トリ・アングル INTERVIEW

俯瞰して、様々なアングルから社会テーマを考えるインタビューシリーズ

vol.6

激甚化する自然災害にいかに向き合うか。

2018年は7月豪雨災害や台風21号など、様々な大規模自然災害に見舞われた。気候変動の影響等により、今後も大規模な自然災害の発生が想定される。ネットメディアやSNSなどが急速に普及する現代社会においても、まだ住民一人一人に必要な災害情報が届いているとは言いがたいく、逃げ遅れが問題となった。課題解決に向け、官民一体となり、マスメディアもネットメディアも垣根を越えた取組が今、始動している。

Angle B

前編

災害の実像をとらえて行動を

公開日:2019/5/14

静岡大学防災総合センター

教授

牛山 素行

インフラの整った現在でも、自然災害の被害は小さくない。とくに近年では、地球環境問題による気候変動が風水害の激甚化に結びついているとの見方もある。本当に災害が増え、被害が拡大しているのだろうか。大雨などの風水害の被害の研究を専門とする静岡大学防災総合センター教授・副センター長の牛山素行氏に、近年の動向について聞いた。

メディアも枕詞のように『災害の激甚化』と報じています。

 「災害という言葉が広い意味で使われている可能性があります。地震や大雨など自然の激しい現象を『ハザード』と呼びます。あえて日本語にすると『外力』です。それによって社会に何らかの被害が生じたものが災害です。たとえば地震そのものは災害ではないけれど、日本語では「地震による災害」「震災」と“ごっちゃ”になっていて、誤解につながっています」
 「私の専門である風水害でいうと、短時間に激しく降る雨の回数に、やや増加傾向が見られます。その意味ではハザードは激化しているといってもいいでしょう。ただ地震火山の噴火は、雨に比べると回数が少ないこともあって、(激化したかどうか)私は専門でないこともあり、よく分かりません」

被害は増えているのでしょうか。

 「短時間の大雨の回数などの頻度はやや増加しているけれど、その量自体がどんどん大きくはなっているとはいえないでしょう。雨の激しさは表現が難しいんですが、例えば1時間降水量の記録が次々に更新されているわけではなさそうです。観測値が残っている中で最も大きい1時間降水量としては、1982年の『長崎大水害』時の長崎県長与町での187ミリが知られていますが、観測網がかなり整備された現在まで40年間近く更新されていません。24時間とか72時間でみても毎年次々と新記録が出ているわけでもないのです。たとえば、気象庁による1時間降水量の全国の上位10位記録までのうち最近10年間(2009年以降)の記録は2件、日降水量についても同じく2件です」
 「一方、ハザードが引き起こす災害、つまり被害は明確に激減しています。気象庁のアメダス観測で比較できる1980年代と2000年代以降では、微妙な変化ですが、激しい雨が多くなっています。しかし同じ期間で見ると風水害による人的被害や家屋の被害は、近年の方が半分程度。さらに戦後間もない1950年代から比べると人的被害は2ケタ減っています。大地震を別にすれば、近年の風水害で亡くなる人は100人を下回る年も少なくない。現代は、日本の歴史の中でも自然災害、特に風水害の被害を減らし切った時代だと私は思っています」

豪雨の増加を気候変動の影響だと考えますか。

 「私はそのメカニズムの研究者ではありません。ただ、いろいろな側面から大雨の頻度が高くなったことは言えます。自然の揺らぎという側面もあるので、それが気候変動なのかどうか分かりません。ただイメージとして、今まで一生に1回だった激しいハザードに、一生で2、3回ぐらい出会うようになることは、ありそうです」

