トリ・アングル INTERVIEW

俯瞰して、様々なアングルから社会テーマを考えるインタビューシリーズ

vol.41

雪国だけじゃない! 雪の脅威から身を守る

近年、交通障害や物流障害など大雪による災害やその影響は雪国だけにとどまりません。雪害が増えた一因は「地球温暖化」。現状のまま進行した場合、日本の降雪量自体は減少していくものの、1度に1m以上積もる「ドカ雪」は増加すると言われています。今後さらなる雪の脅威から身を守るために、雪が降るメカニズムから雪への備え、災害に対する心構えまで、「雪」に詳しい方々にお話をうかがいました。

Angle A

後編

雪への知識が命を守る。災害に強い人づくりも重要に

公開日:2023/1/13

アルピニスト

野口 健

30年以上も厳しい自然と向き合ってきた野口健さんは、「最近は山地の雪質が重く湿った感じに変わり、雪崩もより低地まで届き始めています」と警鐘を鳴らします。そうした雪質の変化などから、気候変動やさまざまな環境問題に関心を持ち、加えて「災害に強い人づくりも必要」と語る野口さんに、雪害をはじめとした自然災害に私たちはどう備えたらよいかをうかがいました。

登頂を続けるか、断念するのかは、どのように判断されるのですか?

 難しい問題ですよね。例えば山頂近くまで登って来て、最終キャンプを出たときに猛吹雪だったら絶対に登りませんし、状況が明確なときの判断は比較的簡単です。一方、雲の様子を見ると「まだ晴れているけど、いずれ雪になるかもしれない」と思えるような、天候が微妙なときは非常に悩みます。
 もちろん、今はヒマラヤのベースキャンプでもインターネットにつながり、日本にいる山岳気象予報の専門家と連絡をとって、非常に精度の高い予報を教えてもらうことができます。ただ、それも100%確実ではなく、最終的には現地にいる自分たちが判断しないといけません。

1999年5月「エベレスト」(ネパール)登頂。7大陸最高峰登頂の世界最年少記録を樹立(当時)(写真提供:野口健事務所)

 山に詳しいシェルパの意見も聞いて、可能な限りデータを集めた上で最終判断をする際、私は「頂上に立った後、ベースキャンプまで戻ってくる自分の姿」がイメージできるかどうかを大切にしています。自分の命は一つしかない。その命をかけて登り、またキャンプまで生還できる状況なのか、そういうイメージと判断を重ねる感じでしょうか。

雪山にそそり立つ絶壁(写真提供:野口健事務所)

雪にも地球温暖化の影響を感じているそうですね。

 そうですね。エベレストなどでも、ここ10年ほどでサラサラだった雪が重く湿った感じに変わり、装備も防水性のものが必要になりました。加えて雪の降り方も変化し、以前は降らなかった時期にも降るようになったほか、これまでは安全だったベースキャンプまで雪崩が到達して被害が出ています。しかも、登山者用のベースキャンプが設置されている氷河も急速に溶け出していて、ネパール政府はベースキャンプの移動まで検討しているそうです。
 思えば、2009年にはエベレストでハエが目撃されたことがニュースになっていましたし、平地はもちろん、高度5000m、6000mの山地でも気候変動の影響を確実に受け、自然環境は大きく変わってきています。

都会のドカ雪のように日本でも雪の降り方が変わりました。

 地球温暖化の影響なのか、最近の日本は短時間で大量の雪が降るドカ雪で、車が道路で立ち往生することも増えていますね。短時間ならまだしも、動き出すまで長時間かかるようなら、できるだけ暖かい服を着込んで、エンジンを切っておく必要があります。エンジンをかけたまま車が雪に埋もれてしまい、逆流した排気ガスが車内に充満して一酸化炭素中毒で命を失うケースは、これまで何度もニュースなどで報道されています。
 このような豪雪に対する対応をはじめ、災害時にはその人が持つ知識・経験が命を左右することもあります。日本でも雪の質や降り方は以前と変わっていますし、気候変動も関係すると思われる自然災害の増加あるいは甚大化、地震や火山の噴火への懸念なども含め、もっと災害の備えを重視すべきではないでしょうか。

災害対策としてどのような施策が必要だと思われますか?

 行政が行うのは災害に強い街づくり・地域づくりですから、個人レベルでは「災害に強い人づくり」に力を入れる必要があると考えています。一般的に、災害が起きて3日から5日後には何らかの救助が期待できるといわれ、その期間をどう自力で生き延びるかが重要になります。
 そうした力を養うには、幼い頃からもっと自然に触れ、小さなピンチに何度も遭遇した方がいいと私は思っています。例えば、満足な装備もない中で突然の土砂降り雨にあい、寒さでガタガタ震えながら、どうしたら体を温められるか考える。そうした小さなピンチを自力で工夫して乗り切った経験は、一人ひとりの生きのびる力を高めてくれるはずです。生きのびる力とは、体力と、反射的に動ける身体能力、冷静な判断力、諦めないで粘る精神力などを総合した力といえるでしょう。
 とはいえ、学校の先生が生徒たちにアウトドア体験をさせるのは難しいと思います。そこで、山岳ガイドが子どもたちをサポートするなど、プロが協力して安全にアウトドア体験をできる体制を作れたらと考えています。

2003年に「野口健環境学校」をスタート(写真提供:野口健事務所)

もっと手軽にアウトドア体験を防災対策に生かす方法はあるでしょうか?

 普段の暮らしの中で、アウトドアグッズを使って楽しむのはどうでしょうか。たまには庭やベランダにテントを張ってひと晩を過ごしてみると、テントで生活するイメージがつかみやすいと思います。慣れてきたら、雨の日や寒い日にもテントを張ってみるなどのチャレンジをすれば、厳しい自然の一部を感じることができるはずです。もちろん、つらくなったら部屋に戻ればいいのですから、手軽にアウトドア体験ができるでしょう。
 私は災害時には、避難所の新たなあり方としてテント村が有用と考えています。一般的な避難所は広い空間に多くの人が集まるため、個々のプライバシーを保ちにくい状況ですが、テントに家族で入れば一定の生活空間が確保できるなどメリットがあるからです。
 このほか、日常生活での防災対策としては、フリーズドライ食品やレトルト食品など長期保存が利く食べ物をストックしておくことです。消費期限が近づいたら食べ、新しいものを買い足すといったやり方をすれば、暮らしの中で防災対策ができます。非常用トイレなどの使い勝手も、一度試しておくと良いでしょう。災害時でも食事と排泄の面で不安が減らせれば、気持ちに余裕が持てると思います。
 地球温暖化による雪の被害の拡大のほかにも、台風や地震、火山の噴火などさまざまな災害は起こり得ます。身近なアウトドア体験も含め、普段の生活から防災対策を意識しておくことが、「災害に強い人づくり」に役立つと考えています。

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