下水処理水の灌漑利用による飼料用米栽培を中心とした研究を進めていました。2017年に協定を締結したのは、民間企業3社に加わっていただき、下水道資源の農業利用のメニューを増やすとともに、その成果を地域に広げていく狙いがあったためです。

2019年には、その6団体で取組んだ「『じゅんかん育ち(※1)』を学校へ」という事業が国土交通大臣賞「循環のみち下水道賞 (※2)」を受賞しています。これはどのような取組だったのでしょうか。

 この取組では、下水処理過程で発生する消化ガス(※3)による発電の余熱をハウス栽培に活用して、そこで鶴岡市では冬季に不足する葉物野菜を作り、同市内の小学校の給食に提供しました。鶴岡市では以前より、地元の農家による「地産地消グループ」が学校給食に地元野菜を供給していたのですが、その中に下水道資源を活用した野菜を加えていただけることになったのです。「じゅんかん育ち」を学校給食に提供するのは全国初の試みで、子どもたちにも「おいしい」と好評だったようです。
 ※1 下水道資源を活用して栽培した食物の愛称。国土交通省が公募により決定。
 ※2 健全な水循環、資源・エネルギー循環を生み出す21世紀の下水道のコンセプト「循環のみち下水道」に基づく優れた取組に対し贈られる賞。
 ※3 下水汚泥が消化槽の中で微生物により分解されることにより発生する、メタンを主成分とするバイオガス。

鶴岡市では「BISTRO下水道」として、他にどんな取組をされているのですか。

 下水処理水を活用して栽培した飼料用米を使った養豚の試験も行いました。一般的な配合飼料は、トウモロコシと大豆の搾りかすを主原料としていますが、このトウモロコシは栄養成分が似ている米と置き換えることが可能です(※)。私たちが下水処理水を使って育てた飼料用米はタンパク質の含有量が高いので、単にトウモロコシと置き換えられるだけでなく、タンパク源である大豆の方も減らせます。大豆はトウモロコシより高価なので、下水処理水栽培米の利用は飼料コスト削減につながります。養豚試験の結果では、処理水栽培米を主体とする配合飼料で育てた豚の方が、一般的な配合飼料で育てた豚よりも食肉として利用できる部分が多く、その肉質も向上することが分かりました。この処理水栽培米を食べた豚は、すでにハムやソーセージなどの商品になって市場に出ています。
 この他、下水汚泥肥料の中でも汚泥コンポスト(下水汚泥を発酵・安定化させた肥料)で飼料用トウモロコシ(デントコーン)を栽培し、飼料用米と同様に養豚農家に提供しています。これは本学の畜産学分野の先生方(浦川修司教授、松山裕城准教授)との共同研究で、デントコーンの収穫量もタンパク質の含有率も化学肥料を用いた場合と遜色なく、化学肥料を汚泥コンポストに置き換え可能なことが分かっています。日本は飼料作物もそれを育てる肥料もほとんど輸入に頼っているので、食料自給率の向上のためにも、地域で安価に入手できる肥料を使って飼料作物の国内生産を増やすことは急務といえます。
 ※家畜の成育などに影響が出ないよう「養豚の場合、配合飼料の15%程度まで」など、置き換え可能と見込まれる水準がある。(参照:農林水産省水産局「飼料用米をめぐる情勢について」)

下水汚泥肥料の力はすごいですね。

 下水汚泥肥料は、利用する場所を選ばない点がメリットと思います。下水処理水は処理場から田畑まで送らなければならないので、処理場の近い場所では容易に使えますが、離れた場所では送水のための設備投資が必要となるでしょう。下水汚泥肥料は有機肥料の一種ですので、家畜堆肥などと同様に使用できる点で農家の皆さんのハードルも低いと思います。
 また、本学の畜産学分野の先生方とは、鶴岡市の名産エダマメ「だだちゃ豆」の連作で痩せてしまった土地(※)を汚泥コンポストで再生する研究にも挑戦しています。土地の再生には大量の肥料が必要なため、化学肥料では採算が合わないのですが、下水汚泥肥料である汚泥コンポストならそのコストを下げられますし、有機肥料として土地を肥沃ひよくにする効果もあります。
 ※同じ土地で同じ作物を作り続ける(連作)と、土中の微生物や養分等が偏り、生育障害が起こる。マメ科、ナス科、ウリ科、アブラナ科などの野菜が連作障害のリスクが高い。

