本能的に身を守る!それが緊急地震速報の意義
気象庁地震火山部地震火山技術・調査課課長束田 進也
俯瞰して、様々なアングルから社会テーマを考えるインタビューシリーズ
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本能的に身を守る!それが緊急地震速報の意義
気象庁地震火山部地震火山技術・調査課課長束田 進也
緊急地震速報によって地震の強い揺れがくることを知ったとき、私たちはどのような行動を取れば良いのでしょうか。前もって取るべき行動を理解しておけば、いざというときにも焦らずに冷静な対応が取れるようになります。後編では、緊急地震速報の活用の仕方や日頃から行っておくべき備え、さらには緊急地震速報の将来像などについて、引き続き気象庁の束田さんに解説していただきました。
緊急地震速報は一般向け、高度利用者向けに分かれています。なぜそのような分け方をしているのですか。
一般向けの緊急地震速報は強い揺れの到達に備えて身構えてもらうことが目的です。ですから、弱い揺れの情報や確度の低い情報は必要ありません。一方、高度利用者向けはより専門的な使い方が想定されています。例えば、精密機械の工場ならば弱い揺れでも生産や品質に影響が出てしまいます。リスクヘッジとして、少しでも「揺れが来るかもしれない」という状況であれば、確度が低くても情報がほしいわけです。一時的に生産ラインを停止してやり過ごしたり、危険作業を止めたりといった対応ができますからね。そのため、工場などでは機械の自動制御と紐づけて緊急地震速報を活用しているところがあります。
他にも、鉄道やバスの減速・停止信号としての利用、エレベーターの運行制御といった活用の仕方があります。また、たくさんの人が集まる学校、病院、役所、空港などの館内放送などにも使われています。
緊急地震速報の減災効果は、実際どれくらいあるのでしょうか。
実は、私たちが思うほど表に出てきません。緊急地震速報によって身の安全が確保できても、その後に被害があればそちらに強い印象を持つことが多いからではないでしょうか。また、「緊急地震速報が鳴っても、身構えるだけで何もできなかった」という印象を持たれる方も多いからだと思います。しかし、緊急地震速報の役割からすると、身構えることができれば十分なのです。不意に突然の揺れに見舞われるのと、身構えた状態で揺れがくるのとでは、後者のほうが安全を確保しやすいはずです。実際、大きな地震の後にSNSを見てみると、「高所作業中に緊急地震速報が鳴り、慌てて降りた」、「揺れが来る前に目が覚めてメガネをかけられて良かった」という投稿もありました。非常に稀な事例ですが、飛行機をゴーアラウンド(※)させたことがあるとも聞いています。
緊急地震速報は「論理的に考え、納得した上で身の安全を確保する」というタイプの情報ではありません。「音が鳴ったら身構える」という本能に働きかける情報であると考えています。
※飛行機が安全に着陸できないと判断された時に滑走路への侵入、着陸を取りやめて、再び上昇すること。
確かに、あの音を聞くと、万一の場合に備えて身構えます。
そこが大切です。身構えるだけで命を守ることにつながります。それが緊急地震速報の意義であるといえるでしょう。もちろん、緊急地震速報があるから、その他の防災アクションが必要なくなる、ということはありません。寝室に物を積み上げない、タンスは耐震固定する、といった備えはしておく必要があります。そのような日常的な地震への備えをした上で緊急地震速報があれば、さらに身の安全を図ることができる確率が大きくなります。
実際に緊急地震速報があった場合、どのような行動を取るべきでしょうか。
慌てずに、周囲の状況に応じて、身の安全を確保してください。屋内では頭を保護し、丈夫な机の下など、安全な場所で身を守ります。屋外ではブロック塀の倒壊など、周囲に注意します。揺れたら振り落とされてしまうような高所にいる場合は速やかに降りましょう。
揺れが収まった後は、時間経過と共に警戒する内容が変わっていきます。怪我をした人や家具などの下敷きになった人がいないか確認し、怪我をした人がいれば、必要に応じて応急処置をします。火の始末や初期消火も揺れが収まってから行います。
また、沿岸にいる方は津波の恐れもありますので、速やかに高台などに避難してください。
