トリ・アングル INTERVIEW

俯瞰して、様々なアングルから社会テーマを考えるインタビューシリーズ

vol.39

デジタルは日本の救世主足り得るか?

コロナ禍以降、日本でも急速に進み始めたデジタル化。今やキャッシュレスオンリーの店舗もあり、テレワークが基本の企業も続々と増えています。こうした流れを受け、国土づくりの指針となる新たな国土形成計画の検討を進めており、今年7月に公表した中間とりまとめでは、東京一極集中の是正や地方から全国へのボトムアップの成長に向け、「デジタルの徹底活用」を挙げています。とはいえ、具体的にどう活用すれば良いのか、悩んでいる人も少なくないはず。そこで、一足早くさまざまな課題にデジタルを用いて取り組んでいる方たちにお話をうかがいました。

Angle A

前編

国際競争力の低下がコロナ禍で顕著に。日本の起死回生の鍵とは

公開日:2022/11/8

慶應義塾大学 環境情報学部教授/Zホールディングスシニアストラテジスト

安宅 和人

2020年に『シン・ニホン』(ニューズピックス)を出版した安宅和人さんは、同書で世界及び日本の現状分析と未来の展望を示しています。コロナ禍を経験した現在の世界、そして日本はどのように変わったのか。日本の産業界はいまどのようなポジションにいるのか、どうすれば厳しい状況を打開・改善していくことができるのか、忌憚のないお話を伺いました。

国土形成計画の中間とりまとめではさまざまな課題への対応策の1つとして、デジタルの徹底活用が掲げられています。安宅さんは『シン・ニホン』で、データ×AIによって世界が大きく変わりつつあることを指摘されていました。その後、COVID-19の流行を受けて世界の状況はどのように変わったのでしょうか。

 現代の産業は大きく3つのタイプに分類できます。ハードな技術やアセットを中心としたオールドエコノミー、サイバーな技術やアセットを中心としたニューエコノミー、そしてハードとサイバー両方の強みを持ち、オールドエコノミーの刷新を図る第三勢力です。『シン・ニホン』では、この第三勢力の時代が到来しつつあるということを指摘しました。この本を執筆していたのは約3年前ですが、COVID-19の流行を経て、その変化がより加速されたという印象です。

この2~3年で、具体的にどのような変化が起こったのでしょうか。

 オールドエコノミー側がものすごい勢いでディスラプション(プレーヤーの入れ替えを伴う産業革新)の圧に晒されています。2020年7月には自動車業界でトップの企業価値を誇っていたトヨタがTesla(テスラ)に並ばれ、現在では逆転して時価総額で4倍以上の差がついている状況です。
 並ばれた当時、産業構造審議会(経済産業省)など様々な場で「日本の企業価値トップであり、クルマメーカーとしては世界最大の企業価値を持ち(当時)、そして僕らの誇るトヨタも早ければあと数年で抜かれてもおかしくない」と言っていたのですが、抜かれるどころではない差をつけられてしまっています。

確かに、テスラの勢いはメディアを通じてひしひしと伝わってきます。

 Teslaはこれまでの自動車産業とは発想が根本的に違います。例えば、車体の製造においては、ギガプレスという9000トン級の超大型ダイカスト製造機と航空宇宙メーカーのスペースXで宇宙船用に開発された特殊なアルミ合金を使ってまるでミニカーのように鍛造します。これは巨大ロボット技術と金属工学技術の塊であり、普通なら数十個のパーツで組み立てるシャシ(フレーム)を5つ程度のパーツで作っています。

そういったものづくりは日本の得意分野のような気がしますが……。

 まさにです。この鍛造ロボットの製造は、当初、日本の複数のメーカーに打診したが、どの会社も断ったと聞いています。その結果、イタリアのIDRA(イドラ)という企業が作ることになりました。日本のお家芸である素材産業、あるいはロボットという業態においても日本は完全に後塵を拝しています。
 欧州の多くの国では2030年にガソリン車、ディーゼル車、プラグインハイブリッド車の販売が禁止になります。EV(電気自動車)の重量の半分近くは電池ですが、そのサプライチェーンを見てみると、原料を除けば中国が50~70%を握っている状態です。
 また、EV化/AI化で出遅れたために、銀塩カメラがデジタルカメラに置き換わったときのようなプレーヤーの入れ替わりの兆しが顕在化しつつあります。このままいけば国内自動車メーカーや周辺産業の多くは巨大な雇用を維持できなくなるリスクが十分あります。

自動車産業は危機的な状況なのですね。

 自動車だけではありません。金融サービスも世界から見ると相当に遅れてしまっています。ドイツのスタートアップでN26というネオバンクがありますが、ここはオンラインかつ数分で口座開設が可能で、24時間365日スマホで口座管理ができます。日本の銀行は未だに夜中に使えない時間があることが多い。
 欧州の多くの国は買い物の決済もCOVID到来により大半が非接触に置き換わりました。露店であろうと非接触。クレジットカードを使う場合もかざすだけです。暗証番号(PIN)もいれない。日本では現在でも現金払いしかできない駐車場、自販機、お店がけっこうありますが、そういった店をそれらの国で見つけるのは困難です。
 また、教育も変わってきています。米英の主要大学では人気講座のオンラインの講義展開(MOOC)は当たり前で、そのコンテンツを使って反転学習(※)も行うし、一人ひとり個別に学習する。そういったことも日本ではほとんどできていませんよね。
 ※「授業で学習し、自宅で復習する」という流れを反転させ、「自宅で予習し、授業でさらに学習する」という流れにする