下水道資源を活用すれば、肥料や飼料の価格高騰に悩む必要はなくなりそうです。

 ただ、現時点では下水道資源を活用した飼料用米やデントコーンは生産量がまだ少なく、通常栽培の米やトウモロコシと混合して使わざるを得ません。養豚では飼料のコストが大きな割合を占めるため、養豚農家の方には下水道資源で育てた飼料の安さに魅力を感じていただけていますが、飼料作物を栽培する農家の方には、下水処理水や下水汚泥肥料のメリットがまだ十分に伝わっていないようです。
 とはいえ、最近の肥料や飼料作物の価格高騰は激しいですから、この機会に下水道資源を利用した作物栽培に取り組んでくれる農家が増えることを期待しています。

下水道資源の活用は循環型社会の実現につながると考えられますが、具体的にどんな効果を期待できますか。

 まず、下水処理水に含まれる栄養分が湖などに過剰に蓄積する「富栄養化(※)」を防げる可能性があります。富栄養化で水中の植物やプランクトンが増加すると、藻類が大量に増えて景観が悪くなる、悪臭がするなどの被害が起きます。しかし、作物の栽培により下水処理水の中の栄養を吸収してから川に排出すれば、そうした被害を減らすことができると思います。
 また、下水汚泥は普通、焼却により灰にして埋立処分場に埋めることが多いのですが、焼却にかかるエネルギーは膨大ですし、環境にも負荷がかかります。一方、汚泥を肥料化すれば焼却時のエネルギーや埋立処分場のスペースを削減できますし、肥料原料の輸入を減らし、国産飼料の確保を後押しすることも期待できます。
 肥料や飼料の輸入が減れば、飛行機や船、トラックなどを使った遠距離の輸送によるエネルギー消費も減り、カーボンニュートラルの目標に一歩近づきます。下水道資源の活用は、循環型社会だけでなく脱炭素社会の実現にもつながる取組なんです(下図参照)。
 ※海や川の水に含まれる栄養分が、自然の状態より増えすぎること。

出典:渡部氏提供資料

渡部様が下水道資源に期待することをお聞かせください。

 下水道資源の利用で食や資源の循環が進めば、その分だけ外から肥料や飼料、食料品を買う必要がなくなり、お金を節約できます。これをサーキュラーエコノミー(循環経済)と呼び、地域経済の縮小を食い止める効果があると言われています。食料自給率が向上すれば食料の安定供給の確保(食料安全保障)に、下水の処理過程で発生する熱を利用すればエネルギーの循環に、それぞれ貢献できます。しかも、こうした取組は、新たに巨額の資金を投入することなく、すでにある下水道事業の中から価値のある資源を発掘して利用しているにすぎません。下水道があれば、日本全国どこでも実施できる取組です。
 寂しい話ですが、これからも地方の人口減少は続くでしょうし、いずれコスト削減のために下水道事業の縮小や簡素化が議論される日が来るかもしれません。その日を迎える前に、皆さんの下水道に対するイメージを単なる「汚れた水をきれいにする施設」から「食料生産、循環型社会、地域経済にも不可欠な施設」に変えられたら、多少コストがかかっても維持しようと考えてもらえるのではないでしょうか。下水道資源の農業活用を「BISTRO下水道」と呼んでアピールする活動を盛り上げていくことで、皆さんの下水道に対するイメージを変えられると私は信じています。

 「下水道は資源の宝庫」。近年、メディア等でそんな言葉を見かけたことがある方もいらっしゃるかもしれません。排水や排泄物などの汚水を浄化するためのインフラから、果たしてどんな資源が生まれているのか。それを知るために、今回は農業利用に焦点を当てて3名の方にインタビューしました。
 映画監督の阪本順治監督には、今年4月に公開された青春時代劇『せかいのおきく』を中心に、江戸時代の循環型社会から現代人が学ぶべきことついてお話をうかがいました。当時、排泄物が肥料として売買されていたことを考えると、下水道が宝の山というのは納得かもしれません。排泄物の肥料活用の現代版ともいえるのが「下水汚泥肥料」の活用でしょう。長年下水汚泥肥料の普及を推進してきた北海道岩見沢市で農業基盤整備課長を務める斎藤貴視さんからは、普及のコツと課題についてご教示いただきました。また、下水汚泥ではなく、浄化された後の「下水処理水」を中心に下水道資源の農業利用を研究していらっしゃるのが、山形大学農学部食料生命環境学科 教授 渡部徹さんです。下水道事業の存続のためにも下水道資源の活用が必要という指摘は、少子高齢化が進む日本において誰もが自分ごととして感じられるのではないでしょうか。
 次号のテーマは、パーソナルモビリティ。2023年7月1日から16歳以上は免許不要で電動キックボードに乗れるようになることから、改めてこれからのモビリティの在り方を考えたいと思います。
(Grasp編集部)

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