トリ・アングル INTERVIEW
俯瞰して、様々なアングルから社会テーマを考えるインタビューシリーズ
vol.41
雪国だけじゃない! 雪の脅威から身を守る
近年、交通障害や物流障害など大雪による災害やその影響は雪国だけにとどまりません。雪害が増えた一因は「地球温暖化」。現状のまま進行した場合、日本の降雪量自体は減少していくものの、1度に1m以上積もる「ドカ雪」は増加すると言われています。今後さらなる雪の脅威から身を守るために、雪が降るメカニズムから雪への備え、災害に対する心構えまで、「雪」に詳しい方々にお話をうかがいました。
前編
雪の専門家に聞く、日本の雪氷災害事情
公開日:2023/1/17
防災科学技術研究所 雪氷防災研究センター
センター長
中村 一樹
前編
近年、スキー場の雪不足が報じられる一方、雪の少ない地域で過去最高の大雪を記録するといった事象が起きています。それに伴い、雪氷災害による被害が幅広い地域から聞こえてくるようになりました。果たして、雪は私たちの生活にどのような影響を与えているのか、被害を防ぐにはどのようなことに気をつけるべきなのか、雪氷防災研究センターの中村一樹さんにお話を伺いました。
雪氷防災研究センターの活動について教えてください。
吹雪や雪崩、大雪などの雪氷災害による被害を防ぐために、災害の予測、予防、対応、回復といったことに関する研究を行う機関です。豪雪地帯の新潟県長岡市にあるこのセンターでは、レーダーやAI、IoT機器を用いた降雪量や雪粒子、積雪深、密度、雪質、路面状態などの観測と、数値シミュレーションやGISの技術を用いた雪氷災害の予測、そしてそれらを基にした予防、対応をメインにした研究に取り組んでいます。
山形県の新庄市には実験施設があるとか。
新庄雪氷環境実験所には、夏でも建物内で雪を降らせて冬の環境を再現する実験ができる雪氷防災実験棟があります。さまざまな雪が降る状況を再現しながら、災害のメカニズムを解析し、その予測や対策について検討を行っています。これだけの規模で降積雪環境を再現できる施設は世界的にも珍しく、国内のみならず、海外からも研究者が実験のために訪れています。
雪氷災害では具体的にどのような被害を引き起こすのでしょうか。
気象状況によって被害が発生する場所も内容もさまざまです。例えば、風が強くて気温が低い場合は「吹雪」が起こりやすく、これは視界の悪化による大規模な交通事故につながる可能性があります。集中豪雪となった場合は、スタックの発生などによる大規模な立ち往生や車内での一酸化炭素中毒などの危険もあります。雪が積もった場所が斜面なら「雪崩」が生じることもあります。また、強風で水分が多い雪の時は「着雪」に注意が必要です。これは物体に雪が付着する現象で、雪の重みによる電線切断や鉄塔倒壊、倒木による電線断線が起これば、大規模停電になりかねません。雪氷災害では交通障害、物流障害も発生するため経済的なダメージもあります。例えば、2020年12月には、関越自動車道で約2100台の車が大雪で動けなくなりました。
雪による事故が多いものとしてはどのようなものがありますか。
雪国で特に多い事故は屋根雪や除雪に関わるものです。雪氷災害の死者は毎年100~200名ほどになりますが(国立研究開発法人 防災科学技術研究所調べ)、その半数ほどが屋根雪や除雪の関連です。雪下ろし中に転落したり、屋根から落ちてきた雪の下敷きになったりして亡くなられています。
確かに、ニュースなどで屋根の雪下ろしに関する注意喚起をよく見ます。
昭和の時代は雪崩で亡くなられる方の割合が多かったのですが、対策が進んで当時に比べて雪崩の被害は減少し、最近は雪下ろしや落雪が原因というケースが多いです。その理由のひとつとしては、屋根雪下ろしの作業中の安全対策が十分ではないことが挙げられますが、ほかには、以前よりも家の周りの道路をきれいに除雪できるようになったため、屋根から転落した際にやわらかい雪の上ではなく固い道路の上に転落してしまい、致命傷を負う可能性が高まってしまったことも考えられます。それ以外には、雪を水路に捨てに行って転落したり、家庭用の除雪機に巻き込まれたりといった事故が増えています。
近年の雪氷災害の傾向はありますか。
ここ数年は集中豪雪、いわゆる「ドカ雪」が目立つ傾向にあります。2021年度は雪の少ない西日本でも大雪が降り、滋賀県彦根市では2021年12月26日の1日の降雪量が史上一番を記録しました。それにより、幹線道路での立ち往生も発生しました。首都圏の交通網は脆弱で、2022年1月6日には10cmの積雪でも立ち往生が起きています。
こうした被害を防ぐために、雪氷防災研究センターでは具体的にどのような研究を行っているのでしょうか。
