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トリ・アングルINTERVIEW

俯瞰して、様々なアングルから社会テーマを考えるインタビューシリーズ

vol.23半島は日本の台所!

公開日:2020/11/27

B

[ 前編 ]

都会暮らしで気付いた「豊かさ」

津軽海峡マグロ女子会青森側とりまとめ役島 康子

海に囲まれた半島地域は全国の漁獲量の4分の1を占める水産物の宝庫でもある。なかでもすしネタの代表格マグロの産地として有名なのが、青森・下北半島の大間町だ。毎年の初競りで1本に億単位の高値が付き、全国に「大間のマグロ」の名が知れ渡るなか、そのブランド力を生かしたユニークな町おこしにも注目が集まっている。地元出身の島康子さんはUターン後に「マグロ一筋」と銘打ったTシャツの開発や、解体ショーを柱とする祭りなどを実施。2014年には「津軽海峡マグロ女子会」を立ち上げ、つないだネットワークで地域振興の枠を広げている。泳ぎ続けるマグロのように精力的に活動する島さんに話を聞いた。

島さんが町おこしに取り組み始めたきっかけを教えてください。

 大学卒業後に東京や仙台で働き、実家の製材工場を継ぐために1998年にUターンしましたが、仕事は経理や事務が中心。パワーが有り余っていたところ、2000年4月に大間町を舞台にしたNHK朝の連続ドラマ「私の青空」がスタートすることが決まり、この機会に何かやりたいという気持ちに火が付きました。最初はエキストラに志願したり、ロケの様子をネット配信したりと、町のためというより面白いことを形にしようという感じで、仲間とゲリラ的に町おこしに取り組む集団を立ち上げ、ドラマ名から「あおぞら組」と名付けたんです。

活動への意欲はどこから湧いてきたんですか。

 都会暮らしを経験して大間に帰ると、子供の時には田舎臭くて嫌だと感じていた部分が、旅行者のような視点で「なんてすてきなことなんだろう」と思えたんです。例えば、地元に住むおじいちゃんやおばあちゃんの人間としての”味”や、お裾分けの風習。都会だと毎日の食事は買うものですが、大間では魚介類や山菜などを食べきれないくらいもらいます。幼いころは当然だったはずの習慣に対し、これが豊かということなのかと価値観が大きく変わって毎日が面白くてたまりませんでした。
 前職で求人広告や情報誌の制作に携わって文章の書き方などは身に付いていたので、都会で仕事に追われてヘトヘトになっているかつての自分のような人に田舎の魅力を伝えたいという欲求が高まり、自分でホームページを作って発信を始めました。

あおぞら組の活動を教えてください。

 まず、2000年の夏場の観光シーズンにフェリー客に大漁旗を振って出迎える「旗振りウェルカム」から始めました。10人ぐらいで「よーぐ来たのー!」と叫びながら大漁旗を振る活動で、恥ずかしさをこらえればお金はかからないし、メディアにも取り上げてもらえるのではという期待がありました。
 次は、「マグロ一筋」とプリントしたTシャツの制作です。マグロが有名な町なのに関連したお土産がなかったのでお菓子開発を目指したのですが、うまくいきませんでした。そこで町の自慢が書かれたTシャツを作れば、着て歩くだけで地元を誇ることができると思い付いたんです。当初は地元のイベントで売る程度でしたが、2004年のアテネ五輪柔道90kg級に大間出身の泉浩選手が出場した時に、応援団が着ていたらテレビなどで取り上げられ、話題になったんです。大ヒット商品となり、手ぬぐいや下着など展開を広げ、ボランティアのあおぞら組と切り離した会社を設立しました。今春には不足していたマスクを販売し、大きな反響を得ました。
 いま振り返ると活動の基本は仲間と「これ面白くない?」と話し合って、みんなが一目で分かる絵を思い浮かべ、どんどん広げていく。アナログなやり方で、今で言うところのSNSのようなことをやっていたと思います。

【大漁旗を持って「よーぐ来たの」と笑顔で出迎える島さん】

2001年には「朝やげ夕やげ横やげ~大間超マグロ祭り」を立ち上げたそうですね。

 当時、大間のマグロはすべて築地市場に出荷されていて、地元で食べるところがなかったんです。地元の飲食店も「こったら高いマグロ、地元でさばげるわげねーべさ!」という意識だったのです。だから、朝ドラを観(み)てマグロを食べたいと町を訪れてくれても、期待を裏切ってしまうという現状がありました。
 そこで漁師や商店、まちおこしグループなどからなる有志の「大間やるど会」ができ、それぞれの組織に横ぐしを通すことで解体ショーを実現したのが「大間超マグロ祭り」です。行政の助成金などに頼った事業ではないので、初年度は飲食店や旅館の1週間分の需要を集計して100kgのマグロを1本仕入れました。解体の様子をお客さんに披露することはできましたが、解体したマグロは協賛店に納めるので会場では提供出来ませんでした。そうしたら仲買人が「目の前にお客さんがいるのに販売できないのが悔しい」と言って、会期最終日に自ら1本仕入れて、解体後に即売したら本当に喜んでもらえたのです。
 次の年から解体ショーと即売をメインに据えたところ、ピーク時は1日に8、9本解体して会期の2~3日間で来場者は計1万5千人に上りました。ただ、短期的に観光客が集中するよりも、平均的に増やしていきたいので、2004年から地元商店会が中心となって、マグロ漁が最盛期を迎える9~10月の毎週実施する「日曜日はマグロだDAY」を展開しています。
 築地にすべて出荷していた時代では大間マグロを地元で出せると考えられませんでしたが、今では大間で大間のマグロを食べることが定着し、地元の人が「マグロの町」と胸を張って言えるようになったと思います。
※後編に続きます。

プロフィール

しま・やすこ 1965年、青森県大間町生まれ。慶応大卒業後、リクルートに入社し東京、仙台で情報誌の制作などに携わる。1998年に実家の製材工場を継ぐためにUターンし、NHK連続テレビ小説「私の青空」の舞台となったことをきっかけに2000年2月にまちおこしゲリラ集団「あおぞら組」を結成。2001年からは「大間やるど会」の副会長として「朝やげ夕やげ横やげ~大間超マグロ祭り」を企画・実行した。  2013年にはあおぞら組の収益部門を株式会社化し、Yプロジェクト㈱を設立。翌年には北海道南部・青森県の女性たちと連携し「津軽マグロ女子会」を立ち上げている。