苦難の時期の救いに
歌舞伎俳優尾上 松也
俯瞰して、様々なアングルから社会テーマを考えるインタビューシリーズ
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苦難の時期の救いに
歌舞伎俳優尾上 松也
若手歌舞伎俳優の代表格として活動の幅を広げる尾上松也さん。昨年は大ヒットドラマ『半沢直樹』でIT社長を演じて話題を呼び、今年3月12日には初主演映画『すくってごらん』の全国公開を控える。一方で、新型コロナウイルスの影響で歌舞伎公演が自粛を余儀なくされた期間にも、オンライン配信に取り組むなど伝統を受け継ぎつつ挑戦を続けている。
ドラマや映画などにも出演していますが、歌舞伎で培った経験は生きていますか?
ドラマや映画、ミュージカルとジャンルが違っても、演じることに変わりはありません。ですが、歌舞伎は音楽と密接に関係している演劇ですので、よりドラマチックな表現ができる引き出しを持っていると思っています。そういう意味では、今回の映画『すくってごらん』は劇中に歌唱シーンやラップなど音楽がふんだんに盛り込まれていましたので、ダイナミックに表現する部分は違和感なく入り込めました。舞台で培った経験や技術を余すところなく生かせた感覚ですね。
歌舞伎は(幕府による禁止令など)抑圧されながら、発展してきた歴史があります。その中で、反骨精神を維持して表現していこうと戦い続け、現代まで残ってきました。その積み重ねが伝統となり、歌舞伎役者ならではの継承された「爆発力」の源になっているのかもしれません。
昨年は新型コロナウイルスの影響で、12月の公演まで長く歌舞伎の舞台から遠ざかりました。
久しぶりに歌舞伎座の舞台に立てたときは、素直にうれしかったです。一方で、どこか寂しさもありましたね。客席数の制限ということよりも、お客さまも(掛け声の大向こうがないなど)どこか遠慮なされている雰囲気を感じ、やりきれない気持ちになりました。ですので、うれしさ半分、この状況が早く改善してほしいという思いが半分でした。
山梨県北杜市小淵沢町で例年開いている「百傾繚乱」で、昨年はオンライン配信公演に取り組みました。
本来は生で鑑賞していただくのが一番の理想ですが、配信公演にも良さがあると気付きました。小淵沢町での昨年の公演は舞踊演目のみでしたので、一つ一つの振りが大切です。普段客席から観(み)るのが難しい細部も、配信公演ならば観ていただきたい角度を指定してお届けすることができます。そこに醍醐味(だいごみ)があると思いますし、作り手側も対応した演出や、見せ方は挑戦のしがいがあると感じました。今後は生の舞台の良さとは差別化をして、それぞれの楽しみ方を提案できるのではないでしょうか。
オンライン配信が普及する時代になりましたが、歌舞伎はなかなか踏み出せていませんでした。この機会をきっかけに発展していけたならと思います。
歌舞伎は長い歴史のなかで災害や疫病など苦難の時期を乗り越え、受け継がれてきました。コロナ禍が襲いかかるいま、エンターテインメントはどんな役割を果たすと思いますか?
この自粛期間中に改めてエンターテインメントがわれわれをどれだけ支えてくれていたのかを身をもって実感しました。以前の私は公演が連日あることが日常で、お客様に喜んでいただけたことを実感しても、じっくりと向き合う時間がありませんでした。しかし、昨春の緊急事態宣言で、舞台や撮影が止まって家で過ごす時間に何をしていたかを振り返ると、自らも含めてドラマや映画、動画配信チャンネルを観ていたという方が多かった。
舞台や公演が全て止まっても、やはりみなが求めていたのはエンターテインメントで、それがあるからこそ乗り越えられた。自分も気付くとそこに救いを求め、大きな精神的な柱になっていたことに改めて気付きました。また、後に『半沢直樹』に出演させていただき、日本中の皆さんが毎週の放送を楽しみにしてくださっていることを肌で感じ、その思いがより一層強くなりました。
最後に読者へのメッセージをお願いします。
いまの状況がいつまで続くのかはまだまだ見通せませんが、われわれの世代はこれを乗り越え、プラスに変えていくしかないと思います。ですので、この経験を生かして、次の世代に思いを伝えていく。これまでの日本は安定した社会でしたが、コロナ禍で危機感が高まりました。これからは常識にとらわれない発想力を生かし、次の世代に向けて新たなスタイルをつくるチャンスだと思います。(了)