トリ・アングル INTERVIEW

俯瞰して、様々なアングルから社会テーマを考えるインタビューシリーズ

vol.8

“地下”を攻める! 新たな挑戦

狭い狭いと言われ続けた日本の国土にあって、利用しつくされていないのが地下空間だ。外部から完全に隔離できるという、地球上のほかの空間にはない特長を持つ。これまでは、道路や鉄道など交通網の敷設や、豪雨時に水をためる防災施設などとして使われてきたが、活用法はこれにはとどまらない。香港では地下都市の建設も進んでいるが、日本でも工場などで排出されるCO2の封じ込めや、地下工場の建設など様々なアイデアが実用段階に入っている。いっそうの利用に向けた課題を探る。

Angle A

前編

公開日:2019/7/9

伊東電機

会長

伊東 一夫

地下空間の利用は既に始まっている。千葉県千葉市から習志野市にまたがった場所に、20年以上前に整備された長さ3.1キロの地下共同溝がある。ここの一部を活用し、伊東電機(本社:兵庫県加西市)が植物工場を運営している。通常時は、24時間無人でコンピューターが光や空気、培養液などを管理する。1年を通じて気温が20度前後に保たれる地下空間は、気候変動に左右されず、安定的にレタスを生産できる特徴をもつ。伊東一夫会長に地下空間活用の狙いを聞いた。

千葉の地下空間で運営する植物工場について教えてください。

 もともとの計画では、周辺のビル向けに、水道・電気、通信などの機能を供給するための共同溝なのです。千葉県がバブル時代に幕張副都心を計画して作ったらしいのですが、時代が変わり、結局使われずに20数年間そのままでした。千葉県としても有効活用を探っていたようで、一つのアイデアとして「植物工場」が候補に挙がったようです。当社は植物工場に関心があり、自動運搬技術を持っている企業ということでお誘いを受け、公募コンペに参加し、審査の上で2017年12月に栽培の研究・実験を行う地下植物工場「幕張ファーム vechica」をオープンしました。

植物工場になぜ参入したのですか。

 日本では、農業従事者の高齢化が進み、農業は「4K」とも言われる嫌われた職種で、若い人の後継者が不足しています。農地は放置されており、農作業は自動化なしに活路はないと考えました。とにかく大きな社会問題です。そこで我々の出番だと考えました。伊東電機は、モーターとその制御技術を武器にした会社です。物流センターや郵便局などで、無数の荷物を宛先別に高速で仕分ける技術を持っています。ネット販売大手でも、当社の独自技術を採用しています。
 植物工場では一般的に、苗の成長に応じて、作物に光を当てたり、培養液を調整したりします。成長段階に合わせて、苗を植えたプレートを出し入れするなどの作業は、作業員の手で行われていましたが、当社はそれを完全自動化する実証実験を千葉で進めており、ほぼ完成させました。一度、苗をラインに入れると、収穫まで手がかかりません。

【完全自動化する地下植物工場】

地下空間のメリットは何でしょうか。

 当初は関西で、大阪府立大学と一緒に植物工場の実証実験を進めていました。体育館のような空間に、高さ9メートルの栽培ラックを設置し、自動搬送ラインを設置しました。しかしこの装置では空調を含めた電気代が高く、また空調の設置コストも高額であることから、事業ベースでは厳しいということが分かりました。作物の生産は問題なく進んだものの、特に夏のエアコン代が高すぎました。
 そんな問題に直面していた時に、千葉の共同溝の話が入ってきました。地下は、季節や夜昼の気温差が少なく、エアコンの電気代を圧縮できそうだということで、手を挙げました。実際に検証期間として1年半が過ぎましたが、期待通り電気代は従来の植物工場に比べ、3分の1に抑えられました。エアコンの導入・設置費用も不要で、地下10メートルの空間は、一年中19度から20度程度に保たれています。

全自動で生産されるということですが。

 現在は検証期間のため、1日200株の生産ですが、今後規模を拡大し、2年後には1日5000株の生産量にまで拡大する計画です。そうなると毎日、5000株のリーフレタスの苗を栽培用のトレイに移し、24日後に出荷を迎えるというサイクルとなります。栽培中の作物は、LED(発光ダイオード)によって光を1日のうち14時間当て、10時間は消灯することを繰り返します。ほぼ無菌状態で栽培されたシャキシャキのリーフレタスが、毎日ラインを通って運ばれてきます。
 従来の一般的な植物工場では、何段にも積み重なった棚に養液のプールを設置し、そこに栽培用のパネルを浮かべて光を当てることにより作物が育ちます。このパネルの管理を人力で行うとなると、高所にある棚の移動や、養液の飛散に注意を払わなければならないなど、作業従事者の負担が大きく、また、工場全体も不衛生になってしまう危険が高まります。当社の全自動システムの場合は、上の棚も下の棚もトレイの移動は自動化されていますし、制御ソフトで安定的に管理されているので、工場内は養液で床が濡れてしまうことがなく、清潔ですし人力での作業も発生しません。
 この技術への関心は高く、事業参入の意欲は高いようで、たくさんの問い合わせをいただいています。会社の遊休資産となっている施設や地下空間を活用したいというお客さんが多いようです。1日3万株の生産設備がほしいという企業もあります。農業以外の参入が大半です。我々は年内にも生産施設の量産に入る見通しです。
 需要は大きいのです。全国に展開するコンビニでもサンドイッチを作るための大量の新鮮なレタスを毎日何トンも必要としています。そこでは自動化をやらないと、作業者がかわいそうですし、人が集まりません。機械化の余地は大きいと考えます。何百年も前と同じ農業を繰り返していてもダメです。

LEDを照射し、無菌状態で育つリーフレタス

なぜ今、地下空間の植物工場なのか。

 植物工場の試みは、20年くらい前から、色々な企業が既に始めています。当初は水銀灯や蛍光灯を光源にして植物を照らしていました。しかし発熱量が大きく、強力な冷却装置が必要なため、コストが見合わず、普及しませんでした。それがLEDに代わり、発熱を抑えて発光できるようになりました。そして近年の異常気象を契機として、改めて植物工場が注目されています。地下に設置する植物工場では、気象条件に左右されないため、最高の条件で栽培できます。露地栽培に匹敵するコストで生産できるようになれば、文句はないですよね。コストがキーだと思います。大規模に展開すれば、コスト的に可能だと思います。なんと言っても安定的に生産できますから。
※後編は7月12日(金)に公開予定です。

いとう・かずお 1944年 神戸市生まれ(75歳)。2歳の頃からモーターをおもちゃに遊び、1963年現在の会社の前身であるイトウ電機工業所に父の片腕として入社。1980年に伊東電機社長に、40年目を迎えた2019年6月に会長に就任。「ものづくりの源泉は、開発に大きな夢を持ち続けているチャレンジ精神」を信条とする。モーターとその制御技術を生かして大量の荷物を仕分けする「IoTコンベヤ」を開発し、98年に米国郵便公社から大量受注したことから、技術と製品が世界的にも知られるようになった。2017年には、省エネ・簡単設置『セル式モジュール型植物工場』を開発し、同12月に地下植物工場『幕張ファーム vechica(ベチカ) 』を開所した。17年に経済産業省『地域未来牽引企業』に選定される。18年度には、経産省『知財功労賞 経済産業大臣表彰』受賞、秋の叙勲『旭日双光章』受章(個人受章)。2019年 経産省・日本健康会議『健康経営優良法人2019』に認定される。現在は、植物工場の開発や里山の活性化に事業の幅を広げている。
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