コロナ禍で世界はかなり変わってきているのですね。

 はい。COVID-19の流行を受け、『シン・ニホン』執筆時に想像していたより前倒しでデジタル化と産業の革新が進んでおり、主たるプレイヤーも入れ替わってきています。すべての産業はサイバー的な力、データ×AI、を梃子(てこ)に刷新されつつあり、リアル的な技術やアセットを中心としたオールドエコノミーが、サイバー、リアルの両方の強みを持つプレーヤーに置き換わる流れが顕在化しつつあります。
 『シン・ニホン』ではデータ×AIの応用フェーズにおいて日本にも勝機があると書きましたが、COVIDにより応用フェーズが2~3年早くやってきてしまい、日本は多くの産業分野で出遅れたまま、取り残されているという印象です。

日本ではデータ×AIを梃子とした産業の刷新があまり進んでいない、と。

 ですね。現代はサイバーな技術やアプローチを使いつつ、サステナブル(持続可能)なかたちで産業を組み替える局面になっているのですが、そこに取り組めていません。先程あげたTeslaは、自分たちはモビリティ会社ではなく、持続可能なエネルギー社会への変革を加速するための会社であると言っています。
 クルマ自体がかなりの蓄電池ですが、Teslaはそれに加え多くのバッテリーを家庭に配備し、屋根も充電設備に変えるという新しいエネルギーの流れを作り上げようとしています。彼らは発電所からの送電グリッド、巨大な設備インフラ、に過度に依存しない社会を作ろうとしているわけです。
 サステナブルという点ではAppleはかなり前から、アルミニウムの精錬過程でCO2の排出量が出ない技術をアルコア(アルミニウムの世界的メーカー)と開発しており、持続的な取り組みを着実に進めています。

サステナビリティも含めて産業の刷新が必要になっているのですね。

 はい。サイバー的な技術は革新的ですが手段に過ぎません。これらを用いて環境負荷を下げる革新をいかに行うのか、というのが、今の社会や経済変革の中心です。私たちと地球が共存可能な未来に貢献するかたちで使っていくように産業を変革、再構築していくところに大きなチャンスがあります。

日本はどうすれば状況を打開・改善していけるのでしょうか。

 国としてはやるべきことを爆速でやるしかないと思います。中国がここまで強くなったのは、リアルな時代からサイバーな時代に変わる時代の潮目の変化を見据え、科学と技術の革新に情熱を傾けたことが大きい。2015年に「中国製造2025」という産業政策で100兆円超の投入を決めたのですが、こういう技術と産業の新しい背骨を作ろうという骨太の取り組みは、こじんまりとせず必要なだけリソースを入れれば大変ROI(投資利益率)が高いです。
 彼らはハード技術もデジタル技術も秀でたものがないレベルから、両方を徹底的にやったことが今につながっています。欧米に散っていた優秀な人材を、市場価値以上のお金を出して集め、今では論文数でも質でも米国を抜き世界1位になっている。日本も、より明確な方針を立ててリソースを投入し、人づくりと産業の刷新を行うべきでしょう。

思い切ったリソースの投入が必要なのですね。

 そう思います。結局、リソースがなければ何を言っても意味がない。基本計画の骨子はやはり方向性だけでなく、それを裏付ける予算とセットであるべきです。
 日本の大学では産学共同という名のもとに企業から金をもってこいという話が当たり前のようにされています。一方、世界の大学ランキングトップの多くを占める米国の主要大学のお金の流れを見ればわかりますが、大学は企業からの寄付ではなく、主として国のお金と個人の寄付で動いています。
 あれだけ大きな企業が存在している米国、しかも私立の大学がメインであっても、研究費は国からの資金が圧倒的にベースとなっており、未来のために投資をしているわけです。そして、そこにビル・ゲイツ財団やハワード・ヒューズ財団みたいな大きな財団が支援をしている。これも実は成功者のお金ではありますが。再配分システムの中心にいるはずの国が潤沢なお金を投入しないと未来は作れないのです。

内閣府の「第6期科学技術・イノベーション基本計画」では、10兆円の大学ファンド創設が盛り込まれています。

 はい。数年に渡って投げ込ませて頂いたものが、内閣府の総合科学技術・イノベーション会議(CSTI)上山議員、自民党の甘利先生、平先生らのお力もありようやく形になった感じです。日本の国力を考えるとR&D投資としてはもう一桁欲しかったところですが、初めて明示的に国家的に人材育成・R&D視点で基金を作る計画なので価値はあると思います。
あまり知られていませんが、総合大学を維持するための基金創設は初代文部大臣である森有礼以来の悲願だったわけですが、そこに対する歴史的な楔の打ち込みになったと思います。関わられたすべての方に感謝しています。
 ただし、この大学ファンドが掬い上げられる大学は、いわゆるリサーチユニバーシティ、研究大学、特に当初はその主要校のみです。とはいえ、同じ基金の運用益からPh.D(博士号)を持つ学生を支えられるようになるので、日本の大学のかたちが変わり、世界中から才能を集められる国に変わると考えています。この基金が日本再生に必要な“人づくり”の足掛かりになっていくことを期待しています。

あたか・かずと 慶応義塾大学環境学部教授、Zホールディングス株式会社シニアストラテジスト。マッキンゼーを経て2008年からヤフー、2012年よりCSO。2022年よりZホールディングス。2016年より慶應義塾SFCで教え、2018年より現職。データサイエンティスト協会理事。一般社団法人 残すに値する未来 代表。イェール大学 脳神経科学PhD。公職多数。著書に『イシューからはじめよ』、『シン・ニホン』ほか。
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