トリ・アングル INTERVIEW

俯瞰して、様々なアングルから社会テーマを考えるインタビューシリーズ

vol.36

未来を守る、未来をつくる、メンテナンス

老朽化が進む社会インフラを限られたリソースで少しでも多く、長く維持していくため、重要性が増している「メンテナンス」。それは、現状維持のための「守り」だけではなく、安全・安心な未来を手にするための「攻め」の手段でもあります。体のメンテナンスが心の健やかさにつながるように、インフラメンテナンスの進歩の先には何があるのでしょう。先進事例を交えて考えます。

Angle B

後編

見えない下水道を“見える化”する

公開日:2022/7/22

株式会社建設技術研究所

鈴木 英之

雨水と汚水を別々の管路に流す分流式下水道で課題になっている「雨天時浸入水」の浸入箇所を特定するためには、長期間の調査期間と大きなコストが必要でした。これを解決したのが新たに開発された「音響AI解析技術」です。後編では、音響AI解析技術の開発の経緯などについてうかがいます。

「音響AI解析技術」では音を利用して異常を検知します。この検知方法は、どのような経緯で生まれたのでしょうか。

 もともとの技術は国立研究開発法人 産業技術総合研究所(産総研)で開発されたものです。産総研が持つシーズ技術と企業のニーズのマッチングを支援するサービスがあり、その中に音で機械の劣化を診断する技術がありました。機械の劣化が診断できるなら、下水道の雨天時浸入水も検知できるのではと考えたのがきっかけです。
 モーターをはじめとした回転機器の異常を音で検知する方法は以前から知られていましたが、下水道でも同じように検知できるのか? 当社の水理センターには、下水道の模型があるので、そこで下水道の水量を変化させたときに、音に違いがあるのかどうかの実験を行いました。
 実験の結果は「違いはある」でした。次の段階は試験設備ではなく、実際の下水道で確認することです。フィールド調査の結果も「行けそうだ」ということになり、技術的に実用可能だという目処がたったのは2018年ごろでした。
 2019年には、国土交通省水管理・国土保全局下水道部が主導する下水道革新的技術実証事業(B-DASHプロジェクト)の支援でさらに本格的な調査を行いました。その結果、「AIによる音響データを用いた雨天時浸入水検知技術」が国土技術政策総合研究所の技術導入ガイドラインに掲載されることになりました。
 技術開発というと、さまざまな困難を技術者が協力して解決したというドラマチックなエピソードが紹介されることが多いのですが、今回の開発はとても順調に進んで、ドキュメンタリー番組になるようなエピソードはほとんどありませんでした。

AI解析はどのように利用されているのでしょうか。

 流量計を使用して雨天時浸入水の浸入箇所を特定する以前の手法では、表計算ソフトで流量データを整理して、技術者が雨の日に流量が増加しているかどうかを、いわゆる職人技で判断していました。今回は、その部分にAI解析を活用しています。
 たとえば、川の流れだと、晴れの日のせせらぎの水音と、豪雨の日の激流の水音では、誰が聞いてもその違いがわかります。しかし、私たちが知りたい汚水用管路に流れる水の量による音の違いは、ちょっと聞いただけでは分からないくらいの差しかありませんでした。
 水の流れる音といっても、さまざまな特徴があります。音の大きさや高さの最大値や最小値、平均値など、282個の特徴値を選定して、雨天時浸入水の有無を判定できるように特徴値に重み付けをして、解析できるようにしていきました。
 今回使用したAIは、今、よく見かける機械学習とは違って、調査する地点だけを学習させていく方式を採用しています。晴天の日と雨天の日のデータを学習させて、所定の違いがあれば雨天時浸入水があると判断するAIです。
 何度も学習させて、どんどん精度を上げていくというタイプのAIではありませんが、その分、コストダウンに貢献しています。