日頃の備えとしては、どのようなことをしておけば良いですか。
日頃からの備えについては、先ほど申し上げたとおり寝室やリビングなど日頃長い時間過ごす場所では、物が落ちてこない、家具などが倒れたり、移動したりしてこないような安全なスペースを確保するようにしてください。
そのほか、緊急地震速報を見聞きした際に適切な行動を取れるように、お住まいの自治体が行う訓練などに参加して、定期的に地震から身を守るための対応行動を身につけておきましょう。
緊急地震速報を見聞きした際に、「外に出ようとした」「火の始末をした」「家具などを押さえようとした」という行動を取る方がいますが、状況によっては、かえって怪我をしてしまう場合があります。周囲の状況に注意しつつ身の安全を確保し、地震の揺れが収まってから次の行動をするようにしてください。工場などの場合は機械の制御を自動で行えるようにしておくことも大切です。
緊急地震速報は現在も精度向上が図られているとか。
一般提供が始まってから、複数の地震が同時に発生した際に1つの大きな地震と誤認して過大な警報を出してしまうことがありました。例えば、2018年1月5日に茨城県沖と富山県南部でほぼ同時に地震が発生したときには、2つの地震による揺れを1つの地震による揺れであると誤判定し、関東などの広い範囲に過大な緊急地震速報を発表しています。
この問題が起こった主な原因は、震源を求める処理を複数の手法によって並行して行っていることにあります。そのため、京都大学と共同開発してきた1つの手法で震源を求める処理ができるよう準備を進めてきました。この仕組みは2023年9月下旬より運用を開始しており、誤判定も少なくなる見込みです。
また、2023年度から緊急地震速報の発表基準に長周期地震動階級の予想値を追加して提供することにしました。長周期地震動階級3以上を予想した場合、警報を発表します。これには防災科研の研究成果が活用されています。
「長周期地震動階級」とはどういったものですか。
地震が発生すると、様々な周期を持つ揺れが生じます。ここでいう「周期」とは、揺れが1往復するのにかかる時間のことで、マグニチュードが大きい地震の時は、周期の長いゆっくりとした大きな揺れが起こります。これが「長周期地震動」と呼ばれるものです。
一方、建物にもそれぞれ「揺れやすい周期」があり、この周期と地震の揺れの周期とが一致すると、共振して、建物が大きく揺れます。高層ビルの周期は低い建物より長いため、長周期地震動と共振しやすく、共振すると長時間に渡って大きく揺れ続けます。この時、低層階より高層階の方が揺れやすい傾向があります(下図参照)。長周期地震動による揺れの大きさは地表の震度では把握できないため、「長周期地震動階級」という揺れの指標を導入、発表することになったのです。
長周期地震動は遠くまで伝わりやすい性質があり、2011年の東北地方太平洋沖地震(東日本大震災)では、大阪市内で、地上では小さな震度だったにもかかわらず高層ビルの上階が約10分間に渡り大きく揺れました。その結果、天井ボードの落下やエレベーターの停止、閉じ込めなどが起こっています。長周期地震動階級を発表することで、こうした危険の回避に役立てられると考えています。
緊急地震速報の今後の目標を教えてください。
2007年10月に一般向けの緊急地震速報がスタートしてから、15年以上が経過しました。この間、社会ではスマートフォンが急激に普及するなど、緊急地震速報受信者の情報通信環境は大きく変わり、より細やかな情報提供や情報の受け手に応じた伝達が可能になってきました。
こうした変化を踏まえた上で、私たちが将来的に目指していることのひとつは、地震発生後に揺れがどのように広がっていくのか、その時間的推移の予測を行うことです。これができるようになれば、「今、自分のいる場所において揺れがいつまで続くのか」といった、ユーザー一人ひとりの状況に応じた情報を提供できるようになるでしょう。
実現には、予測精度向上のための研究開発、瞬時に揺れの数値計算ができるコンピュータ、高速大容量の通信、情報をどのように伝えるかの検討などがまだまだ必要です。ユーザーのニーズを把握しながら、より防災に役立つ情報を提供できるように今後も取組を進めていきたいと思います。