トリ・アングル INTERVIEW

俯瞰して、様々なアングルから社会テーマを考えるインタビューシリーズ

vol.7

どうする? 通勤ラッシュ

都市圏の「痛勤」ラッシュは、ビジネスパーソンたちを悩ませ続けてきた。充実した鉄道網、複雑なダイヤのもと効率的に運用されている都市鉄道だが、通勤時間帯の混み具合は依然として大きな社会問題であり続けている。人口減少が見込まれる中、輸送力増強に向けた大幅投資も簡単ではない。最近は、訪日客の増加や、「働き方改革」による通勤時間帯の多様化などの変化もみられる。また東京の一極集中はさらに進んでおり、解決の道筋は見えてこない。鉄道側の対応に加え、個人の生活スタイルの見直し、都心部での住宅立地など、各方面の幅広い取り組みが求められそうだ。「ラッシュ」の今を識者に聞く。

Angle B

前編

“満員電車”問題を考える

公開日:2019/6/18

交通評論家

佐藤 信之

東京の都心部に通勤する首都圏住民にとって、朝の満員電車は大きな苦痛だ。2020年に開かれる東京五輪・パラリンピックを控え、経済発展と東京一極集中に伴うこの問題への関心が再び高まっている。そもそも、混雑の緩和は可能なのか? 交通評論家の佐藤信之氏は、この問題の根幹を説明してくれた。

いきなりですが満員電車は、ある程度緩和できると思いますか。

 例えば東京都心部を走るある路線では、ラッシュ時1時間に24~26本走っています。自分としては、1時間に30本くらいは走らせることができると思うのですが、本数を増やすと先行列車との間隔が詰まり、遅れが蓄積して、ダイヤが混乱するという考え方があります。本数が少なければ運転間隔は長くなり、安全性が高まります。走行はしやすくなりますがラッシュ時間帯を想像してみれば、本数が少ないと乗降客がホームにあふれます。乗車客がドアに殺到して降車客とぶつかったり、荷物が人にひっかかったりして、なかなかドアを閉められない。列車は想定している停車時間より10秒、20秒多く、駅に滞留することになります。そうなると、その間にホームに入ってきた通勤客が、さらにその電車に乗ろうとして遅れが拡大します。遅れを回避するために本数を減らしたはずが、逆に遅れの原因にもなりかねないのです。

本数を増やせば本当に緩和するのでしょうか。

 編成両数が10両程度の場合、本数を1本増やすと、定員でおおよそ1500人を運べます。これだけの人数が一気にホームから減ると、次の電車では通勤客がスムーズに乗降できます。これにより遅延が回避できる場合もあると思います。例えば、地下鉄丸ノ内線では1時間に31本走っていますが、狭いホームや駅構内でも、列車が頻繁に入ってくるので、混雑により運行が混乱することはありません。車両やホームの構造など路線ごとに事情は異なってきますが、こういった事例も参考に、それぞれの鉄道事業者が混雑の緩和に取り組んでいくことが求められていると思います。

【ダイヤを読む】

佐藤氏が所蔵する昭和57年の鉄道ダイヤ。子どものころから収集した鉄道ダイヤは、ダイヤモンドのような宝物だ。

日本の満員電車は、海外からみても特殊なのでしょうか。

 欧米先進諸国と日本の決定的に違う点は、欧米諸国では19世紀に既に鉄道インフラの整備を終えて、20世紀を迎えているということです。ロンドンやパリ、ニューヨークでは、鉄道全盛時代に競って鉄道・地下鉄が建設され、日本よりはるかに密度の高い地下鉄網が形成されてきました。20世紀の自動車の時代になって、欧米の都市部は鉄道の遊休施設を抱えるようになりました。しかし、日本は20世紀に入ってから、人口の爆発的集中が進み、それを追いかける形で鉄道インフラの整備が進みました。昭和30年代末、東京では“国電”と呼ばれた通勤電車には、定員の3倍も詰め込まれていました。1両の定員を150人とすると、1両に450人もの人が詰め込まれていたのです。当時、私は小学生でしたが、そのような電車で車内の奥に押し込められると、目的地で降りられないので、ドアにしがみつき息もできないようなひどい思いをしたものです。今も混雑率が200%近い路線がありますが、これは現在の東南アジア諸国が直面しているのと同じ問題を依然として抱えていると言えると思います。

満員電車の路線では駅構内も混んでいますね。

 昭和のはじめに開発された地下鉄銀座線は、道路から1階分下りるとホームがあります。狭いホームでもスムーズに通勤客が流れて行きます。今も、その高い利便性が維持されています。しかし、近年開発された駅は既存の地下施設との関係で地下深くにならざるをえず、ホームにたどり着くのも大変です。たとえば東京駅では、横須賀・総武快速ホームは地下5階、中央線のホームは高架線より高い位置にあります。当然、垂直移動を強いられますが、これが一苦労です。私も週に1回、この垂直移動を続けていて、途中で息切れしてしまいます。バリアフリーの観点からも、エレベーターの整備が求められるのですが、たいてい1台か2台しかありません。それに待ち時間が長く、昇降速度も遅いです。これは東京駅に限りません。列車の混雑緩和だけでなく、駅構内をスムーズに移動できる環境整備を考える必要があると思います。

今後人口が減れば、混雑は緩和するという見方もあります。

 東京の電車の混雑問題には、輸送力の増強だけでなく、居住地の選択や働き方改革で鉄道需要をコントロールするという方向性もあります。東京の湾岸地区に建設されるオリンピックの選手村が、大会後に住宅として大量に分譲される予定です。バブル期に郊外に拡大した人口が、再び東京の都心に戻る「都心回帰」という現象もあります。つまり近郊から2時間近くかけて通勤するより、自転車で職場まで通える都心部に住むという流れです。人口減少と合わせて、こうした流れが進めば、郊外発の通勤電車は少しずつ混雑が緩和し、快適になっていくでしょう。しかし、混雑緩和は鉄道会社の運賃収入の減少につながり、新たな問題となります。人口減少時代に、鉄道網をどうやって維持するかという次の壁が立ちはだかります。
※後編は6月21日(金)に公開予定です。

さとう・のぶゆき  交通評論家。1956年東京都生まれ。交通評論家、亜細亜大学講師(日本産業論)、一般社団法人交通環境整備ネットワーク相談役、印西市公共交通会議副会長、公益事業学会、日本交通学会会員。著書に、「通勤電車のはなし」(中公新書、2017年)、「鉄道会社の経営」(中公新書、2013年)などがある。
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