トリ・アングル INTERVIEW

俯瞰して、様々なアングルから社会テーマを考えるインタビューシリーズ

vol.40

令和の橋は何をつなぐのか?

インフラとして非常に重要な役割を任う「橋」。その一方で、絵の題材、映画や小説の舞台、観光スポットなどとしても、昔から世界的に人気があります。それは姿の美しさだけでなく、「川や谷などの障害を越え、異なる場所と場所とをつなぐ」という橋本来の役割に、私たちがドラマを感じてしまうからなのかもしれません。人、文化、希望、未来……と、いつの時代もさまざまなものをつないできた橋。令和の今、改めてどんな役割を担うのか、近年課題となっている老朽化の問題も含めて、橋との関わりの深い方々にお話をうかがいました。

Angle C

後編

賑わいを生み出す、人間中心の道路空間

公開日:2022/12/14

九州共立大学 名誉教授

九州大学 名誉教授

牧角 龍憲(前編)
坂口 光一(後編)

春吉橋架替事業では交通インフラを整えることだけではなく、「賑わい空間の創出」も大きなテーマとなっています。そのため、通常は架け替え完了後に撤去する迂回路橋を残し、今後は「福岡の顔」となるようなスペースとして活用していく予定だといいます。春吉橋架替事業にそのような観点が取り入れられた背景などについて、「春吉橋を核とした空間利活用に関する技術研究会」の座長を務めていた九州大学名誉教授の坂口光一さんにお話を伺いました。

なぜ、春吉橋架替事業では架け替えだけでなく、「賑わい空間の創出」が課題とされるようになったのですか。

 背景として、「インフラを人間の幸福にどう役立てていけるのか」という発想が広がってきたことが挙げられます。人間中心の道路空間の構築、つまり「その空間を利用する人にとって、どのような付加価値を提供できるか」というソフト的な観点から、インフラを捉えるようになってきたわけです。

春吉橋が、福岡市の中核エリアといえる博多と天神をつなぐ橋というのも関係ありますか。

 もともとは、春吉橋の架かる那珂川から西のエリアが「福岡」、東のエリアが「博多」だったんですよ。福岡は武士の街で、博多は商人の街。「福博」という呼び方もありますが、個性がまったく違う街で、市民のメンタルマップ上では「つながっている」という感覚は希薄だと思います。そのため、福博連携はずっと都市政策上のテーマであり、博多と天神の回遊性を高めることが、2つの街が相乗効果的に発展していくための鍵だと考えられてきました。博多と天神を結ぶ地下鉄の延伸が決まったことで連携の進展がいっそう期待されるようになり、回遊性を高めるための「賑わい空間の創出」へとつながったと思います。

春吉橋の「賑わい空間」には、人々を引きつけ、結びつける「マグネット」、水辺の景観や中洲のネオン風景を楽しめる「フォトジェニック」、多様なイベントが開催される「エンターテインメント」、人間臭さや情に溢れる「ソウルフル」、賑わい溢れる「バザール」という5つのテーマがあるそうですね。

 「春吉橋を核とした空間利活用に関する技術研究会」においても、賑わいのある道路空間とはどういったものかについては随分と議論を重ねました。春吉橋は庶民的な街、歓楽街、ビジネス街といった、さまざまなエリアが接している場所なので、賑わい創出のためのさまざまな仕掛けづくりを意識して検討していきました。
 これまでは那珂川という仕切りがあり、それぞれのエリア間の交流が活発ではありませんでした。新しい春吉橋がエリア間の結節点となることで市民のメンタルマップが変わり、各エリアが春吉橋を中心に交錯していく。そんな象徴的な空間の存在が、街の「賑わい創出」には重要だと考えています。

2019年に春吉橋迂回路橋を活用して試行イベント「令春橋宴祭×千年夜市」を実施。地元飲食店など30店舗が出店し、来場者数約14万人(のべ入場者数)を記録。

2022年4月に春吉橋の架け替えが完了し、通行が開始されました。

 迂回路橋を活用した「賑わい空間」については、この空間のマネジメントをどうするのかについて議論しています。今のところは福岡市が中心となってエリアの活用を検討していますが、実際にイベントなどの運営をしていくには民間の力が必要です。今後は民間を巻き込んだマネジメント体制ができあがっていくでしょう。

「賑わい空間の創出」という観点から、今後、春吉橋はどのように活用されていくとお考えですか。

 いろいろな活用法が考えられます。例えば、愛知県の豊田大橋では『橋の下世界音楽祭』という音楽フェスが開催されていますが、春吉橋でも広場を活用した『橋の上フェスティバル』みたいなことができるのではないでしょうか。橋は単に通行するだけでなく、さまざまなイマジネーションが膨らむ空間なので、福博を結節するシンボリックな存在として人々に親しまれるようになっていけばと考えています。