新しく開発された「音響AI解析」では、どのようなメリットがあるのでしょうか。

 従来手法と比較して、コストや調査期間など、音響AI解析ではトータルで約40%の削減が可能です。
 従来の手法では調査エリアのマンホールに入って、流量計を設置する必要がありました。音響AI解析では、ボイスレコーダーをマンホール上部の取っ手に取り付けるだけですみます。これで調査作業の削減を実現しました。また、使用するボイスレコーダーも市販の製品なので、専用の流量計よりも大幅にコストが削減できました。高価で高機能なボイスレコーダーよりも安価なボイスレコーダーの方が音響AI解析に適したデータが採取できることは驚きでした。
 調査に関するコストを削減できたことで、調査範囲を広げられるようになったこともメリットです。一度に調査できる測定点が増加したことで、より効率的に調査を進められるようになりました。たとえば従来だと、1km程度の管路に絞り込んでからテレビカメラによる内部調査を行っていましたが、新しい手法では200m程度まで絞り込んでからカメラによる調査を行うので、雨水浸入箇所を特定する作業も大幅に効率化しています。
 さらに、従来は技術者が手作業で行っていたデータ解析がAIによって行われるので、データ解析のコストも削減されています。データ収集には平日と休日、晴天と雨天のデータが必要なので1〜2か月程度、連続稼働させる必要があります。そのためにはボイスレコーダーに外部から電力を供給する必要があるのですが、その開発には少し苦労しましたね。

音響装置。防水箱にボイスレコーダーを格納。集音マイクは水面近くに吊り下げ、音を拾う。

「音響AI解析」を採用している自治体はあるのでしょうか? また、今後はどのような技術開発を予定しているのでしょうか?

 実証実験に参加いただいた自治体を含め、現在、20あまりの自治体で「音響AI解析」を採用いただいています。「音響AI解析」は2021年に、日本国内における社会資本のメンテナンスに関わる優れた取組や技術開発を表彰する「インフラメンテナンス大賞」を受賞したので、今後、同じ課題を抱えている自治体に広く採用されていくと期待しています。また、当社は海外にも拠点がありますが、海外の自治体からも実証試験の問い合わせをいただいています。
 今後、取り組みたい課題としては下水道の流量のリアルタイムでの可視化です。近年増加しているいわゆるゲリラ豪雨では、下水道の処理能力以上の多量の雨水が短時間に流れ込み、市街地が浸水被害に遭う事例が多発しています。下水道の流量変化は河川よりもかなり早いため、急激な流量増加に対する対策も、速やかに行う必要があります。浸水被害が発生する前に避難情報を発信するなど市民の安全を守るためには、下水道流量のリアルタイム監視が不可欠なのです。
 しかし、下水用流量計は高価で、リアルタイム監視に用いるには難しいのが実情です。そこで、音響AI解析に使用しているボイスレコーダーを使用できないかと考えています。雨天時浸入水の測定では一定の期間、測定データを蓄積して、その後に回収しますが、リアルタイム測定では随時、データを送信する必要があります。分厚いマンホールの蓋がデータ送信の障害になっていて、この解決が今後の課題です。

最後に、読者に向けたメッセージをお願いします。

 今回は私が代表という形でインタビューを受けさせていただいたのですが、今回の成果は、当然、私一人で達成できたものではありません。
 まず、産総研の技術があり、400カ所以上のフィールド試験を行ってくれた全国の社内の仲間がいて、実証試験に参加していただいた自治体の方々がいます。社内だけではなく、チームの力がこのプロジェクトを成功に導いてくれたのだと考えています。
 社内についていえば、自分が疑問に思っていること、興味を持っていることについて、きちんと言語化して、発信していくことが重要だと思っています。発信することで、それを受け取った人に疑問や共感が生まれます。それによって、いろいろな人を巻き込んで、チームとして課題に取り組むことができるようになると思っています。
 重要なのは、チャレンジしていくことだと思います。10打数1安打くらいでいいと思うのです。これからも、失敗を恐れずにチャレンジしていきたいと思っています。

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