「忘れる」を前提に準備を

1959年伊勢湾台風の様子」

一般の人は、災害が増えたと考えているのではないでしょうか。

 「アンケートをしたことがあります。『以前に比べて豪雨が発生する回数が増加したと思いますか?』という質問には9割以上が「増加」と回答、『豪雨による被害が増加したと思いますか』の質問に対しても9割弱が「増加」との回答でした。被害の増減傾向については明らかに誤認の人が多いのですが、一般のイメージはこのようになっているようです。その背景は色々考えられそうですが、ひとつには、我々は過去の出来事を忘れやすい、ということもあるのではないでしょうか」
 「たとえば、2018年7月豪雨は西日本を中心に大きな被害が出て、死者(直接死)・行方不明者が230人。これは1982年以降で最大の人的被害でした。しかし戦後最大の風水害による人的被害の生じた1959年の伊勢湾台風は5,000人超です。(1945年~現在に至るまでに)死者・行方不明者230人以上となった事例は24事例、1,000人を越える事例も死者が出たことも7回あります。こうした過去の災害を、誰もが記憶しているわけではないと思います。また、今は広い範囲からの情報が得やすくなっていることも関係しそうです。昔だったら関東の人は、北海道で起きた災害をよく知らない、といったこともあったでしょう。しかし今は日本中で起きたことがすぐに伝えられるから『また大災害だ』という印象が残りやすいのかなと思います」

実感できる世代も減っています。

 「京都大学の矢守克也先生らの研究によると、新聞の報道量を指標にして解析すると、災害への関心は大雑把に5年で10分の1、10年で100分の1に低下するとも言えるようです。指数関数的な減少なんですね。これは僕の感覚にとてもフィットする。全国で防災の講演をするんですが、それぞれの災害時にドラマチックな話題として取り上げられたようなエピソードでも、10年も経つとほとんどの人が覚えていないんですよ。気候の変化どうこうより、人がモノを忘れるスピードの方がはるかに速いのではないかと思ったりしています」
 「よく『災害を語り継ぐ』と言われ、無論スローガンとしてはいいと思いますけど、現実には難しいのではないかと思います。災害の教訓を忘れないでいられるというのは楽観的すぎます。人はすぐ忘れるものだし、そもそも災害のことは考えたくもない人も少なくないのではないでしょうか。そういうものだという前提で準備をしていくしかないのではないでしょうか」

気象庁から「50年に一度の大雨」などの特別警報が出されるようになりました。

 「特定の地点でみれば正しい情報ですし、一般に対して強く警告しようという意図も分かります。ただ気象庁もメディアも、警告を強く出すのがいいことだという意識を持ちすぎていないでしょうか。統計をもとに何らかの観点から見れば『過去最大』というような表現は、いくらでも作れます。クリック数を稼ぐビジネスなら、人の関心をあおる必要性があるでしょう。でも気象情報で、毎年起こるような事象を大事件みたいに伝えるようだと問題です」
 「メディアに関連していえば、防災の情報を『分かりやすく』という考え方は、かなり注意が必要だと思います。分かりやすくする時に、いろいろなものを歪めてしまうこともあるからです。ひとつの例ですが、洪水の際に安全に歩行できる水深は50cmだ、という話を時折聞きます。これはとんでもなく危険なメッセージだと思います。水中で人が流されるかどうかは、水深だけで決まるものではありません。水深と流速の組合せで決まるものであり、水深が浅くても流速が速ければ流されてしまいますし、人の年齢とか体格とかでも大きく変わってきます。話を過度に単純化してかえって危険に人を近づけるようなメッセージだと思います。単純化したいなら『流れる水に踏み込むと流されて死ぬかもしれない』だけで必要十分だと思います。このような、本質的なことを『分かりやすく』と称してゆがめた『防災豆知識』は他にも色々あると思います。防災で禁物なのは『固い頭と思い込み』です」
※後編は5月21日に公開予定です。

うしやま・もとゆき 1968年長野県生まれ。1993年信州大学農学部森林工学科卒業、1996年岐阜大学大学院連合農学研究科博士課程(信州大学配置)修了。京都大学防災研究所助手、東北大学大学院工学研究科附属災害制御研究センター講師、岩手県立大学総合政策学部准教授などを経て、2013年から静岡大学防災総合センター教授。豪雨災害や津波災害を対象に、災害による人的被害の発生状況や防災関連情報に対する利用者の認識・伝達方法などについて、事例調査を中心とした調査・研究を進める。主な著書に『豪雨の災害情報学』『防災に役立つ地域の調べ方講座』(共に古今書院)など。
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