例えば、当センターでは「雪おろシグナル」というシステムを開発しました。これは雪下ろしのタイミングがわかるシステムです。従来は「何メートル積もったか」という雪の深さを目安にして雪下ろしを行っていましたが、そもそも雪下ろしが必要なのは雪の重さで建物が倒壊するリスクがあるからです。そのため、「雪おろシグナル」では雪の重さの分布を可視化しました。
つまり、同じ深さでも、雪の重さが同じとは限らないということですか。
雪の重さは雪の質によって変わり、雪に含まれる水分量が多いほど重くなります。雨が降れば雪はスポンジのように水分を吸収し、同じ1mの深さの積雪でも重さは2倍も3倍も違ったりします。そこで、積雪変質モデルを用いて、気温、降水量などの気象データと雪の深さを組み合わせて雪の密度を解析し、雪の重量を推計できるようにしたのが「雪おろシグナル」です。
雪下ろしをすべきタイミングがわかれば、雪下ろしの回数を減らすことができ、結果として事故の減少を期待できます。また、雪国の故郷の実家が空き家で管理に困っている人も、「雪おろシグナル」ならインターネットでどこからでもチェックできますから、適切な時期に雪下ろしに行くことが可能です。過疎高齢化で雪下ろしの人材は不足していますから、安全対策とセットで「雪おろシグナル」を使う機会は今後増えるのではと考えています。
「雪おろシグナル」を利用し始めた自治体では、雪の日はかなりのアクセス数があるとか。
「雪おろシグナル」は新潟大学、京都大学と共同開発し、新潟県で最初に運用が開始されました。こうしたプロジェクトは実際にそれを使うことが想定される機関や団体と一緒に展開していくことが重要です。現場のフィードバックなしには社会に役に立つ研究は進みません。国土交通省や各自治体、除雪事業者、住民団体といったステークホルダーの皆様との共創を大切にし、産学官民連携で防災につながるさまざまな技術開発や実証実験に臨んでいます。
一般人でもわかるような「大雪が降るサイン」みたいなものはありますか。
地域ごとに異なりますが、大雪になるような天気図のパターンというのは概ね決まっています。豪雪地帯がある日本海側であれば西高東低の冬型の気圧配置になったときに雪が降り、太平洋側は南岸低気圧※が通過するときに雪が降ります。周辺の地理的形状や風向きなどによって降雪のパターンは変わりますが、同じ条件が揃ったときの再現率は高いですから、大雪が降ったときの天気図パターンを覚えておくと、危険を回避する行動に根拠を持ちやすくなります。つまり、私の住んでいる地域では、西高東低の冬型の時は西北西の風の時に特に大雪になるといった特徴です。
※日本の本州南岸付近を通る低気圧。関東の沖合を通過する場合、進路が北寄り(陸地に近い)の時は南から暖気が流れ込んで気温が高くなり雨、南寄り(陸地から遠い)の時は北から寒気が引き込まれて気温が低下し雪が降りやすい。ただし、陸地から一定以上の距離がある場合は、どちらも降らないことが多い。
雪氷災害の被害を少しでも軽減・防止するためにどうすればいいでしょう。
普段、雪がたくさん降る地域と降らない地域とで変わってきます。首都圏のようなあまり降らない地域では、目線の上と下に注意です。目線の上で注意したいのは、屋根などからの落雪です。重く湿った雪は落下時の衝撃力が大きくなります。また、雪がたくさん降ったり、雪の後に雨が降って雪が重くなった場合は、特に古い建物は脆弱で、体育館の屋根が崩落した事故もありました。ご自宅の場合はカーポートが倒壊したケースもありますから、危険な建物には近づかないなど注意したいところです。目線の下の注意点としては、雪が降らない地域の人は、雪道や凍った道に慣れていないため、転倒や事故のリスクがあります。もちろん交通への影響は大きく、物流が滞る可能性や、着雪による停電の可能性もありますから、普段から水、非常食、常備薬などを確保しておき、なるべく出歩かないことが対策になります。
雪が多い地域の場合はどうですか。
雪国の人についても、基本的には出歩かないようにすることが対策になります。雪が降らない地域の人に比べて慣れているとは思いますが、最近は過去に例のない雪の降り方をすることもあり、公共交通機関の計画運休や高速道路の計画的通行止めなど、外出制限に力を入れる傾向にあります。外出制限といってもせいぜい2~3日程度のことですから、外出の予定がある場合は日程をずらし、なるべく家の中に留まるようにしましょう。
国土交通省 冬の道路情報 公式サイト(国土交通省HP)
<https://www.hrr.mlit.go.jp/hokugi/yukinavi/>
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