トリ・アングル INTERVIEW

俯瞰して、様々なアングルから社会テーマを考えるインタビューシリーズ

vol.1

テクノロジーは過疎を救うのか?

東京一極集中と過疎問題。地方都市が消滅するとも言われる。他方、自動運転車が過疎地域の人々を運ぶ足となり、ECで何でも注文でき、無人ドローンが荷物を運ぶ。5G普及で遠隔地勤務も容易になり、様々な働き方が生まれる。再生エネルギーにとって代わり、大量生産の優位性が薄れ、非中央集約型の分散型経済に。Society5.0において本当に地方は消滅するのか、逆に地方へ人口が回帰する、そんな可能性はないか。テクノロジーの可能性から、「過疎」を再定義していく。

Angle B

後編

ロボットが隣人になる社会

公開日:2018/12/7

ロボット工学者

大阪大学教授

石黒 浩

少子高齢化や人手不足対策の切り札として政府が「ロボット新戦略」を打ち出してからまもなく4年―。市場は順調に拡大し、ロボットは産業用から家庭用へと、より身近な存在へと変化し、私たちの日常生活に溶け込みつつある。同時に研究開発の現場では、ロボットが社会の「一員」となるためのさまざまな課題も浮き彫りになる。人口減少社会で「ロボットは当たり前の隣人となる」と語る大阪大学教授の石黒浩さんは、日本が直面する構造的な課題にテクノロジーでどう挑もうとしているのか―。

ロボット開発を通じてテクノロジーと人間の関係を探求されていますが、地方の過疎化の問題において、テクノロジーはどのような役割を果たすと考えますか。

 「デジタルテクノロジーを活用すれば、時間や地理的な制約、さらには人間の能力さえ、乗り越えることが可能です。よって過疎に何らネガティブなイメージは抱いていません。むしろ、経済的な規模拡大ばかりを追求するのではなく、たとえ低成長下であっても、それぞれが多様性を発揮した生き方や働き方が実現できる安定した社会―。これこそ、日本が目指す社会像だと感じています」

情報通信技術の進展を背景に、地方に拠点を移したベンチャー企業が、新たな働き方を実現するなど、過疎地の問題にリアリティーのある解決策を見出す動きもみられます。

 「米国では遠隔操作型ロボットを開発し、人間は生活コストが安い町に住み、自分の『身代わり』となるロボットを経済の活動拠点に置くといったライフスタイルを送る人がすでに存在します。その場合、『生身』の身体がそこに存在するかどうかではなく、タスクが処理されたかどうかが報酬の対価であるはずです。つまり、テクノロジーは多様な働き方やライフスタイルを実現すると同時に、人間の存在の本質は、身体が『生身か機械か』ではないという事実も突きつけているのです」

人間が果たしてきた役割がロボットに代替され、人間以上の価値を持つ場面も増えてきています。すると人間には何が残るのでしょうか。

 「なぜ、ロボットと人間を比べたがるのですか。人間は極めてユニークな存在でなければならないという先入観でもあるのですか。義手や義足で生活する人を差別することなく、現代社会は受け入れているように『生身』も人間の必要条件ではありません。そして人間は技術を使うことで進化してきました。ロボットと人間を比べることに意味はありません」
 「ロボットが人間に近付きつつあることで、人間固有の価値は何かといった本質をあぶり出すからこそ、ロボットを畏怖の対象と捉えるのでしょう。僕はロボットと人間は当たり前に共生していくと考えています」

「ロボットとは違う存在」と思いたがるのは人間のおごりですか。

 「そうですね。でも一方で、皮肉なことに、他者より優れていると思わないと社会は発展しません。これはロボットの話とは無関係ですが、最近、世界的に格差が拡大、固定化する傾向が強まる中、あきらめムードが漂う風潮は気になっています。いくら機会を与えられても自分には無理だと挑戦することを恐れる人が増えているように感じます。日本は、そんな国であってほしくない」

「ロボットが当たり前の隣人になる」。それを象徴するような、ある「出来事」を興味深く聞きました。

 「三菱重工が作ったコミュニケーションロボットのことですね。老朽化して使えなくなったので、研究室ではルールに基づき処分することにしました。ところが廃棄待ちのロボットの様子を見た学生が、写真をSNSに投稿したことで『かわいそうだ』と大騒ぎになったのです。一定以上認知されたロボットは、社会的な人格を持っていることを象徴するエピソードです」

【多様性が安定した社会を生む】

中央にあるのがコミュニケーションロボット「テレノイド」のフィギュア

人口減少社会、あるいはそれがいち早く顕在化した過疎化社会では、人と人のつながりも変化します。人間は人とのつながりを大切にする部分がある。石黒さんは、そこだけを表現し、他はすべてそぎ落としたようなロボットを作りたいと考えているとか。

 「何年もやっていますが、これが難しい。『魂』をロボットのようなもので表現したいと考えているんです。魂って極めて個人的なものであるように感じますが、同時に『先祖の魂』とか『日本人の魂』と表現したり、『死んだら魂は似たようなところに帰る』と口にするように、社会性を兼ね備えているんです。『個人』であり『社会』でもある。しかも形にとらわれないロボット。そんな姿を模索しています」
 「前回お話したように、日本で対話型ロボットを普及させることは困難です。サービスを提供する相手が何を求めているのか、ロボット自身が人間の意図や欲求を読み取り、意思決定する機能が必要になります。社会的に求められるものは何か、つまりそこでも『社会性』の課題が浮上します。ですから、魂を持ったロボットも開発への近道はなく、対話型ロボットが社会に浸透した先に、見えてくるものがあるのかもしれません」

哲学ですね。

 「哲学で終わったら負けだと思っています。思索を重ねるのではなく、僕は開発を通じて根源的な問いに対する解を導き出したい。具現化することに重きを置いています」

では、少子高齢化や人手不足、過疎化といった構造的な課題を乗り越えて、テクノロジーと人間が共生する幸せな未来社会の姿とは。

 「幸せとは相対的な価値観ですから、『幸せな未来』など予測することはできません。むしろ、重要なのは多様性の実現です。多様性を担保するのが技術であり、ロボットが日常生活に浸透することで、働き方や生き方の変化を通してさまざまな人にチャンスを与えます。そもそも人類の進化は多様性から始まっているのですから」

自身をモデルにした人間らしさを再現したアンドロイドロボットの開発から10年あまり。今では、ご自身が不老不死のロボットの風貌に合わせる努力をされているとか。

 「似ているとか似ていないとかメディアがうるさいからね(笑)。それに自分だけ老いていくのは嫌でしょう。だから41歳の自分をモデルに開発して以来、時折、簡単な美容整形の施術を受けています。加齢に抗うのは大変です」(了)

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