地図を進化させる登山者の足跡
株式会社ヤマレコ代表取締役的場 一峰
俯瞰して、様々なアングルから社会テーマを考えるインタビューシリーズ
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地図を進化させる登山者の足跡
株式会社ヤマレコ代表取締役的場 一峰
山好きのコミュニティサイトから、デジタル地図情報の活用サイトへ。転換のきっかけはGPS(全地球測位システム)のログだったとヤマレコ(長野県松本市)社長の的場一峰氏は振り返る。今や、その情報は公的な地図を補完するまでになった。
GPSのログを機に、地図を掲載するようになったのですか?
「もともと登山の感想の機能を拡張して、地図とルートを記録できるようにしてありました。それには画面上でカチカチとクリックして手動で入力しなければいけなかった。GPSのログを使えば自動化できます。会員から希望があったわけではなく、私がGPS専用機という新しいデバイスを使ってみたかった。今はスマートフォンでGPSデータが記録できます。それをサイトで『みんなの足跡』として公開しています」
「『ヤマレコMAP』というスマホのアプリを作って、『みんなの足跡』をダウンロード表示できるようにしたんです。その画像と国土地理院の地図を山で比べると、例えば地図に載っていない登山道の変な分岐がある。けど『みんなの足跡』のオレンジの点々があれば、その分岐がどこに繋がっているか分かる。これは便利だねとなって、注目され始めたように思います」
アプリ開発はコストがかかりますね。
「自分で勉強して作っています。だから欲しいと思った機能を、すぐ反映できます」
地図の登山道はそんなに変わるものですか?
「山の中では結構、変わるんです。例えばトラバースといって斜面を横切るような道は大雨が降って崩れると使えなくなる。すると、それを迂回する別の道が用意されることがあります。また台風による倒木をどけるのが大変だから別のルートにするようなことも結構あります。ベースになるのは国土地理院の地図ですが、地図会社は現地ガイドと契約して最新情報を調べて修正しているようです。それでも地図が更新されるのは翌年です」
「紙の地図を使っていると、登山道が描かれた通りじゃないなって思いながら確信を持てずに歩くことがよくあります。新しい道ができているのに、古い道だけ描かれているとか。それと紙の地図はちゃんと見てないと、現在地が分からなくなる危険があります。だれしも迷った経験があるはずです。とくに冬山では地面が見えないので、GPSしか頼りになるものがありません」
デジタルマップとGPSがあれば、かなりの部分は改善されるように思います。『みんなの足跡』のメリットはどこにあるのでしょう。
「里山のように標高の低いところや、家屋から近い裏山のようなところの地図だと、意外と道が描かれていないんです。道があっても、登山道なのか生活道路なのか分からない。そういうところで迷ってしまう。だから誰かが歩いた後の情報は重要です。北アルプスのような有名な高い山だと地図に登山道が間違いなく描かれていますし、分岐には必ず標識が立っています。そういうところの方が迷わないようにできていますね」
2017年に、国土地理院との間で地形図修正のための協力協定を結びました。何をするのですか?
「具体的には皆さんの歩いたGPSのログの提供ですね。冬はあまり参考にならない面もあるので、夏場に登山道を歩く時期のログを匿名化してお渡しすることにしています」
「実は公的な地図が整備されるほど『ヤマレコMAP』の価値は下がってしまうんです。ただ里山の道がどうつながっているかのような情報を、国土地理院が全国で調べるのは時間がかかるでしょう。だから、それまでのつなぎとして『みんなの足跡』は重要な位置づけになるんじゃないかなと思っています」
『みんなの足跡』を拝見すると、たくさんの人が歩く道は太く表示されます。道の利用状況が分かりますね。
「例えばちょっとだけ行って帰ってくる軌跡が『ここはよく間違える場所だ』と紹介されていたことがあります。ある程度以上集まると歩きやすい道がどこかというのが推測しやすくなる。情報量というのは重要です」
交通量調査のような情報は、山以外でも使えそうです。
「『登山』を定義していませんから、会員の中には『山手線をぐるっと歩きました』みたいな記録を掲載している人もいます。けど、私としてはやっぱり山に興味がある。一般の道は整備されているし、地図をつくる会社もいくつもある。山の中には、そういうプレーヤーがいないんです。だから私たちが頑張らなきゃいけない領域だと思っています」
もっと組み込みたい情報がありますか?
「ひとつは気象情報です。各地の平均気温や平均積雪量の公的な情報はメッシュ状に提供されています。それを集計して、それぞれの山のページに表示しています。ただ、その情報が古かったり、メッシュが荒かったりするんです。もっと精度の情報がほしいけれど、山の中は高低差もあるし、難しいのかもしれません」
「可視化しなきゃいけないデータって、山の中ではいっぱいあります。ただ、そのデータが集められるかどうかは別の話です。例えば風速。登山には重要な情報ですが、風速計なんて登山者は持っていない。一部でいいので山小屋に設置してもらって情報として使えれば、山の安全につながります。また山に行きたくなります」
「あと登山者の脈拍、血圧、体温などのバイタルデータにも興味があります。登山のルートがどのくらい負荷が高いか、個人の経験ではなくみんなの心拍数などの情報で分かれば『この辺はレベルの高い斜面だ』となって価値があります」
国土地理院は日本全国の地図を公開していて、それが『ヤマレコ』のベースですね。海外の山はどうでしょう?
「会員が海外に行った時のGPSのログは公開しています。GoogleマップやOSM(オープンストリートマップ)のようなオープンな地図なら『足跡』を残せます。ただ、スマホのアプリがまだ日本語以外に対応していません。海外登山もやりたいし、逆に訪日外国人客の登山者も増えているので、そういう方に向けて英語で情報をのせていきたい。今はようやく日本アルプスの英語版ハイキングアプリを作ったところです」
山の中だと、公的なオープンデータ利用というより、『ヤマレコ』がデータ集めをして一般に提供するケースの方が多そうです。
「公共のデータ全体が良くなるのなら、われわれが貢献する価値はあるのかなと考えています」(了)