福岡市の新スポットとして、人気のあるエリアになりそうです。

 それには市民のメンタルマップ転換に向けたブランディングが必要だと考えています。エリアのネーミングも重要で、橋を意識した名前にするのか、川を意識した名前にするのか、ネーミングの決定を公募型にし、それ自体を一つのイベントにしても良いかもしれません。

春吉橋のように、近年は道路空間の多面的・複合的な利活用が求められるようになりました。それはなぜだと思われますか。

 大袈裟にいうと交通文明の再定義が起きているのではないでしょうか。日本には道路と新幹線をひたすら作ってきた時期があり、それらが重要なインフラになったわけですが、「ハード」から「ソフト」への転換が政策としても打ち出されるようになりました。今までの道路空間は効率性が重視され、経済のツールとして考えられていましたが、近年では、日々の暮らしの豊かさや幸せに役立てようという要求が高まってきています。

電動キックボードなど、モビリティの変化の影響もありますか。

 小型の電動モビリティや電動キックボードなど新しい多様な移動手段が登場し、「移動」という概念自体の再定義が進んでいます。トランスポーテーション(輸送)としての移動とは少々違い、「個人が主体的・能動的にモードを選択していく」といった視点から移動というものを捉えるようになってきた。「モビリティトランスフォーメーション※」が起こり、それに呼応するかたちで、道路空間を自動車中心ではなく人間中心に考えることが求められるようになりました。
 ※自動車をはじめとするモビリティを軸とした都市や地域社会の質的変革。

つまり、道路空間の多面的・複合的な利活用への動きは、人間中心で考えるようになったからこそなのですね。

 「交通」という言葉は、「交わり」「通じる」という字から成っています。人間中心に考えるならば、人々の心が交わり、通じ合うこととも捉えられ、それは「賑わい」のベースとなるものです。人が集まれば市が立ち、バザール的な賑わいが生まれる。人の移動の痕跡が時とともに地層のように積み重なり、それがそのエリアの文化を形成していきます。そういった意味で、移動とは文化であるといえます。

人間中心の道路空間にしていくために、各自治体はどういったマインドで都市計画を考えれば良いのでしょうか。

 都市計画というと俯瞰的に捉えがちですが、モビリティがどんどんパーソナルなものになってきているので、パーソナル感覚が大切になってくると思います。つまり、道路空間を利用する人々と同じ目線に立って計画する。「当事者目線で移動を楽しめるか」といった視点が必要になるのかな、と思います。
 インバウンドでも、最近は名所ばかりではなく、ローカルな地域の魅力を体験したいというニーズが高まっています。そういう意味でも、当事者視点で考えることが有効になってくると考えます。

効率より楽しめることが大事ということですか。

 今、知人たちが福岡市や糸島市ですすめている電動トゥクトゥク・レンタル事業のお手伝いをしているのですが、これは見ているだけでも楽しいモビリティです。トゥクトゥクが走っていると、従来の道路空間とは異なる景色や雰囲気がそこに醸成されてくる。「賑わい」というのは、人間くさい生命的なところに生まれてくるものなのです。都市計画を人間中心に考えていくことで、道路空間はさらに面白いものになっていくことでしょう。

 橋の上での再会を約束した男女が何度も、何度もすれ違い続ける。ずいぶん昔にそんな人気ドラマがありました。他にも橋が出てくる歌や小説、映画、絵画等は少なくなく、「ここではないどこか」とつながる橋は私たちにロマンを感じさせる存在なのかもしれません。
 そんな橋の不思議な魅力やエピソードについて教えてくださったのは、『怖い絵』シリーズでも有名な中野京子さん。私たちが普段何気なく渡っている橋にも、もしかしたら面白い物語が隠れているかもしれません。東京都職員時代にご自身も架橋事業に携わっていらした紅林章央さんは、日本の橋梁の歴史を熱く語ってくださいました。技術発展とコスト縮減とのバランスは、どの分野でも悩ましい課題でしょう。そんな中、「賑わい空間」という役割を兼ね備えた新しいスタイルの橋を実現したのが福岡の春吉橋架替橋事業です。同事業に携わられた九州共立大学名誉教授の牧角龍憲さん、九州大学名誉教授の坂口光一さんのお話からは、現在の橋の問題点だけでなく、未来の可能性も感じることができたと思います。
 次号のテーマは、この季節心配な「雪害」です。近年増えた印象がある「ドカ雪」のニュースですが、その実態はどうなのか。さらに企業の雪害対策、災害に対する心構えなどについてご紹介します。(Grasp編集部)

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