トリ・アングル INTERVIEW
俯瞰して、様々なアングルから社会テーマを考えるインタビューシリーズ
vol.15
狙うは、ナイトタイムエコノミー!
夜の時間帯に観劇、観光などのレジャーを楽しむ「ナイトタイムエコノミー」。訪日外国人客の増加が続く中、「日本の街には、夜間遅くまで楽しめる場所がない」という声が聞かれるようになった。受け入れ側の日本でも、夜を楽しもうとする観光客を受け入れれば、更に消費は拡大するのでは、との狙いから、経済政策としても注目されるようになっている。これまで規制一辺倒だった夜の街に、「楽しんで遊んでもらえるように」という発想が生まれ、新風が吹き始めている。
前編
ニッポンの「夜の魅力」国が後押し
公開日:2020/2/28
観光庁
長官
田端 浩
前編
日本のナイトタイムエコノミーは、ここ数年の外国人訪日客の急増や、2016年の風営法改正にともなう規制緩和などを背景に機運が高まり、観光庁も主要政策テーマとして取り組み始めている。深夜や未明の消費に対する過度の慎重論や警戒感を抱く考えの転換を図ろうと、各地で支援策を展開している。観光庁の田端浩長官に、夜消費の可能性について考えを聞いた。
観光庁が取り組んでいる政策の考え方をお話しください。
2016年に策定した政府の政策方針として、「明日の日本を支える観光ビジョン」というものがあるのですが、そこでは訪日外国人旅行者数を2020年までに4000万人にし、消費額を8兆円にしたいという目標を掲げています。この目標が達成された場合、インバウンド(訪日外国人旅行者)にいくら消費してもらうかという試算をすると、1人当たり平均消費額は20万円が必要です。そうなると現状よりもだいたい4万7000円分多く消費してもらうことになります。
そこでなぜ「ナイトタイム」なのか、というと、インバウンドから「日本の昼は楽しいけど、夜はあまり楽しくない」という声が多いからです。観光地でも、城や寺でも見学時間は17時まで、あるいは18時までというところが多いのです。博物館のようなところも同様です。また、伝統文化の歌舞伎や能などでは16時に開演するケースもあるなど、夕食の時間帯までは観光資源(コンテンツ)が多いのですが、それ以降が乏しいわけです。さらに、常設で、日本語が分からなくても楽しめるコンテンツについては、新しい参入があまりなく、数も少ないのが現状です。昼にコンテンツを増やしても競合するだけですが、夜は選択肢がそもそも乏しいので、かえって開拓の余地が大きいのです。観光庁では、夜の消費市場の創出に資するため、「最先端観光コンテンツ インキュベーター事業」を実施し、民間事業者等による新たなチャレンジを後押ししています。
日本は夜の消費が発展してこなかったのでしょうか。
インバウンドの目を通して初めて、日本の夜の消費が少ないことが浮き彫りになったわけです。改めて考えると、日本人は「夜は寝る時間」という意識が強いように思います。それが、外国人からすれば日本は「夜のコンテンツが乏しい国」に映るわけです。私たちが取り組んでいる新たな時間市場の創出はそういう気づきからスタートしています。具体的には、ショーなどのエンターテインメント、バーなどの飲食、美術館や博物館などの文化施設に至るまでが対象です。コンテンツには多様性が求められるのですが、日本ではすべての分野で夜の消費が不足していると思います。確かに居酒屋は0時ぐらいまで営業していますが、そもそもそれ自体、早いのではないか、という見方が外国人の感覚の中にあります。東京なら山手線の終電があるから、お店も0時には閉店することもあるのですが、ロンドンでは週末に24時間、一部地下鉄を運転させ、夜に消費がしやすいようにしています。
民間の事業に国が支援することの意味は何でしょうか。
例えば、「神楽」という伝統芸能があります。その多くは昼間に公演され、夜に公演する場合はあまり多くありません。また、多言語化もあまり進んでいないので、夜間に時間が空いた外国人は観覧できないわけです。そこで、私たちは夜間公演を支援するだけでなく、外国人向けに多言語化したり、外国人が集まりやすいようにオンラインでチケット販売をしたりするような支援も併せて行います。そこで成功事例を作れば、民間事業者にとっても参入しやすくなると考えています。現段階では、伝統芸能でこうした取り組みにより「販売が急増した」というような顕著な事例はまだないですが、渋谷の能楽堂等では、そうしたインバウンド向けに能や狂言を英語の解説付きで上演するといった取り組みが進んでいます。また、2019年度は、夜に屋台の飲食の場を定期的に楽しめる「縁日」の取り組みを支援しています。8月から毎月、東京・神田明神で実施していますが、インバウンドも数多く訪れるなど一定の効果が見込まれるため、来年度は自立した形で開催できそうです。また、東京・青山で、農産物等を販売する「ファーマーズマーケット」(通常営業時間は午前10時から午後4時まで)の営業時間を午後8時まで延長し、アルコールの提供も行うナイトマーケットを開催したところ、出店者の売り上げが倍以上に増えました。民間事業者の背中を押してあげることも必要です。
【夜のコンテンツが少ない青山表参道でナイトマーケットを実施することでにぎわい創出も】
なぜ、これまでは夜に開催できなかったのでしょうか。
青山のファーマーズマーケットは、若い人たちが集まりやすい土地柄もあるので、大学生などが集まって、飲酒によるトラブルを起こすかもしれないという理由で実施していませんでした。そこで国のモデル事業(SHIBUYA NIGHT MARKET PROJECT)として「夜の時間を活用してみましょう」と事業者が呼びかけ、地元からも「試験的にならやってもいい」との了解を取り付け、実施にこぎつけました。実際に延長してみたら、若者が近隣住民に迷惑をかけることはなく、収益も拡大したわけです。こうした周辺の地域住民の心理的な壁を、国のモデル事業という後押しにより取り払っていくことも、公の役割だと思っています。
やはり、単に「夜の消費を増やす」というと、「夜遊びを助長するのか」というご批判をいただきやすいのですが、インバウンド向けの魅力づくりや、観光立国の政策として訴えるという目的を掲げると、理解を得やすいというケースが多いようです。民間に限らず、国も率先して、国立の博物館や美術館などで、開館時間を延長する取り組みも始めています。民間では、東京の六本木にある森美術館が深夜まで営業するなどの取り組みを行っていますが、国でも博物館内で夜間にヨガ教室を開くなどの試みを始めていて、従来の発想を超えた利用者目線での取り組みにも発展させていければと思っています。
※後編に続きます。
前編